桃園の誓い ~三国志の始まり~

久保カズヤ

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 馬蹄が響く痩せた地面には、馬が食む草すら生えていない。
 夏の季節であるはずだが、吹く風は肌寒く、乾いた蝗の死骸がまばらに落ちている。
 十五騎の若い騎馬隊の先頭には、屈強な白馬に乗った一人の青年がいた。
 その顔立ちは見る者を惹きつける程の美貌にして、体つきは屈強。
 片手には、炭を塗した布を、穂先に巻き付けた槍を携えている。青年は名を「サン」といった。

「蹴散らせ」

 サンの掛け声と共に騎馬隊は一塊となり、白馬を先頭に駆け出した。
 対するのも同じ十五騎の騎馬隊。
 先頭で老馬に跨がっているのは、幅広く大きい木刀を腰に携えた、一人の青年だった。
 体つきは比較的ふくよかな方で、これといって目立つこともない顔立ち。特徴的なのは、一般よりも二回りほど太く広い耳くらいである。
 その耳の広い青年は慌てることなく指示を出す。
 隊を横に薄く広げ、己は後ろに退いた。
 それは下策だろう。
 サンは唸り、穂先を前に突き出した。
 騎馬同士の戦いは勢いの強い方が勝つ、初撃で全てが決まるのが常識である。
 陣を横に広げ待ち伏せるのなら、騎馬でなく歩兵の方が良い。

 勢いそのままに、サンの隊は膜を容易く突き破る。
 敵の三騎が革の鎧を炭で黒く染め落馬した。
 こちらは一人も体に炭は付いてないらしい。
 ここで馬首を巡らし再び突撃に移ろうかと、指示を出した時だった。

「兄貴、左右を取られた」

 傍らの一人がそう告げる。膜のように広がった陣を突き破った瞬間に、敵の左右がそのまま挟撃に移ったのだ。

「駆け抜けろ、足ならこっちが上だ」

 一瞬指示が混乱したせいで、出遅れた後方の二騎が落とされた。
 しかしそれ以外は遅れることなくサンに続き、すぐに敵を引き剥がした。
 隊を返し、追撃してくる敵の正面へ突撃の指示を飛ばす。
 サンが槍を一度振るうと、複数の敵が突き落とされた。
 文字通り、蹴散らす。
 ぶつかった瞬間に敵は蜘蛛の子を散らすように広がり、こちらも隊を分けての追撃戦となった。
 こうなればもう一方的な展開にしかならない、一人、また一人と敵の体に炭が塗られていく。
 そのせいか、サンの念頭から一つのことが外れていた。

「玄徳はどこだ」

 遅れて気づく、耳が広い青年の姿がないのだ。
 青年は名を「備(び)」、字を「玄徳(げんとく)」といった。
 もう敵は逃げ回る数騎のみ。備の姿だけがない。
 いつの間にか隊は追撃戦で広くまばらになっており、サンの傍に一人仲間が残っているのみ。
 その瞬間、仲間が視界の端から落ち、股下の白馬が唸る。
 考えるより先に体が動き、槍を大きく後方へと凪いだ。
 槍の持ち手が中程から派手に砕けた。
 蛙を潰したような声をあげながら、備が思い切り吹き飛ぶ。

 備の騎馬隊十五人全滅。
 サンの騎馬隊は四名のみの損害、模擬の騎馬戦の結果はサンの完勝であった。
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