「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

文字の大きさ
上 下
32 / 36
四章 一人ぼっちの君たちへ

第三十二話 巨人兵

しおりを挟む
「───この程度か、かつて僅か三名で最強と謳われる魔王軍官軍部隊の先陣を務めていた『巨人トロールの三小兵』共よ」
「いや………新しき魔王様の為、例え四肢が朽ちようとも、我らが戦いを止めることは無いっ」
「まだ始まったばかりですっ、ハインリッヒ!!」
「鬼気迫るとはまさにこの事か。しかし、実が伴ってないのなら、それはただの強がりでしかない」
 一体あの鎧一式でどれほどの重量があるのだろうか。ハインリッヒは肉切り包丁を背中に収めたまま、向かってくる二人の鬼を丸太のような腕で弾いた。
 マナドゥ、ヴェベールが目前のハインリッヒを相手にし、残るオートゥイユが群がる極騎兵と戦闘を行う。だが多勢に無勢、しかも群がってくるのは魔力が無くとも、決して魔族との戦闘において引けを取らない極騎兵達だ。このままオートゥイユだけで戦線を維持するのは極めて困難であり、肝心のハインリッヒにも大したダメージを与えられてはいない。
 あくまで彼らの目的は、ハインリッヒや極騎兵を不律の元に行かせないこと。そのために最も手っ取り早い作戦として、ハインリッヒに痛手を負わせ、一軍諸共撤退させる必要があった。
「やはり貴様等は『トロール』の欠陥品に過ぎぬ。巨大であるという事は、己の力と比例する。確かに貴様等は強い、だが、それが限界だろう」
 小回りの利くマナドゥたちの動きに対応しやすいように、あえて大剣を収め拳のみで戦うハインリッヒ。幾重もの連撃をその身で受けながら、徐々にその動きに対応し、確実に反撃を加えている。
 ハインリッヒの大砲の如き拳が段々と自らの体に照準を合わせていた。分かっている、だが、打開策がどうしても思いつかない。
 業火を纏った棍棒で何度もその鋼鉄の塊のような鎧を殴りつけるが、その表面は多少凹みこそすれど、それ以上の変化は見せない。そしてその鎧の下に隠れるハインリッヒの肉体が、その全ての衝撃を力によって捻じ伏せていた。
 恐らく鎧に施されている「魔結晶」がハインリッヒの肉体の強化と、鎧の硬質化を行っているのだろう。
「このままでは持たないぞっ、マナドゥ!」
「堪えよオートゥイユっ!ここで我らが敗北することは、魔王様の、魔族の命を危うくすることに繋がるっ」
 執拗なほどに極騎兵を吹き飛ばすオートゥイユであるが、ジリジリとその包囲網はマナドゥ、ヴェベールの元まで狭まってきていた。

「守らねばならない存在があるのは互いに同じであることを、忘れてはないか?」
「しまっ───」
 ハインリッヒの振り向きざまに凪ぐ腕が、マナドゥの棍棒を破砕し、脇腹をもろに捉える。
 極騎兵の集中する方へ、勢いよく体を打ち付けながら転がって行くマナドゥ。そのチャンスを逃さんと極騎兵は一斉にマナドゥへ群がり槍や剣を突き立て、助けに行こうと動くヴェベールとオートゥイユの行く手をハインリッヒが阻む。
「これが戦争の定めだ、時に大事な何かを切り捨てねばならない瞬間が訪れる。貴様等は、このような無謀な作戦を敢行した馬鹿な新しき魔王の命を捨てるか、それとも、兄弟の命を捨てるか」
「………どちらも私たちには捨てられないっ、オートゥイユ!!」
「あぁ!!」
 その身を黒く染め、目にも止まらぬ速さでヴェベールはハインリッヒの懐へと猛進し、オートゥイユは大きくマナドゥの方へと跳躍した。

「その判断は、最も愚かだ。貴様等は今、自らの意思で全てを捨てた」

 ハインリッヒの右腕から飛び出した魔力で形成されている鎖が、飛び上がったオートゥイユの体を瞬時に絡めとる。ヴェベールの渾身の一撃は鎧の形を大きく歪め、その内にある臓腑へ確実にダメージを与えたが、それが決定打になることは無く、結果、左の大砲のような拳が地を割らんばかりの勢いで彼の体を沈める。
 口に溜まった血を足元のヴェベールへと吐き捨て、グイと鎖を引き寄せた。為す術無くオートゥイユはハインリッヒに頭を掴まれ、首だけで体をぶら下げる。
「何が目的かは知らんが、あまりにも浅はかすぎる。あのような張り子の主君を祭り上げ、こんなちんけな戦力で殴り込み。カストディオも老い過ぎてまともに思考が回ってないのか?………これでも貴様等の事は買っていたのだがな」
「この、貴様………何と言った」
「ほぅ、まだ抵抗できるか。見上げた忠誠心だ」
「魔王様への、カストディオ様への侮辱。貴様は最後の最後に私たちを、本気で怒らせた………」
 負け犬の遠吠えか、普通の者ならばこの状況を見て一笑に伏したであろう。
 だが、この一瞬でハインリッヒは自らが過ちを犯したという事を理解した。幾度とない戦線を乗り越えてきた彼には、死に瀕しているはずのオートゥイユの瞳の奥に、確信に近い「覚悟」のようなものが見えるのだ。何を考えているのかは分からない、ただ、ハインリッヒは敵の少なさ故にここが戦場であることをどこか忘れていた。
「もう二度と、私たちの主を侮辱できない様………叩き潰す」

 オートゥイユの体を打ち抜こうと左拳を振り被った瞬間、酷く乾いたスパンという音が聞こえ、それを追う様に砂埃を伴った大きな突風が吹く。
 砂を目に入れまいと反射的にハインリッヒは目を閉じる。閉じていた時間は一秒にも満たないが、目を開けるとそこはまるで別の世界の様な光景であった。
 マナドゥに槍や剣を突き立てていた極騎兵たちは大きく吹き飛び意識を失っている。兵たちのいた場所は大きなスペースが出来ており、その中心には生きているのか死んでいるのか分からないマナドゥを庇うように、黒い翼を広げた少女が立っていた。
「貴様は………カストディオの」
「ワタクシは、誰一人仲間を、友達を見捨てることなんて出来ない。友達を切り捨てるようなヤツには、きっと何も成し遂げることなんて出来やしナイ!!」
 いつもは艶やかな長い黒髪は、自らの怒りを再現するように広がりながら、みるみるうちに真紅色に染まっていく。髪の色と同じくその瞳も赤色、ヴァンパイアの特徴ともいうべき牙も鋭利になっていた。ハインリッヒが辺りを見渡すと、すでにこの広場は『結界』内に収まっており、今ここでこの瞬間、自分の詰めの甘さを理解する。
 そして見るからに、拘束していたはずのオートゥイユや、足元に伏しているヴェベールの様子も明らかにおかしい。
 危険を感じたハインリッヒは鎖の拘束を解除し、ぬらりと肉切り包丁のような大剣を引き抜きながら一歩後ろに下がった。
「ベアトリーチェ様」
「後は、我々に任せて結界の方に集中なさって下さい」
「私たちの戦いはここからです」
 埋まっていた体を起こすヴェベール、自らの体に突き刺さった武器等を引き抜くマナドゥ、拘束していた鎖を引きちぎるオートゥイユ。彼ら三名の体は「巨人」の名にふさわしい風貌へと変化し、より重く刺々しい凶悪な形になった棍棒を各々が改めて握り直す。
 ベアトリーチェを囲む様に三メートル超えの鬼が戦闘態勢に入る。

「陣形を取るには、この広場は狭すぎる………考えたな。守らねばならぬのはヴィルヘル殿、退き時を作らねば」
 ハインリッヒは雄叫びを上げながら、極騎兵と共に巨人へと向かって行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...