「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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四章 一人ぼっちの君たちへ

第三十一話 そんなに死にたいのなら

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 まさか、魔王の体をした俺の攻撃を片手で受け止めれる人間がいるとか聞いてないんだけど。
 折角カストディオさんが前々から作っていた人間側との交渉ルートで、なんとか神父さんみたいな人たちに協力を仰ぐことに成功して、そっからまた全速力でこの広場まで飛んできたっていうのに、まさかのここでチートキャラ登場ですか。胸熱だな、週刊少年誌じゃあるまいし。
 もうやだよぉ、交渉とか疲れたんだよぉ。おかげで混乱に乗じた形でここまでたどり着けたわけなんだけど。………あ、ごめんなさい、実質交渉してくれたのは鬼の三人とベアトリーチェです。俺は、三十分くらいずっと居たたまれなくて水飲んでました。ライ麦パン美味しかったです。
「若き魔王よ、聞きたいことはたくさんあるが、そんな時間は残念ながら無いのだ」
「………き、奇遇ですね。俺もちょっとアレだからあんまりおじさんとはお話しできなくて残念です」
「せめて魔族がいちゅうらしく死んでくれ」
 ゴッツゴツの岩の様な体をした重苦しいおじさんが、まるで重力を無視するかのように一瞬で俺の目の前まで迫り、その大きな肉切り包丁を凪いだ。
「だから嫌いなんだよっ、脳筋って、人の話聞かない自己中が多いからっ!」
 昨日、勇者の剣すらも受け止めた俺の尻尾を思い切り振るい、大剣の勢いを殺す。多少尻尾に傷はついたとは思うけど、大剣の切れ味は見た目通りそこまで良くはないようだ。俺の体が硬すぎるだけだとも思うけど。
 と言うことはたぶん、このまま剣を手で殴っても問題ないってわけか。
 俺もグンと身を前に乗り出し、右の拳で大剣をガツンとぶん殴る。予想通り、特に手に傷がつくことなく大剣を弾き返すことに成功した。
「っし。まずは、オラオララッシュでも───」
「───まだ戦い方が甘いな」
「グフッ!?」
 刹那、俺の体中に重く響く衝撃が走る。肺の中の空気が一気に吐き出され、一瞬ではあるが嘔吐感に襲われた。ヤバイ、人間ってこんなに飛ぶんだってくらい吹き飛ばされてる。
 本当に瞬き程度の時間だったが、あのおじさんは両手で構えていたはずの大剣を片手に持ち替えていて、俺が大剣を弾いたと同時に、空いていた方の腕で俺の体の芯を殴り、吹き飛ばしたんだ。
 地上から数メートル程度離れている高さの処刑場から吹き飛ばされる俺。絶対目立ってるよこれ、絶対下の兵士たち俺の事だけ見てる。
「グッ………」
「大丈夫ですか、葵殿」
「あ、あぁ、助かった」
 どうにか自力で態勢を立て直そうと踏ん張っていた俺の体が急に止まった。
 声のした方を振り向くと、どうやらヴェベールたちの棍棒が俺の体を受け止めてくれたらしい。
「計画通り、あのおじさんは任せても良いかな?」
「御意に」
 しかし、足元を見ると本当にうじゃうじゃと重装備の施された兵士たちがひしめき合っている。でもなぜだろう、敵を、魔王を目の前にしているっていうのに、ブーイングの一つもしてこないっていうのはどこか変だな。不気味でもある。
 だけど今は目の前のことだけに集中しないとな。あの筋骨隆々のおじさんをどうにかしない事にはアメリアのもとに行くことは出来ない。
 右の手の平を鎧のおじさんに向け、グッと力む。
 あぁ、あの時を思い出すな。初めてシルビアと出会った日のことを。あの日も同じように、処刑台の上に居た奴をこうして台から引きずり落としたっけ。
「んぬッ?」
「やっぱり、魔力を使った攻撃には弱いのか、脳筋おじさん」
 黒い靄が鎧に包まれた肢体をガッチリと絡めとり、下手に身動きをとれないようにする。とはいっても、流石にその力は馬鹿みたいに強大だ。気を抜いたら拘束が解けてしまいそうなくらいに、はっきり言ってこれは長く持たない。
 そして俺は急いで手を握り、伸ばしていた腕を胸元まで引き寄せた。見えない何かに引き寄せられるように、おじさんの体がグンと台から引き剥がされ、空中へと放り出される。
「今だっ!!」
 黒く燃える棍棒を携えた鬼達が標的に一気に迫り、地面に叩きつける様に、一斉に棍棒を振るった。動きを封じられている鎧の体は為す術無くすべての衝撃をその巨躯で受け止め、兵士たちのいる地面へと業火を纏いながら思い切り叩きつけられる。
 石つぶてを投じられた水面の様に、兵士たちは鎧のおじさんを中心に被害を広げる。
 業火に焼かれ、激しく地面に叩きつけられてもなお、むくりと起き上がる巨躯。そんな標的を取り囲むように、空中でヴェベールたちは棍棒を構え直した。
「久しいな、『巨人トロールの三小兵』共よ」
「ここから先は、決して不律殿の、新しき魔王様の邪魔はさせませぬぞ。ハック・ゲルトラウト・ハインリッヒ」



「はっ、離せっ!離せよっ、うわあああぁぁっ!!??」
「………ははっ、そんなに怯えなくても」
 目の前で全力でモガモガバタバタ暴れるのは見知らぬ兵士だ。あの筋肉おじさんに変わってシルビアの処刑にやってきたその瞬間、この手でバスケットボールを掴むかのように彼の顔面を持ち上げた。
 ここまで怯えられると俺としても乾いた笑いを返すしかないわけで。とりあえずここまで登ってきて悪いんだけど、この兵士を広場にペイっと放り投げさせてもらう。
 未だに、目の前で何が起こっているのかが分かっていないといった風に、その場に座ったままのシルビア。そしてその傍らには、一片の怯えも見せないイケメンさんが居る。歳は二十代半ばあたりだろうか、カストディオさんの情報が正しければ、コイツが例のヴィルヘル・デレックというやつだろう。
「若き魔族の王よ、お前にとって勇者は煩わしい存在であることは間違いないだろう。何故、コイツを助けるような真似をするんだ」
「俺は一時たりとも魔族の繁栄を願ったことなんて無いから、シルビアのことを煩わしいだなんて思ったことは無いよ」
「………どういうことだ?」
「俺はいじめられっ子で、以前俺に巻き込まれた所為で理不尽に死んだ友達が居た。そして今まさに、シルビアはお前に理不尽に殺されようとしているんだよね。俺の目の前で」
 段々と怒りが込み上げてきたせいで、声が震えてしまう。
 そんな俺の感情と相まって、この体は歓喜し、益々力を増していっているように感じる。尻尾が暴れて床をぶち抜く、我慢できずに俺の体は無意識にその場から飛び出していた。
 一足飛びでヴィルヘルの首を掴むと、彼の体を軽々と押し倒し、俺の指が木の床に突き刺さる。コイツが生きるも死ぬも今の俺のさじ加減一つだ。俺が全く対話の通じない相手だという事に気づいたのか、ヴィルヘルは顔を恐怖の色に染めて、ヒューヒューと苦しげに呼吸を繰り返した。
「シルビアは何度この世界に殺されてきた?ふざけんなよ、だから決めたんだ。俺はアイツを殺そうとするような奴らを一人残らずぶっ潰す。まずはテメーからだ、お前をまず殺すことで、この腐った世界に喧嘩を叩きつけてやるさ」
 下の方から、兵士たちの喧騒を掻き分け、さっきのおっさんがヴィルヘルの名を鬼気迫るような声で呼んでいるのが聞こえてくる。
 力いっぱい拳を握ると、その拳がより刺々しく形を変えた。次第に俺の耳には外部からの音が一切入ってこなくなり、俺の体の中の呼吸音や、バクバクと暴れる心臓の鼓動のみが聞こえている。
 マナドゥたちと戦闘をした時と同じだ。目の前の存在に拳を落とすことに、体全体が打ち震えながら賛同していた。でもあの時とは違い、今の俺はこの体の感情に流されていない。
 命を刈り取ることの「意味」を、はっきりと自分の中で理解していた。そして、理解して、俺はヴィルヘルに拳を落とすことを決意する。
「生きてる内にこの名台詞を言えるとは思わなかったよ………俺は、生まれて初めて、喜んで人を殺す」
 間違いなく俺は、ヴィルヘルの額めがけて思い切り拳を振り下ろそうとした。
 しかし、右腕が動かない。

「お願い、です………不律さん。やめて下さい」
 酸欠で顔色が悪くなりながらも俺の顔を見て、全てを先読みしていたかのように狡猾な笑みを浮かべるヴィルヘル。
 今すぐにでもその顔をぶち抜いてやりたいが、銀色の鎧を身に纏ったシルビアが、俺の右腕を抱きしめる様に拘束しているせいで動かない。
「まぁ、だったら左手でコイツの首を握りつぶせばいいだけか」
「不律さんっ!!」
「ッ!?」
 全身に電流が走ったかのような気がした。
 気づけば俺はまた宙に放り出されていて、体の痺れを何とか吹き飛ばして態勢を整える。時間にすればコンマ何秒の出来事だ、その間に恐らくシルビアは俺の体に魔力で電気を流し、ヴィルヘルの拘束を解いたうえで俺を引き剥がしたのだろう。
 腐っても勇者か。瞬間的にこの判断が出来ることに驚きだ。いや、てか腐っては無いか。
 ヴィルヘルはというと、その場で顔をうっ血させながら激しくせき込んでいた。あのままだといずれ吐くな、まぁ、一瞬だけど、本当に俺が殺すつもりで首を握ったからなんだが。
「シルビア、俺は、お前を助けようとしてるんだぜ?感謝される覚えはあっても、体に電気を流される様な事をした覚えはない」
「何でですか………私は、助けに来てほしくなんかなかったです。不律さんがこうしてここに居ることで、王政側は魔族討伐の大義名分を得ることが出来てしまい、そして今こうしている間にも、カストディオ卿や、トロールの御三方だって危険な目に遭っているんですよ!?」
「それは別に、お前を助けない理由にはならない」
「私は助けて欲しいだなんて思って無い!私が居なくなればみんなが幸せになれるんですっ」
「みんなが幸せなんて不可能な夢物語だよ、だってさ、少なくとも俺は幸せじゃないからね。だったらね、シルビア。俺とお前でその『みんな』ってやつを叩き潰そうよ。そうすれば幸せだのなんだので悩むやつはいなくなるよ?それとも俺を殺すか?そうすればお前の死を悲しむやつはきっと、お前の思う『みんな』ってものの中から居なくなるじゃん」
「………不律さん」
「俺がやりたいのはシルビアの真逆の事だ。みんなを不幸な目に遭わせてやりたいんだよ。だってそうだろ?俺とお前だけこんなに苦しいのは割に合わない、誰もが苦しむべきなんだ。今の俺とお前の力なら、その物語を現実にすることが出来る。みんなを幸せにするより、よっぽど現実的だとは思わないか?」
 俺とヴィルヘルの対角線上に入り、顔を赤く染めながらシルビアは涙を溜めこんだ瞳で俺を睨む。
 彼女の瞳から感じる意思は明らかな「拒絶」。そんな視線を浴びながら、俺は無意識のうちに声を上げず笑っていた。
 運命とは面白いもんだ、俺は「魔王」であいつは「勇者」。だったらきっと、これから起こる事から逃れることは出来ないだろう。そう思うと自然に笑みがこぼれてしまう。
「さぁシルビア、俺と一緒に出掛けよう」
「………違う、私の知っている不律さんは『みんな』を助ける為なら、我が身を厭わない、心優しい人だったはずです」
「まだ決められないのか。じゃあ、これで最後にしよう」
 俺の体からドス黒い何かが心地よく溢れ出し、周囲の空気中に形を持って複数形成される。圧縮された球体である真黒な魔力、その数はおよそ千は下らない。自分でも正直びっくり。
 まるで空に映る大きなアルマゲドンでも見ているかのように、俺の真下に居る兵士たちの喧騒が止んだ気がした。あまりに圧倒的な光景、これを今から俺がどうするか、皆はもう分かったかな?

「今からこれを、この町全体にぶつける。シルビア、一体これで何人の人間が絶望に打ちひしがれると思う?俺達と同じ痛みを持つ人間が、一体どれほど現れるだろうな」

 降り注ぐ合図の為にこの両手でパンと音を鳴らした瞬間、きっと俺は地獄行きが決定するだろうね。
 あぁ、地獄っていうとあれか、もしかしてあのナマイキショタ野郎のお世話にならなくちゃいけないってことか。ははっ、それは嫌だな、死んでも嫌だ。
 だけど、男にはやらなくちゃいけない時がある、ってテレビで言ってた。地獄か、土下座すれば許してもらえるかなぁ。
「答えを聞きたい」
 俺の両手は固い甲殻に覆われている為、パンッという小気味の良い音では無く、ガキンッという耳障りな金属音が手を叩くと同時に聞こえた。
 そして、その金属音を皮切りに一面を漂っていた魔力の球体が、勢い良く町に向かって降り注ぐ。
「不律さん………目を覚ましてくださいっ!!」
 俺が瞬きをした瞬間だろうか。ものすごい高温の熱風と、雷なんて比べ物にならないくらいの轟音が町中に広がった。
 辛うじて俺の目に映っていた光景は、シルビアが俺の魔力の弾と同じ数の「光っている弓矢のようなもの」を一瞬にして形成して、残らず相殺させたという光景だった。
 一世一代って感じで俺も結構な全力でやったっていうのに、それをまぁいとも簡単に。
 改めて俺とアイツの育ってきた環境が違いすぎたってことを思い知らされる。何もかもが違うからこそ、俺達はここで戦わなくちゃいけないんだ。
「不律さんには、もう居場所があるじゃないですかっ。私の居場所はこの『勇者』という名前の中だけなんです。不律さんがもう二度とこんな過ちを犯さないように、私が完全にその呪いを解いてみせます」
「その呪いってやつを解いた後、どうせお前はまたその命を捨てるんだろうが。そんなに死にたいなら俺が殺す。そして、お前を『勇者』になんかしたこの世界を絶対にぶち壊すっ!!」

 まぁ、殺すっていうのは言い過ぎた。
 だってあいつには、生きて俺の思い描く世界を見て欲しい。俺が世界中の「みんな」を傷つけて苦しめて、そしてその「みんな」が俺にだけ剥き出しの敵意と恐怖心を向けてくれればいい。
 俺一人だけが嫌われるだけの簡単な話さ。これなら世界中で殺し合いが起きることは無くなる、俺だけを殺しに来るってんなら大歓迎だ。

 だから、俺は絶対にシルビアに負けるわけにはいかない。
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