「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

文字の大きさ
上 下
28 / 36
四章 一人ぼっちの君たちへ

第二十八話 物語の続きを

しおりを挟む
 民衆の行き交う、城下町の通り道。たかが一日程度しか離れてないというのに、もう何年も戻ってないかのように錯覚させる。
 かつて勇者と呼ばれていた少女は、己の姿を隠すように頭から深く麻布を被っている。その隣で城下町を歩き、人々を眺め見るのは、この人間の国の若き軍師「ヴィルヘル・デレック」だった。彼もまた少女と同じように、己を隠すために麻布を頭から羽織っている。
「戻ってきてくれると思っていたよ、勇者シルビア・ランチエリ」
「私を勇者から犯罪者に仕立て上げたあなたから、そんなセリフを聞きたくなかったです」
「ここ数日であなたが皮肉を言えるようになっているとは、共に行動していたヤツに一度会ってみたいものだ」

 シルビアが不律のもとを抜け出し、夜の砂漠を移動している最中、馬を二頭連れた人間に出くわした。
 過去に一度だけ魔王軍と最前線で共に戦ったことのある人間。知略に富み、国王亡き今軍師として国を支えている人間だった。彼は軍略にも、外交にも、そして内政にも秀でた指揮能力を発揮する。
 しかし、シルビアはそんな彼を敬遠していた。確かに頭が良く、魔王軍にただの騎兵のみで勝ち星を挙げていた有能な人だったが、兵士をただの駒としてしか見ていない彼が苦手だった。
 ヴィルヘルは連れていた馬の一頭に跨り、もう一頭の馬をシルビアに差し出す。お前が来ることは分かっていたと言わんばかりのその表情、シルビアは何も言わずにその馬に跨った。
 そうして移動している間に、ヴィルヘルは「見て欲しいものがある」と一言だけシルビアに投げかけて、身を隠す用の麻布を一枚渡す。
 夜通しの旅路の末、着いた先はここ。ただの城下町であった。

「それで、見せたい物とは一体何ですか?」
「ん?あぁ、これだよ。民が行き交い、生き交うこの町の姿さ。そして、彼らの表情もだ」
 物を売る商人たち、そして物を買いに来る婦人たち。店先の品々を並べているのは小さな子供ばかりで、ポツリポツリと働くあての無い乞食が薄暗い細道で座り込んでいる。
 シルビアにとって、この世界に生きる者たちにとっては何の違和感もない光景だ。
 しかし、何故だろう。人々の表情はどこか険しく、戦時中よりも暮らしは確かに豊かになってきているはずなのに、生き苦しく急いでいる人々ばかりだ。
「ここは城下町、まぁ、最も豊かだと言われている街だからこの程度ですんでいるが、末端になっていけばいくほど貧しさは増していっているのだ。家を捨て、仕事を求める人間達が中央に押し寄せる。確かに復興途中ということもあって仕事があるにはあるのだが、政府が混乱状態で対応しきれていない。知っているか?今、この国が裏で三つの勢力に分かれていることを」
 珍しく、声色が険しくなっていくヴィルヘル。
 シルビアは口をはさむことなく、淡々とその話に耳を傾けた。
「何とか王政の権威を元に戻し、復興政策を強く推し進める我々、先代アスタルロア国王の支持派。そして現国王を傀儡として扱い、自らの私腹を肥やそうと画策している政治の老人達。こいつらは無能なくせに、無駄に権力だけを持っているから質が悪い。そして、溜まりきった不安定な民意を惑わせ、革命を狙う教会派だ」
「以前、それは聞きました。そして、私を悪役に仕立て上げることであなたたちは民衆の不平を国から私に挿げ替えて、時間を稼いだ。その間、復興を推し進める為に軍師は私兵軍を作り上げて、老人たちが下手に動けないようにした。そのあとに、教会側が王の代わりとなる国の象徴として、私を利用しようとしているというのをあなたが聞き、私を殺してしまおうとしたことも」
「あぁ、そしてそれをお前は受け入れてくれた。民を救うためならばと」
 ヴィルヘルの左手後方を、半歩程度空けて歩くシルビア。
 もうそろそろ、あの開けた広場に、処刑場に出る。
「本当に、私が死ぬことで国は、民衆は助かるというのですか?確かにあなたは優秀です、でも、人を駒としか見ていないあなたに人を救うことが出来るのかどうか、不安なのです」
「勇者さんは、ここ数日で変わった。他人を救うためならと、自分の命さえ軽々しく放り出していたお前が………まぁ、確かに俺は人間を駒として見て、使える奴は側に置き、使えない奴は文字通り切り捨ててきたよ。だからこそ、俺はこの国を、わざわざこんな下級貴族の俺をここまで育て上げてくれた先代国王の残したこの国を救うために、俺は国にとって一番重要な駒である、民を救わなければいけない。国とは民だ、民が居なければそれは国ではない。そして、戦争が終わった今、お前はこの国にとって邪魔な駒になってしまったんだ。魔王を倒したということは、魔王よりも力を持った者が新しく生まれたということ。このまま放っておけば、お前が望んでいなくとも、お前を取り巻いた混乱や戦争が再び勃発する」

 彼の言葉は、シルビアにとって、とても冷たく重いものだった。
 自分でも分かっていた。覚悟もしていた。だが、他人から自分の存在そのものを否定されると、鼻の奥がツンと痛くなる。恐らく誰よりもこの国の行く末を現実的に見ることの出来る彼に言われたから、だからこんなにも心に重くのしかかってくるのだろう。
 そして、だからこそ、この世界で唯一自分の存在を認めてくれた不律を、好きになったのだろう。
「時間は有限だ、広場に着いたのならすぐにでもお前の処刑を執り行う。だが、お前は勇者シルビア・ランチエリとして、この国に多大な功績を残してくれた。俺に出来る範囲で、お前の願いを聞こうと思う。何かあるか?」
「………じゃあ、先日あなたが言っていた『大規模魔族討伐』を取りやめてもらえませんか?」
「はぁ………勇者が魔族を庇うか。守りたい駒でもいるのか?」
 ヴィルヘルは、大きく息を吐き眉間を指で揉み解す。
「魔族討伐は復興政策の軸だ、取りやめることは出来ない。ヴァンパイアの使用する『結界』、そして魔族特有の性質である魔力の自己生成。この二つが揃って復興政策が始まるのだ。エネルギーの供給が安定すれば、雇用が増え、中央に集まってきている民も各々の住むべき場所へと戻ることが出来る」
「私の、命をもってしても、駄目ですか?」
「あぁ。でも、最大限の譲歩はしよう。一つ、ヴァンパイアを殺さずに我々は『結界』を習得しよう。もう一つ、魔族から魔力を搾取はするが、奴隷や家畜のように虐げることはせず、最低限の権利を確保してあげよう」
 これ以上は無理だ。そのヴィルヘルの刺すような視線を受け、シルビアも渋々頷く。
 不律のもとには、カストディオがいる。長い時を過ごしてきた彼ならば、このヴィルヘルの提示した譲歩に最大限漬け込み、自分たちの生きる場所を確保していくことは容易いだろう。
 だから、大丈夫だ。
 根拠のない『大丈夫』を胸のうちで繰り返し、シルビアは拳を強く握った。

 今日も太陽は焼けるような日差しを地上に浴びせている。
 建物が立ち並ぶ道を抜けると、シルビアはまたあの大きな広場に出た。不律と初めて出会ったあの広場に。
 遮る建物は何もなく、より一層激しい光が目に入ってしまう。
 そして、やはり。前回の様に邪魔が入ってはいけないと思ったのか、広場一面に軍師の私兵軍の中でも最強と呼び声の高い「極騎兵」が数百人規模で犇めいていた。
 処刑台の上に立つのは極騎兵隊の長にして、軍部最高将軍である「ハック・ゲルトラウト・ハインリッヒ」。人間離れした巨躯を、魔結晶が施された分厚い鎧で身を覆っている。単純な力勝負であれば勇者を優に超えると言われていた、最強の将がそこに立っている。罪人を裁くための、断頭台の横に。


「時間だ、シルビア・ランチエリ。民の為、国の為、どうか罪深き駒として死んでくれ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...