「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

文字の大きさ
上 下
27 / 36
四章 一人ぼっちの君たちへ

第二十七話 新しき王

しおりを挟む
「儂は友として、魔王様の意思を継ぎ、また儂と同じく魔王様の友である魔族の生き残りたちを守っていかねばならぬという使命があります。魔王様の願った物語を、ここで終わらせたくはないのです」
 カストディオはまるで俺に忠誠を誓うかのように、片膝をついたまま深く頭を下げた。
「此度のここに押し寄せる人間の軍勢は、恐らくここの魔族たちでは到底太刀打ちの出来ぬ戦力と兵数を誇っているでしょう。そこで、儂はその軍勢に一人で挑みに行こうと思います」
「パパっ!」
「カストディオ様!?」
「………不律様、この世界は我々が生きていくにはあまりにも過酷すぎます。まことに身勝手で、不躾なお願いであることは分かっていますが、この老いぼれの代わりに娘たちを守って、逃がしていただけぬでしょうか」
 ベアトリーチェやマナドゥたちの喧騒が聞こえる。しかし、その音は何故か俺には遠くに聞こえた。
 カストディオさんの過去はわかった。今起きている現状がどれほど緊迫しているのかもわかった。いつだって現実はあまりに唐突に苦難を押し付けてくる。今押し寄せている軍勢だってそうだ。生き残っている魔族の数も、シルビアが急に去ってしまったことも。
 そして、カストディオさんが俺を頭を下げてまで、頼み込んでいることもだ。
「カストディオさん………どうして?」
 俺の小さな呟きが、何故か辺りを静かにさせた。
「確かに、俺がこの魔王の姿になった時は強いと思う。たぶんシルビアと一対一で戦ったとしても、俺は大して引けはとらないだろうよ。でもさ、俺はカストディオさんの言う通り、自分でも自分がよく分かっていないくせに、世界を滅ぼしたいと餓鬼みたいに騒いでるクズだ。自分に降りかかってくる不幸を全部世界のせいにして、当たり前のように今日も自分に自分の不幸自慢を語っている。何でカストディオさんは、そんなクズに自分の命よりも大事なものを預けようとしているんですか?あなたが俺のことが分からない様に、俺にもあんたのことが分からない。頭の良いあなたなら、俺を上手い口車に乗せて、その軍勢とぶつけて、その間に自分達だけで逃げようと考えれたはずだろう?」
 怒鳴るでもなく、叫ぶでもなく。
 どこか溜め息交じりの、諦めを感じさせる単調な俺の言葉。
 たぶんカストディオさんは断腸の思いで自分の過去や、命よりも大切なものを俺に預けようとしてくれている。だからこそこんな低姿勢で、嘘の無い言葉を紡いでいる。
 だけど俺はその熱い思いに氷水をぶっかけて、まるで応えようとする意志を見せない。
 あぁ、絶対怒られるわこれ。

 でも、カストディオさんの俺を見る目はどこか悲しげで。俺はその目に何もかもを見透かされているような気持ちに陥ってしまう。
「それは不律様、貴方は魔王様と同じだからです。貴方が魔王様と同じ、寂しそうな眼の色をしておられるからです」
 寂しそう?俺が?
「儂はその目をしている者を三人ほど知っております。それは貴方と魔王様と、シルビア・ランチエリじゃ」
「シルビア………それがどうして、俺を信頼するに値する証拠になるんだ」
「さぁ、何故でしょうか。たぶん、自分の痛みを良く知っているからではないでしょうか。誰よりも何よりも、貴方たちは生きる痛みを知っておるからでしょうか。まぁ、あくまで無駄に長生きしている老人の勘というところです」
 もっと馬鹿にも分かるように説明してくれ。さっきから、よく、わからねぇよ。
 カストディオさんがスクッと立ち上がる。
「もう一度言います」
「あぁ………」
「あなたに物語の続きを書いてくれとは言いませぬ。それは恐らく儂の娘が、儂の一番の部下たちが書いてくれますゆえ。だから不律様には、その物語の主人公になっていただきたい。魔王様と同じ眼の色をした不律様に───」

「───新しき魔族の王となっていただきたい」

 手の痛みが段々と引いていく。
 ただ今度は、胸が締め付けられるように痛みだす。
「俺はずっと一人だった、これからもだ、俺は一人でこの世界に復讐をしてやろうって思っている。だからさ、誰かを守るとか、そんなことは俺には出来やしないんだよっ。分かってるだろ!?俺の居場所はここじゃない!!」
 今度は本気で叫んだ。思い切り立ち上がり、感情のままに暴れる尻尾が木の床を勢いでぶち抜いた。

 ふと、黒く覆われた俺の手をふわりと優しい手が包む。ベアトリーチェが、俺の前に立っていた。
 そのベアトリーチェが目に涙を溜め込みながら、何一つ物怖じすることなく俺と視線を真っ直ぐに合わせる。
「ワタクシたちが、これから不律さんのことを他人と見るのは不可能だヨ………。もう自分が一人みたいなことは言わないでヨ」
「………んだよ、それ、畜生」
 もう、友達なんて、辛いだけだよ。昔俺に出来た一匹の友達は無残に死んだんだ。俺の目の前で。
 だから心の中では、もう一生友達なんていらないとどこかで決めていた。
 でも、やっぱり俺は寂しかったみたいだ。結局、失くした友達に面影の重なるシルビアを自分から助けて。ベアトリーチェたちを助けて、そして助けてもらった。
 だからこそだ。
「辛いんだよ………」
 俺が何よりも一番欲しかったもの、でも、一度手にしたそれは余りにも儚く俺の手からすり抜けた。
 カストディオさんも、あの鬼たちも、ベアトリーチェも、そしてシルビアも。俺にとってすごく大切な奴らだからこそ、こんな生き方しかできない俺の周りに居て欲しくなかった。
「魔王様は昔言ってたんだ、友達になるのに始まりなんて無いっテ。別にワタクシは、パパと違って不律さんに魔王になってほしいわけじゃない。ただ、ずっと一緒に居たいだけナノ」

「───だから、ワタクシたちが不律さんの居場所になる。もうお互いに、誰かを失うのはこりごりだからネ」

 こんなに真っ直ぐな女の子の前で、俺はいつまでウジウジしてんだ。
 はっきり言うと、今も俺の頭の中や決意はぐちゃぐちゃなまんま。とてもじゃないがコイツたちの描く物語の主人公にはなれそうにないくらい、今の俺の行動には統一性が無いだろう。
 だけど分かった。
 そもそも俺は馬鹿のくせに、色々考えてしまうのが悪い癖なんだ。簡単に行こう、今の俺がやりたいことは何だ?
「さて、儂はもう行かねばなりませぬ。もう一度聞きます、不律様。娘たちを頼んでもよろしいですか?」
「………俺は俺のやりたいことをやる。魔王はそのついでになるけど、それでもいいか?」
「はい………十分でございます。心より感謝を申し上げますぞ」
 なんか吹っ切れた。もういいさ、行くところまで行ってやる。魔王でも覇王でもラオウにでもなってやる。
 だけどその前に一つ、言っておかないといけないことがあるな。
「んじゃあ、これが俺の魔王としての最初の意思表明だ。カストディオさん、俺は別にベアトリーチェたちをまるまる任される気はさらさらないぜ」
「なっ!?」
 だってそうだろう。人を勝手に魔王にしておいて。俺は自分の事で手一杯なのに、残りの魔族の世話までするなんてことは出来ないさ。
 そもそも、「今から死んできます」みたいなことを言っている奴を、俺が見過ごすわけがない。
「任せろ、何てったって俺は三国志とか項羽と劉邦とか色々全巻読んできたんだ。ちゃんと『みんな』が助かるような道を考えるさ、もちろんカストディオさん、あんたもだ」
 これで良い。
 そして俺はやりたいことをやる。もちろん、それはシルビアをもう一度取り戻して、どんな理由があれアイツを苦しめる奴を全員叩きのめすことだ。
 まぁ、だけど、きっとあいつはそんな俺のやることを黙って見てはいないだろう。

 その時はその時だ。
 これ以上この世界にあいつが苦しめられるような道を選ぶのならば、俺が自らアイツを、殺さないといけなくなるかもな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...