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三章 人って自分の事ばかり考えるよな。あ、俺もか。
第二十五話 さようなら
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「カストディオさん、改めて何ですかね?俺も早くお風呂を貸してほしいんですけど………」
「しばし待たれよ不律様。貴方にここで決めていただきたいことがあるのじゃ」
どうぞどうぞとまたソファーに座らされる。もーなんなんすか、早くお風呂入ってご飯食べて寝ましょうよ。ていうかその前にこの二人の写真を撮りたいんですが、どこかにインスタントカメラ売っていませんかね?
俺の前に風呂上がりの女性が二人並ぶ。あー眼福かな。
「不律様、どちらに強き愛欲を感じられましたか?」
愛欲て。
「まぁ、この流れならそーくるわな。カストディオさんが何を考えてるかよく分かりませんけど、俺は二人ともに女性としての魅力を強く感じましたよ。本当に、俺なんかがこんな美少女たちと知り合っても良いのかって思うくらいに」
俺がふてくされているのが少し顔に出ていたのを読み取ったのか、カストディオさんや鬼の三人はこれ以上何か問い詰めることは無かった。
しかし、そうは問屋が卸さないよな。
顔を赤らめ俯くシルビアと対照的に、ベアトリーチェは引き分けの結果に納得がいかないのかググイと詰め寄ってきた。まぁ、でも必死にニヤけを抑えているような表情で来られても。
………なんだこれ。
今更になって自分の吐いたセリフが凄い恥ずかしくなってきた。ッベー、自分で掘ってでもその穴に入りたいわ。おっと、新しい諺出来たぞ。「穴があったら入りたい」の上位互換。
「な、なんでワタクシと勇者が一緒なノ!?どう見たってワタクシの方がスタイルも胸も完璧だヨ!」
やっばい、ベアトリーチェちゃん抑えて!君の背後で勇者ちゃんが、一瞬呂布みたいな顔したよ!?
もう、早くお風呂に入りたい。
「えっと………ね?例えばさ、水と土のどっちが大切だと思う?カストディオさんとマナドゥさんたちのどっちが大切?っていう質問に答えられる?」
「そ、そんなの、答えられないじゃん。どっちも大切に決まってル………」
「まぁ、そういうことなんだよね。俺から見たらどっちとも本当に綺麗で可愛くて美しくて、優劣のつけようがないというかなんというか」
「あ、そ、そうなんダ………」
口を開けば開くほど、どんどん墓穴だな。
ちょっと待って、みんな何でそんなに照れてるの!?カストディオさんも、鬼の三人の方々も、おかしいよ!?俺よりそんなに照れないでよ!
「もうヤダ!もう、俺、お風呂入る!!」
みんなのバカーーっ。
はてさて、それからそれからの話だ。
この後は特に何事もなく事柄は進んだな。ゆっくり風呂にも入れたし、普通に食事も出来た。ギャースの前例があったから、不思議な食べ物が出てきても食材のことはあえて聞かなかったよ。美味しかったので結果オーライ。
まぁ、やっぱりシルビアと魔族たちの軋轢はそう簡単に埋まることの無いものらしく、食事中とかそれ以外の自由な時間とかは結構空気が気まずかったな。ぼっちの俺がこんなに空気を読まないといけない日が来るなんて、あの世界のリア充共の苦労がよく分かったよ。ざまぁだお。
本当に、何事もなく進んだんだ。カストディオさんもあんな条件を出しておきながら、シルビアにこれといった質問をすることは無かったし、逆に俺の素性についての質問ばかりだった気がする。高校受験の面接よりたくさんの質問を受けたんじゃないだろうか。俺も俺でそれとなく質問に答えていた、のらりくらりとはぐらかしながらね。頭の良さそうなカストディオさんのことだ、何か俺が隠し事をしていることくらいなんとなく分かっていると思う。
そして、あとはもう寝るだけさ。
まぁ、流石に勇者を一人部屋で寝かせておくことは、自分たちの身の危険を感じたのか、俺とシルビアは同じ部屋で寝ることになった。明日の朝にはオートゥイユさんが起こしてくれるらしい。
「不思議なくらい、何事もなかったな。昼間、あんなことがあったばかりだっていうのにさ」
「………不律さん?」
少し薄めの敷布団と、掛布団に挟まれ、隣同士に寝る俺とシルビア。
昨日と同じように月明かりだけが光源となっていて、昨日とは違う部屋で暖かく寝る。やはり月に照らされるシルビアは絵になって、俺は思わず彼女から顔を背けて目を閉じてしまう。
「なんか、すまない。俺は明日の事なんて何も考えず、ただただお前を引っ張り回しているだけで………」
「こちらこそですよ。私なんかを助けなければ不律さんは倒れるほどの苦労をしなくて済んだというのに、謝るのは私の方なんです。それに、不律さんと一緒にどこかに行くっていうのは、私にとってとても楽しいことでした。ふふっ、明日はどこに連れていってくれるんですか?」
「はははっ、なら良かった。明日はもっと慎重に動かないとなぁ」
まとまらないグチャグチャの思考を脳内で漂いながら、俺はシルビアとの無言に耳を傾けた。
しばらくして、シルビアがもう一度小さく声を出す。
「不律さん、一つよろしいですか?」
「ん?」
「一度だけ、今だけで良いので、シルビアと呼んでくれませんか?」
「な、なんだ今更」
「お願いします」
夜だからか、距離が近いからか、疲れているからか、俺はそのシルビアのお願いにどうしてか抗えなかった。
一度、ゆっくり息を吸う。
「………シ、シルビア」
「っ」
ふと俺の手がギュっと小さな両手に握られる。
「ありがとうございます。しばらく、このままでいさせてもらえませんか?これなら夢の中でも寂しくないですから」
俺の無言を肯定と受け取ったのか、シルビアは手を握ったまま穏やかな寝息をたて始めた。
あー、今日も俺ちゃんと眠れるかなぁ。
☆
もう夜も随分更けているのだろう、床に就いた時より大分暗くなっている。
こんな夜中に目を覚ますのも久しぶりだ。恐らく、まだ魔王軍と戦争中、夜戦の準備の為に目を覚ましていた時以来ではないだろうか。
「不律さん………」
月明かりに照らされる少女は隣で穏やかに寝ている人の名を小さく呼ぶ。答える気配は無い。
少女はヒクリと眉をひそめ、ゆっくりと握っていた手を離した。急に温もりが冷めていってしまう両手が凄く切ない。
たった二日間、あまりにも短すぎる時間だったが、少女は、シルビア・ランチエリは葵不律と一緒に過ごせた時間が幸せでたまらなかった。もう一度その手を握り締めたい、出来ることなら自分より一回り大きくて広いその背中に抱き付きたい。
しかし、彼女は布団から身を出した。
「………不律さん、私は、貴方が本当に大好きです。私と一緒に居てくれて、ありがとうございました」
不律の口に、シルビアの影が重なった。そして、ゆっくりと離れる。
彼女の目はすでに、自らの意思が強く込められた勇者たる瞳へと変わっていた。
ドアから出るのは見つかりやすい。窓から出て、この家の入口に回って靴を取ろうと考えたのか、シルビアは音をたてないようにそっと窓から外へ出た。
「月が綺麗じゃのぅ、勇者シルビア・ランチエリよ」
靴も履いて、この場所から立ち去ろうという時に、頭上で微かに声が聞こえる。
「カストディオ卿………」
「別に引き止めはせんさ、遅かれ早かれこうなることはお見通しじゃ。貴様のその思惑に乗っかった方が、儂も助かるしの」
屋根の上でぶらりぶらぶらと足を延ばしながら夜空を眺めるカストディオ。
あまり大きな声で話せないため、シルビアも屋根へと飛び乗りカストディオとなんとか話せるような距離まで近づく。
「明日、不律様が儂らにどんな顔をして、どんな反応をするか、考えただけでも頭が痛いわい。貴様の身勝手な行動でのぉ、まぁ、こればかりは仕方がないことなんじゃろうが」
「………………」
「勇者よ、儂が不律様と交わした条件を覚えておるか?ここで今、いくつか質問をしたいのじゃが。もちろん拒否権は無いぞ?」
「手短に」
「分かっておるて」
カストディオは揺らしていた足をたたみ、体をシルビアの方へと向き直す。
「儂もこの魔族の残党を率いる者として、まずは事務的なことも知っておかねばならんのじゃ。密かに人間たちの国内情勢や軍部関係のことを調べておったんじゃが、少し気になる情報が入っての」
「私は外の情報がほとんど入ってくることが無かったので、あまりお力にはなれないと思いますけど」
「知っておる。確か貴様は、王族の武芸教育のようなことをやっておったな。地位としては最高位だが、権力はまるで持たされない名ばかりの位じゃ。しかし、だからこそ知っておることもあるじゃろう。王に最も近しい位置に従っておった貴様になら、の?」
「………………」
「いつ、貴様らの王は死んだ?」
月が陰り、灰色の肌を持つカストディオの姿が見えにくくなる。
シルビアは思わず、一つだけ小さく溜め息を吐いた。
「流石ですねカストディオ卿。これは未だに国の中でも最上層部の一部の人間しか知らない事実のはずですけれど?」
「答えを述べよ。時間が無いのだろう?」
「わかりました………昔、あなたたち魔族との戦争の間、王として国を支えたアスタルロア国王はつい一月ほど前に病によって死去されました。ご子息のおられなかった先代王だったので、最も近い血縁のクリスト王が即位されましたが、齢はまだ十歳。先代王の遺言により、クリスト王が十六歳になられるまで、アスタルロア王の死を隠したまま、軍師に抜擢されたヴィルヘル・デレック元少将が政治を取り仕切ってます」
「よくわかった。なるほど、それなら合点のいく事象も多い」
体が冷えはじめたのか、カストディオは咳にも近いくしゃみをして鼻をすする。
そして、目をつぶって腕組みをした。長い時代を生きてきた彼の頭の中で、一体この情報がどのように繋がっていっているのか、ブツブツと呟くカストディオの姿を見てシルビアは、怪訝そうに首を傾げる。
「これで、良いでしょうか?」
「あと一つ、もうそれで終わりじゃ。次は貴様について聞きたい、国のことや過去の戦争のことなどではなく、貴様という存在についてじゃ。シルビア・ランチエリよ、なぜそこまで生き急ぎ、自らの身を削ってまで己以外の存在を助けようとする?もう戦争は終わり、貴様は勇者ではなくなったのだぞ?今、国の中でどんなことが起きているのかは知らんが、お前が死ぬことで他の存在は救われると本当に思っているのか?」
「私は生まれたときからずっと勇者です。みんなが幸せになれるというのなら、喜んでこの命を差し出しましょう。あなたたちもですよ、私が死ぬことで、幾分かあなたたちも生きやすくなるのでしょう?」
「若いのぉ。貴様が死ぬことで、絶対に幸せを感じることが無い人間が少なくとも一人はいることを、まさか分かってないわけではあるまい」
シルビアは口を噤んで、靴紐をきつく締め直した。
陰りが消え、再び銀色の月光に照らされるシルビア。髪は鮮やかになびき、その瞳はずっと遠くの向こうを見据えている。
「これは、勇者としてではなくシルビア・ランチエリとしての私の我がままなんです。私が居なくなったことで、悲しんでくれる人がこの世に一人でも居てくれたらいいなっていう、私の我がままです。それに、ここには不律さんの居場所があります。ベアトリーチェさん、あのヴェベールさんたちも含め、身を粉にしてまで不律さんを支えてくれる方がいます。だから、大丈夫なんです」
「その生き方をするには若い、若すぎる。それならば貴様の我がままを貫けばいいだろうに」
「いえ、私は勇者ですから。自分を貫くには、あまりにも多くの命を奪ってしまいました。今更この生き方を曲げることは許されません」
「儂は情報をもとに未来を推測することは出来るが、未来を予知することは出来ん。はてさて、貴様の思い通りに事が進むかのぉ?」
カストディオの嘲笑に近い微笑を一瞥し、シルビアはそのまま屋根から飛び降りる。
「…………さて、月を見て、酒でも飲むか」
冷たい風に当たりながらカストディオは酒をグッと飲み干し、微かに頬を高揚させた。
「しばし待たれよ不律様。貴方にここで決めていただきたいことがあるのじゃ」
どうぞどうぞとまたソファーに座らされる。もーなんなんすか、早くお風呂入ってご飯食べて寝ましょうよ。ていうかその前にこの二人の写真を撮りたいんですが、どこかにインスタントカメラ売っていませんかね?
俺の前に風呂上がりの女性が二人並ぶ。あー眼福かな。
「不律様、どちらに強き愛欲を感じられましたか?」
愛欲て。
「まぁ、この流れならそーくるわな。カストディオさんが何を考えてるかよく分かりませんけど、俺は二人ともに女性としての魅力を強く感じましたよ。本当に、俺なんかがこんな美少女たちと知り合っても良いのかって思うくらいに」
俺がふてくされているのが少し顔に出ていたのを読み取ったのか、カストディオさんや鬼の三人はこれ以上何か問い詰めることは無かった。
しかし、そうは問屋が卸さないよな。
顔を赤らめ俯くシルビアと対照的に、ベアトリーチェは引き分けの結果に納得がいかないのかググイと詰め寄ってきた。まぁ、でも必死にニヤけを抑えているような表情で来られても。
………なんだこれ。
今更になって自分の吐いたセリフが凄い恥ずかしくなってきた。ッベー、自分で掘ってでもその穴に入りたいわ。おっと、新しい諺出来たぞ。「穴があったら入りたい」の上位互換。
「な、なんでワタクシと勇者が一緒なノ!?どう見たってワタクシの方がスタイルも胸も完璧だヨ!」
やっばい、ベアトリーチェちゃん抑えて!君の背後で勇者ちゃんが、一瞬呂布みたいな顔したよ!?
もう、早くお風呂に入りたい。
「えっと………ね?例えばさ、水と土のどっちが大切だと思う?カストディオさんとマナドゥさんたちのどっちが大切?っていう質問に答えられる?」
「そ、そんなの、答えられないじゃん。どっちも大切に決まってル………」
「まぁ、そういうことなんだよね。俺から見たらどっちとも本当に綺麗で可愛くて美しくて、優劣のつけようがないというかなんというか」
「あ、そ、そうなんダ………」
口を開けば開くほど、どんどん墓穴だな。
ちょっと待って、みんな何でそんなに照れてるの!?カストディオさんも、鬼の三人の方々も、おかしいよ!?俺よりそんなに照れないでよ!
「もうヤダ!もう、俺、お風呂入る!!」
みんなのバカーーっ。
はてさて、それからそれからの話だ。
この後は特に何事もなく事柄は進んだな。ゆっくり風呂にも入れたし、普通に食事も出来た。ギャースの前例があったから、不思議な食べ物が出てきても食材のことはあえて聞かなかったよ。美味しかったので結果オーライ。
まぁ、やっぱりシルビアと魔族たちの軋轢はそう簡単に埋まることの無いものらしく、食事中とかそれ以外の自由な時間とかは結構空気が気まずかったな。ぼっちの俺がこんなに空気を読まないといけない日が来るなんて、あの世界のリア充共の苦労がよく分かったよ。ざまぁだお。
本当に、何事もなく進んだんだ。カストディオさんもあんな条件を出しておきながら、シルビアにこれといった質問をすることは無かったし、逆に俺の素性についての質問ばかりだった気がする。高校受験の面接よりたくさんの質問を受けたんじゃないだろうか。俺も俺でそれとなく質問に答えていた、のらりくらりとはぐらかしながらね。頭の良さそうなカストディオさんのことだ、何か俺が隠し事をしていることくらいなんとなく分かっていると思う。
そして、あとはもう寝るだけさ。
まぁ、流石に勇者を一人部屋で寝かせておくことは、自分たちの身の危険を感じたのか、俺とシルビアは同じ部屋で寝ることになった。明日の朝にはオートゥイユさんが起こしてくれるらしい。
「不思議なくらい、何事もなかったな。昼間、あんなことがあったばかりだっていうのにさ」
「………不律さん?」
少し薄めの敷布団と、掛布団に挟まれ、隣同士に寝る俺とシルビア。
昨日と同じように月明かりだけが光源となっていて、昨日とは違う部屋で暖かく寝る。やはり月に照らされるシルビアは絵になって、俺は思わず彼女から顔を背けて目を閉じてしまう。
「なんか、すまない。俺は明日の事なんて何も考えず、ただただお前を引っ張り回しているだけで………」
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「はははっ、なら良かった。明日はもっと慎重に動かないとなぁ」
まとまらないグチャグチャの思考を脳内で漂いながら、俺はシルビアとの無言に耳を傾けた。
しばらくして、シルビアがもう一度小さく声を出す。
「不律さん、一つよろしいですか?」
「ん?」
「一度だけ、今だけで良いので、シルビアと呼んでくれませんか?」
「な、なんだ今更」
「お願いします」
夜だからか、距離が近いからか、疲れているからか、俺はそのシルビアのお願いにどうしてか抗えなかった。
一度、ゆっくり息を吸う。
「………シ、シルビア」
「っ」
ふと俺の手がギュっと小さな両手に握られる。
「ありがとうございます。しばらく、このままでいさせてもらえませんか?これなら夢の中でも寂しくないですから」
俺の無言を肯定と受け取ったのか、シルビアは手を握ったまま穏やかな寝息をたて始めた。
あー、今日も俺ちゃんと眠れるかなぁ。
☆
もう夜も随分更けているのだろう、床に就いた時より大分暗くなっている。
こんな夜中に目を覚ますのも久しぶりだ。恐らく、まだ魔王軍と戦争中、夜戦の準備の為に目を覚ましていた時以来ではないだろうか。
「不律さん………」
月明かりに照らされる少女は隣で穏やかに寝ている人の名を小さく呼ぶ。答える気配は無い。
少女はヒクリと眉をひそめ、ゆっくりと握っていた手を離した。急に温もりが冷めていってしまう両手が凄く切ない。
たった二日間、あまりにも短すぎる時間だったが、少女は、シルビア・ランチエリは葵不律と一緒に過ごせた時間が幸せでたまらなかった。もう一度その手を握り締めたい、出来ることなら自分より一回り大きくて広いその背中に抱き付きたい。
しかし、彼女は布団から身を出した。
「………不律さん、私は、貴方が本当に大好きです。私と一緒に居てくれて、ありがとうございました」
不律の口に、シルビアの影が重なった。そして、ゆっくりと離れる。
彼女の目はすでに、自らの意思が強く込められた勇者たる瞳へと変わっていた。
ドアから出るのは見つかりやすい。窓から出て、この家の入口に回って靴を取ろうと考えたのか、シルビアは音をたてないようにそっと窓から外へ出た。
「月が綺麗じゃのぅ、勇者シルビア・ランチエリよ」
靴も履いて、この場所から立ち去ろうという時に、頭上で微かに声が聞こえる。
「カストディオ卿………」
「別に引き止めはせんさ、遅かれ早かれこうなることはお見通しじゃ。貴様のその思惑に乗っかった方が、儂も助かるしの」
屋根の上でぶらりぶらぶらと足を延ばしながら夜空を眺めるカストディオ。
あまり大きな声で話せないため、シルビアも屋根へと飛び乗りカストディオとなんとか話せるような距離まで近づく。
「明日、不律様が儂らにどんな顔をして、どんな反応をするか、考えただけでも頭が痛いわい。貴様の身勝手な行動でのぉ、まぁ、こればかりは仕方がないことなんじゃろうが」
「………………」
「勇者よ、儂が不律様と交わした条件を覚えておるか?ここで今、いくつか質問をしたいのじゃが。もちろん拒否権は無いぞ?」
「手短に」
「分かっておるて」
カストディオは揺らしていた足をたたみ、体をシルビアの方へと向き直す。
「儂もこの魔族の残党を率いる者として、まずは事務的なことも知っておかねばならんのじゃ。密かに人間たちの国内情勢や軍部関係のことを調べておったんじゃが、少し気になる情報が入っての」
「私は外の情報がほとんど入ってくることが無かったので、あまりお力にはなれないと思いますけど」
「知っておる。確か貴様は、王族の武芸教育のようなことをやっておったな。地位としては最高位だが、権力はまるで持たされない名ばかりの位じゃ。しかし、だからこそ知っておることもあるじゃろう。王に最も近しい位置に従っておった貴様になら、の?」
「………………」
「いつ、貴様らの王は死んだ?」
月が陰り、灰色の肌を持つカストディオの姿が見えにくくなる。
シルビアは思わず、一つだけ小さく溜め息を吐いた。
「流石ですねカストディオ卿。これは未だに国の中でも最上層部の一部の人間しか知らない事実のはずですけれど?」
「答えを述べよ。時間が無いのだろう?」
「わかりました………昔、あなたたち魔族との戦争の間、王として国を支えたアスタルロア国王はつい一月ほど前に病によって死去されました。ご子息のおられなかった先代王だったので、最も近い血縁のクリスト王が即位されましたが、齢はまだ十歳。先代王の遺言により、クリスト王が十六歳になられるまで、アスタルロア王の死を隠したまま、軍師に抜擢されたヴィルヘル・デレック元少将が政治を取り仕切ってます」
「よくわかった。なるほど、それなら合点のいく事象も多い」
体が冷えはじめたのか、カストディオは咳にも近いくしゃみをして鼻をすする。
そして、目をつぶって腕組みをした。長い時代を生きてきた彼の頭の中で、一体この情報がどのように繋がっていっているのか、ブツブツと呟くカストディオの姿を見てシルビアは、怪訝そうに首を傾げる。
「これで、良いでしょうか?」
「あと一つ、もうそれで終わりじゃ。次は貴様について聞きたい、国のことや過去の戦争のことなどではなく、貴様という存在についてじゃ。シルビア・ランチエリよ、なぜそこまで生き急ぎ、自らの身を削ってまで己以外の存在を助けようとする?もう戦争は終わり、貴様は勇者ではなくなったのだぞ?今、国の中でどんなことが起きているのかは知らんが、お前が死ぬことで他の存在は救われると本当に思っているのか?」
「私は生まれたときからずっと勇者です。みんなが幸せになれるというのなら、喜んでこの命を差し出しましょう。あなたたちもですよ、私が死ぬことで、幾分かあなたたちも生きやすくなるのでしょう?」
「若いのぉ。貴様が死ぬことで、絶対に幸せを感じることが無い人間が少なくとも一人はいることを、まさか分かってないわけではあるまい」
シルビアは口を噤んで、靴紐をきつく締め直した。
陰りが消え、再び銀色の月光に照らされるシルビア。髪は鮮やかになびき、その瞳はずっと遠くの向こうを見据えている。
「これは、勇者としてではなくシルビア・ランチエリとしての私の我がままなんです。私が居なくなったことで、悲しんでくれる人がこの世に一人でも居てくれたらいいなっていう、私の我がままです。それに、ここには不律さんの居場所があります。ベアトリーチェさん、あのヴェベールさんたちも含め、身を粉にしてまで不律さんを支えてくれる方がいます。だから、大丈夫なんです」
「その生き方をするには若い、若すぎる。それならば貴様の我がままを貫けばいいだろうに」
「いえ、私は勇者ですから。自分を貫くには、あまりにも多くの命を奪ってしまいました。今更この生き方を曲げることは許されません」
「儂は情報をもとに未来を推測することは出来るが、未来を予知することは出来ん。はてさて、貴様の思い通りに事が進むかのぉ?」
カストディオの嘲笑に近い微笑を一瞥し、シルビアはそのまま屋根から飛び降りる。
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