「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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三章 人って自分の事ばかり考えるよな。あ、俺もか。

第二十一話 誇り

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 鋼の甲冑に身を包んだ騎兵隊、その数ざっと四千。全身真白の布に包まれた、馬に乗ったターバンの姿がざっと千。総勢五千の大軍は、先頭を行く青色のゆったりとした衣服を身に着けた、若い男である指揮官の合図で進行を止めた。
 指揮官を守るように斜め後方の両側に常に位置する、まるで岩石のような体格の鎧騎士が一人と、ゆらゆらと怪しげに純白の長いターバンを揺らす、指揮官と同じくらいの若い男が一人。
「ここは確か、町はずれの草が広く生えた広場だったはずだよな?」
「そうですね」
 指揮官の問いに、ターバンの男が答える。
「………跡形もないな」
 未だあちらこちらに火種が残っており、息をするのも苦しいくらいの土や草の焦げた臭い。草は禿げ、炭へと変わり、無様に表に顔を出す土壌。爆発の威力をありありと物語る、ボコボコに抉れた地面。
 一昔前の、豊富で変幻自在な魔力を使うことを得意とした魔王軍との戦場を嫌でも思い出してしまう。
「この有様を見て分かる通り、ここでつい先ほどまで魔族の生き残りが派手な戦闘を行っていたようだな」
「まー、人間では無いでしょうね。こんなに派手なことできるのは、人間でもウチの軍の者達だけでしょう。そんなこと予め分かってたから、こんなに選りすぐった軍を連れてきたんでしょうよ、指揮官さん」
「あぁ、そして───」
 指揮官は馬からひらりと降りて、近場の抉れた地面へと歩みを進める。
 乱暴に抉られている他の地表とは違い、刃物か何かに切れ込みをざっくりと刻まれたような傷が残る地表。
「戦っていたのは『勇者』、シルビア・ランチエリだな」
「残っている魔力の中には、確かにシルビアさんの魔力って分かるようなものも残っていますね。でも、だとしたらおかしくないですか?」
「俺も今、それを考えていたところだ。なぜ、魔族の死体が一匹たりとも残っていないのか」
「ですよねー、向かってくる魔族の命を片っ端から確実に刈り取っていくようなあの人が戦っているって考えたら、死体が無いのはやっぱりおかしいですよね」
「あぁ、味方だったから彼女が俺達には『勇者』に見えたが、魔族たちの目から見たら『死神』以外の何でもない。だからこそ、魔王を超えてしまった彼女を、逸早くも殺してしまわないといけないんだ」
 若き指揮官はひらりと馬に乗り直す。
「ここに死体が無い理由。一つは、シルビア・ランチエリの心情に何か変化があり、魔族を誰一人殺すことを行わなかった。一つは、シルビア・ランチエリが無様に敗北した。一つは、未だ実力の均衡した者同士で、場所を移して戦闘を行っている」
「でも、指揮官さん、俺がさっきから飛ばしてる魔力の反応からは、そんな大きな戦いが起きてる様子はないですよ。勇者程の実力者同士の戦いなんて、軽く国の一つや二つ滅ぶでしょう」
 ターバンの男は笑う。
「あぁ、だから可能性は九割方、勇者の心境の変化だろう。ここから大規模な瞬間転移を行ってみせる化け物も存在しているようだし、急がないと、急いで殺してしまわないと」
「例の新しく現れた魔王とやらについてもよく分かってないですしね、でも大丈夫ですよ」
 ターバンの男と、鎧騎士が恭しく胸に片手を添え、若き指揮官に深々と頭を下げる。
「勇者さんの戦闘データを基に作られた軍隊、魔族にはもう決して劣ることの無い魔力を手に入れた俺の『魔騎兵』と、純然たる高い戦闘力、駆動性、防御力をもつコイツの『極騎兵』。その全ての者たちが、アンタの為、王の為に、絶対の勝利を約束しましょう」
「頼む。昔の様に、敵はもう魔族だけではないのだから」
 指揮官は軍を引き返す為、大きく手を上げる。
 大勢の馬の鳴き声があちこちから響き、徐々に陣形を変化させていく。
「ありゃ、もう帰るんですか?」
「あぁ、魔族たちの隠れ家はお前が見つけたんだろう?」
 ターバンの男は笑顔で頷く。
「それだけで今回は大きな収穫さ。一度軍を立て直す、あとは、国を内部から腐らせていく豚老人共の様子も見ておかないといけないしな」
「ふふん、指揮官さんの仰せのままに」





 本当に、もう、いい加減休みたいんですけど。俺昨日から全然寝てないですよ、受験戦争中の学生より寝てませんよ?
 とりあえず正しい場所には、転移できたみたいだな。感想は後にしてくれ、もう流石に心も体も限界だぜ?
「はぁ、はぁ………クッ、ベアトリーチェたちは、まだ、残っておいてくれませんかね?あとの魔族たちは、とりあえずここから去ってくれ。俺は、カストディオさんに、話がある」
 ベアトリーチェに肩を担がれ、歩くのすらままならないほど老いているカストディオの姿。
 それでも怖い。やっぱ、人ではないと分かるその外見もそうだが、何よりその大人の眼光で、嫌でも委縮させられちまう。
「分かりました………貴様ら、後は儂に任せておけ。各自、家に戻り今日の傷を癒せ、これは命令じゃ」
 カストディオが片手を上げると、魔族たちはしばらく戸惑いと不安の表情を見せながらも、自分たちに何も出来るわけないと悟り、ちらほらと姿を消していった。
 見渡してみれば、よく整備された小規模な町並み。どうやらここが魔族たちが隠れ家としている地域らしい。
 ここら一帯が砂漠地帯であるのに対し、民家の立ち並ぶここには水を弾く鮮やかな緑色をした短草が茂っている。足元は砂でなく土。人間たちの住んでいたあの街とは違い、吸い込んだ空気に水分が含まれていることが分かる。
 恐らく、この地の真下には水脈が通っているのであろう。
「これで大丈夫じゃ、別に変な動きは致しませぬ。貴方様も疲れておられるようだし、勇者を地に下ろしてもらって構いませんぞ」
「いや、気にしないでくれ」
 俺なんかが、生きているうちに、まさか女の子をお姫様抱っこ出来ることになるなんて夢にも思わなかったな。
 思ったより小さく、思ったより少し重いシルビアが、俺の腕の中で寝苦しそうに吐息を立てている。
 瞬間転移。異世界に来てまだ二日目で、魔法とか魔力とかそんなもんの概念を未だに良く理解できてない俺が、最高難易度の「ワープを行う魔法」を上手く使えるわけが無かった。疲れが相当溜まっていたこの魔王の体が果たせたのは瞬間転移のきっかけのみ。百名近い存在を一気にワープさせるには、圧倒的に「魔力」が足りていなかったのだ。
 そんな俺の魔力の大部分を補ってくれたのは、シルビアだった。
 どうして。俺がコイツの敵方である魔族の連中を助けようとしていたことは、あの短時間で分かりきっていただろうに。
「それで、話とは?」
「っと、そうだった」
 カストディオはベアトリーチェの肩に回していた腕を解き、自分の足で立ち、まるで品定めでもするかのような目で俺を見る。
「質問、というよりは確認だな。今回の一連の騒動が、魔族の復興と勇者の抹殺を意図していることは分かった。そして、アンタが勇者の抹殺を第一目標にしていたことも」
「ほぅ………どうぞ、続けて下さい」
「以前魔王軍をほぼ一人で壊滅させたとか言われている勇者相手に、この程度の勢力で自らの命を懸けてまで挑むなんてお門違いも良いところだろ。きっとド派手に暴れて、勇者の居場所を人間の騎士団に教えようとしていたんだろ?コイツが人間相手に攻撃を行うわけない、そんなことが出来るのならそもそも先日処刑台で拘束されているはずがないんだから。アンタは自分たちの手ではなく、人間の手で勇者を殺そうとした、最終的な結果は同じだからな。違うか?」
「よく、分かっていらっしゃる。ただ、少しだけ違う点がございます」
「違う点?」
「儂の第一の目標は、勇者の抹殺と魔族の復興の両方です。人間の魔王様」
「ッ!?」
「パパ、何でそれヲ!?」
 びっくりした。びっくりしすぎてちょっとむせてしまった。
 俺やベアトリーチェ、鬼達の困惑の反応を気にすることなく、カストディオが淡々と話を続ける。
「まぁ、この二つの目的はほぼ同義なんです。勇者が死ぬこと、それ即ち魔族の繁栄につながるのです。詳しい因果関係は省きますが、魔族にとって最大の天敵がいなくなることと考えていただければそれで良いかと。そして貴方の推測には一つ抜けている点がございます、儂の思惑のもう一つは貴方。貴方に我々の味方に付いていただくことです。だからこそ儂の自慢の娘と、最も信頼できる側近の者をあなたに接触させました。他人の心を動かすのは、儂のような打算的な者では無く、こういう純粋で崇高な意思を持った者たちが一番ですからの」
「謎が謎を呼ぶような言い回しだな。まぁ、いいか。それで、俺はまんまとカストディオさんの思惑通りになってしまったと。結果的にベアトリーチェたちに動かされて、魔族を助けてしまっているわけだし」
「結果的には、そうですな。ただ、一つ困った問題がありますゆえ………」
「パパ?」
「………カストディオ様?」
 カストディオはゆっくりと、こっちに向かって歩いてくる。
 彼から感じ取れる意思はとても静かで、疲労感で押しつぶされそうな俺の体が、一瞬だけ悪寒に襲われた。
「その問題は、貴方と勇者が、深き仲になってしまわれていることであった」
 俺の顔に合わせて、カストディオが人差し指を向ける。
 指先に集う深い紫色は、恐らく凝縮された魔力なのだろう。
「えっと、それは、なんの真似?」
「助けていただいたことにはもちろん感謝しております、感謝してもし尽くしきれませぬ。ただ、儂にも譲れぬものはあるのです。勇者と魔族は、どれほどの時間が経とうと絶対に相容れない存在なのです。すでに魔族の中では貴方を、新しき魔王だと思っている者も出てきております」
 カストディオの深く赤い瞳がチラリと鬼達を見て、もう一度俺の方に向き直した。
「後顧の憂いなんです、貴方は。卑怯だと罵ってくれても構いませぬ、儂が貴方を殺れるチャンスは、魔力を使い果たし、勇者を手に抱いて動けない今だけじゃ」
「他人を罵れるほど、俺は強くはないし偉くもない。本当ならここで命乞いの一つや二つホイホイ出来るようなクソ神経を持ってるはずなんだが、コイツを抱えている以上、女の子の前でそれは出来ない。でもな、それでも俺は死なないよ。アンタなんかに殺すことは出来ない。コイツを殺せるのは俺だけだし、俺を殺すことが出来るのはコイツだけさ」
「フッ………こういった形で、出会いとうなくございましたな」
 カストディオの息がだんだん荒くなるにつれ、指先の魔力のエネルギーがどんどん高まっているのが感じ取れる。

 しかし、ふと、紫色の光が消える。

「貴様等、それはどういうことか、説明してもらえんか?」
「すみません、カストディオ様。しかし、こればかりはどうも見過ごすことが出来ませぬ。処罰は後で何なりと受けますゆえ、なにとぞ」
 一瞬で俺の視界が塞がれたと思ったら、俺の目の前を覆っているのはマナドゥたちの棍棒だった。
 俺の額とカストディオの指先との対角線を遮断するかのように、三人の棍棒が重なり合っている。
「分からぬな、儂は説明を求めておるのじゃが?」
「ごめんなさいパパ、ワタクシもパパの方にはつけなイ」
「………ベアトリーチェ様」
「なぜじゃ、ベア。儂が、間違っているとでも?」
 棍棒よりも前の位置で、ベアトリーチェは手を大の字に広げてカストディオと相対する。
 なんか、ここで俺が会話に入ったら無粋かな。黙っとこう。
「正しいとか間違えているとか、そういうことじゃないの。ただ、ここでこの人に死んで欲しくないだけヨ」
「自分たちは不律殿に、魔王様とは明確に違う意思と、魔王様と同じような覚悟を感じました。確かに自分たちにとって、勇者シルビア・ランチエリは決して相容れぬ忌むべき存在なのは分かっております」
「それ以前に我らは、カストディオ様とシルビア・ランチエリの戦闘を止めていただくことを条件に、不律殿に命を預ける意思を示しました。故にここで不律殿をお守りいたさぬのは、我々の不義の致すところでございましょう」
 しばらくの無言が気まずい。そして、その少しの無言の間が空き、金棒が一つずつ下ろされて視界が開けてくる。
 腕を下げ疲れ果てたように嘆息するカストディオを見て、俺も無意識にふと詰まっていた息を吐いた。気づけばもう軽く日も傾いている。
「心を動かしたのではなく、お前たちが動かされていたというわけか」
「良いの?俺を殺さなくて」
「後先短い老いぼれに自分の娘と、最も信頼している部下たちを共に殺せと?」
「それでアンタの考えていたことが達成されるんだろ?」
「これは大切なものたちを守るための、覚悟なんじゃ。その大切なものを失ってしまっては、儂はその覚悟をどこに向ければ良いのか分からんようになります。貴方は………いや、何も聞きますまい」
 カストディオはどっこいしょと地面に腰を下ろす。
 もう最初見たときのような剣呑とした表情はもうどこにもない、その顔はただの穏やかな老人のようだ。
「カストディオさん、大丈夫ですよ。俺らはただ、一晩体を休める場所を提供して貰いたいだけなんだ。一晩経てば俺はコイツと一緒に出ていくよ。だからどこか簡単な空家を貸してくれないかな、出来れば風呂付きで………なんて言ってみたり」
「………姿の正体が他の魔族に見つかりでもすると互いに迷惑でしょう。空き家とは言わず、儂の家を提供いたしましょう。もちろん、勇者も一緒で構いませぬ」
「本当か!?」
「パパ!?」
「ただ一つ、要求がございます。儂が勇者シルビア・ランチエリに行う質問に全て答えていただきたいというのが条件です。それを約束していただけるのならば」
「んなこと俺に言われても………コイツに言ってくれよ」
 両手がふさがっているので、俺は顎をしゃくってシルビアを指す。
「いいえ、貴方から話していただいた方が宜しい」
 俺から話した方が?………ちょっと何言ってるのかよくわかんない。
 まぁでも、これは無理矢理にでも納得してもらうしかないだろう。恐らく安全なのはこの土地だけだろうし、こんな疲労した二人のままでは兵士たちに捕まるより先に、ちょっとした小石に躓いて死んでしまいそうだ。割と本気で。
 これから何をするにおいても体を壊してたんじゃ話にならない、とにかく休まないと。
 勇者と魔族にどんな軋轢があるかを詳しくは知らないから、ここで簡単に返事をしてしまったら下手にシルビアを傷つける結果になってしまうかもしれない。でもよくよく考えてみれば、あっちから情報を得るチャンスも多々あるわけだし。
 うん、プラマイゼロ。むしろプラスか。
「分かったよ、交渉成立だ」
「では、ご案内いたしましょう」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってヨ!」

 重い腰を上げて道案内を始めようかとしたカストディオの行く手にパタパタと駆けこむベアトリーチェ。
 うんそうだよな、見た感じまだうら若き乙女なんだし、俺みたいなどこの馬の骨ともわからない奴を家に上げるなんて気が引けるよな。いや別に泣いてないよ。
「不律さんは別に構わないけど、勇者と同じ屋根の下で過ごすなんて、それは、ちょっと不快なんだケド………」
 あれ、何か思ってた反応と違うくてちょっとびっくり。胸がほっこり。
「ふむぅ………ベア、仲間を守るためになんだってやると言っていた日頃のあの言葉が、何だか急に薄っぺらく感じてしまうような言い草じゃの。誇りを持つことは悪いことではないが、私怨はやがて視野を狭くし大局を見逃す」
「あゥ………」
「そうじゃな、では今日の風呂は勇者と共に入ると良い。そうすれば少しは視野も広がるじゃろうて。不律様、と言いましたかな?不律様には勇者やベアが下手なことをしでかさないように、見張り役として一緒に入ってもらいましょうかの」
「………ファッ!?」
「冗談ですぞ。あ、しかしベア、お前は今日は一緒に勇者と風呂に入れ、良いな?」
「えええええェッ!?」
 畜生!何で咄嗟に口から「お任せ下さい」という言葉が出てこなかった!
 確かに女の子と目も合わせることが出来ないような俺だけど、なんか、こう、こういうのは違うじゃん。見たいじゃん。あーもう、一生に一度の機会を逃してしまった、もう俺に春が来ることは無いだろう。
「っと、あれ?」
 ぐらっと視界が揺れる。
 おかしいな、上手く体に力が入らん。すげー気分が悪いし、まさか「つわり」?うん、そんなわけないか。
「不律殿?………不律殿っ!」
 ヤバイ。学校で予防注射受けたとき以来の感覚だ。あの時ってどうなったんだっけ、確か、気を失ってたような………………。
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