「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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三章 人って自分の事ばかり考えるよな。あ、俺もか。

第十八話 俺が殺すさ

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「───そこまでデス」
 意識が一気に戻される。
 俺の喉元に近づけられているのは短剣。まるで果物ナイフのようにちんけだ。
 そして、俺の目に映る女性、ベアトリーチェ。俺に刃向うにはあまりにちんけな存在だ。
「こんなもんで俺が殺せるとでも?」
「いいえ、これはあなたの意識を少しでも戻すための小細工。さっき言ったよね、『お前らの相手は誰だ』って、それに回答したかっただケ」
「ほぅ………」
「ワタクシは、相手が誰だとかなんて考えないヨ。勇者や人間に対する恨みや怒りなんてものは一般的に抱いているけど、そんなことより、ワタクシは魔族のみんなを守りたいノ。そのためなら何だってやる。あなたが言ったように、死んでもみんなを守って見せル。魔王様が見せてくれた夢を、今度はワタクシがみんなに見せてあげたいカラ」
 みんなとか、守るとか、心から反吐が出るな。結局一人ぼっちの俺とは分かり合えない。
 こんな短剣、一瞬で粉みじんにできるし。ベアトリーチェの小麦色を真っ赤に染め上げることだって容易い。
 でも、それでも、俺はコイツに勝てない気がする。負けないまでも、勝てない気がするんだなこれが。
「そうか………気に食わないな」
 短剣の刃に顎を落としてパキンと根元から折った。
 鬼の頭から手を離し、足をどける。鬼達は自身の力を一瞬にして最大まで引き上げたせいか、地面に軽く埋まったまま動けないでいた。そんな状態でも、視線だけをこちらに向けてくる気概だけは大したものだと思う。
 手をパンパンと払い、目をもう一度ベアトリーチェに向けてみる。おっと、まだ話は終わってないとばかりにこっち見てたぞ。ちょっと待ってくれ、とりあえず埋まっているこいつらを引き出すから。
 一気に三人ともずるっと引き上げて、土の上に仰向けに寝せた。
 俺は、こいつらを衝動的に殺そうとしていたんだよな、さっき。冷静になった今、思い出しただけでも恐ろしい。自分が普通の神経をしてないということを、形にして、まじまじと見せられたような気分だ。
 違う。俺がしたいのは、一人ぼっちには辛すぎるこの世界のルールを壊すことだ。無差別的に殺していくことは、きっと、俺が忌み嫌う人間達の行動と同意だ。
「二つほど質問、いいかナ?」
「………どうぞ」
「あなたの世界を滅ぼしたいという言葉を笑う気はないけど、その真意が聞きたイ」
 ただの憂さ晴らし。八つ当たり。ホントのところはこういうことなんだろうが、あえて言葉にして表すのなら
「他人に俺と同じ悲しみを背負ってほしくない………なんてね、そんなことはさらさら思って無いさ。むしろ逆だ、俺と同じとまではいかなくても、みんな悲しんで苦しんで痛むべきだ。あまりにもこの世界には、いやどの世界にも痛みを知らない者たちが多すぎる。痛みを知らない者が、傷ついたものをさらに傷つける。そんなの理不尽すぎんだろ。だったら、俺が世界を滅ぼしてみんなを傷つけてやる、痛みを知らないものに他人の痛みは分からないんだから」
「だったら何で、世界を守るべき象徴である勇者シルビアを処刑台から助けたノ?言ってることとやってることが矛盾しているのだけれド」
「世界を守るべき象徴ねぇ、やけに皮肉めいて聞こえるところが、お前等の恨み怒りの軋轢と言ったところか………なぁ、質問を質問で返すようで悪いけれど、勇者シルビア・ランチエリをお前たちはどう見ているんだ?ただの敵か?」
 俺の質問の意味にいまいちピンと来なかったのか、ベアトリーチェは微かに眉をひそめる。あらら、不機嫌そうな顔をして。
「ワタクシたち魔族と人間が行っていたのは戦争よ、殺し合いが起きるのは当然、そんなことは分かってる。けど、それでも勇者だけはどうしても許す気にはなれないのが魔族の心理。アレは、魔王様の、ワタクシたちの全ての仇ヨ」
「なるほど。だったら、俺がどう弁解したところで、勇者を助けた理由には納得してもらえないだろうな」
「………教えテ」
 低い声色で、本人からしてみたら十分な気迫を込めていったであろうその一言だが、俺からしてみれば、その「教えて」は子供の駄々にしか聞こえなかった。
「はぁ………あいつを助けた最初の理由は、死んでしまった友人の面影と重なったから。あいつと今も行動している理由は、お互いの欠落を埋め合うため。お前たちは知らないだろうけど、たぶんこの世界に一番傷つけられているのはあいつだ。だからこそ俺は、あいつの為にこの世界を滅ぼそうと決めた。例えそれで、あいつが敵になってこの世界を守る勇者として俺と戦うことになったとしても、俺はあいつの為に世界を滅ぼして、あいつの為にあいつを倒す。全力でだ」
「倒すっテ………?」
「その時は、殺すさ。たぶん、シルビア・ランチエリが死んで傷つくのは、俺だけだろうからな」

 さて、シルビアのところへ向かうとするか。
 あいつも俺と同じくらい歪んでいる。戦い慣れしているだろうからその分の心配はないが、やっぱりどこか心配だ。杞憂であれば良いが。
「クッ………どこに行くつもりだ」
 マジか。
 鬼の一人が方で大きく息を切らし、全身に汗を浮かべながらも、立ち上がって見せる。え、まだ向かってくるつもりなんですか?いやちょっとそれはマジでやめた方が良いですって、なんかもう侮ってましたすいませんでした。
「え、どこって、勇者さんのところだけど」
「いちいち、我らの気に障るような物言いだな………まぁ、良い」
 鬼は憔悴しきった虚ろな目、しかしその瞳の奥には確かに強い意思が込められている。その視線を他の二人の鬼、そしてベアトリーチェに送り、コクンと一つ頷いた。
 あの、俺の目の前で俺だけに分からないような意思疎通するの止めてもらっていいですか?学校でハブられていたのを思い出してしまうんですが。あいつにだけプリント回さないようにしろよ、みたいな。もうそのアイコンタクト俺に通じちゃってるから意味ないですって、俺が自主的に先生にプリント貰いに行ったとき、舌打ちしたり、影でクスクス笑ったりしてるのももちろん聞こえてるんだからね?
「先ほどまでの御無礼どうかお許しください」
 鬼が地に片膝をつき、頭を下げる。
「へ?」
「無礼を承知の上で、どうか我々の頼みを聞いていただきたい」
 それに合わせてベアトリーチェも、他の二人の鬼も同じように頭を下げる。当然今の俺の表情は、驚きのあまりお目目をぱちこんぱちこんである。

「どうか我々もご同行させていただきたい。そして、貴殿に我々の同胞である生き残りの魔族たち、そしてベアトリーチェの御父上であるカストディオ様を助けていただきたいのです。魔王軍の最高幹部であらせられたカストディオ様ですが、相手が勇者となってくると到底その力は及ばないでしょう。多大なご無礼は承知の上、我々三名の命を貴殿に差し上げます。これだけで足りるとは思いませぬが、どうかこれでベアトリーチェ様、カストディオ様を助けていただきたい」
「おいおい、命をって」
「あなたたちだけというわけにはいかないワ!ワタクシの命も───」
「───なりませぬ。魔族が生き残る為、ベアトリーチェ様の命は無くてはならない命です。あなたが自分で言ったではありませんか、みんなを守る為なら何でもすると。ならば、みんなを守る為、ここは見逃してくだされ」
「待て待て待て待て!ちょっと待って!?」
 これが価値観の相違か。世界が変わると、命の重さまで変わるのか?いや、人それぞれだろうけど。
 俺は自分の命惜しさに、必死に醜くもがいてこの姿になったってのに。男として恥ずかしいだろ。何でこいつらはこうも自分のことを度外視して、その身を進んで削るかな。
「なんでしょうか?」
「えっと………色々疑問はあるけど、とりあえず簡潔に主な事だけ理解することに努めるから、君たちが一体何をしたいのか、できれば三十字以内で説明してくれないかな?」
「………我々の命と引き換えに、仲間を、助けて下され」
「半分理解できた」
「命だけ奪う気ですカ!?」
「うん、逆だね。いま大事な話してるから邪魔しないで」
 よし決めた、とりあえずこのベアトリーチェは放っておこう。
「まぁ、助けることに関しては別にかまわないよ。あと、わざわざ命と引き換えにとか考えなくていいからね、それ俺にとって何のメリットもないし、むしろ夢見が悪くなるからやめて」
 平成を平静に生きてきた、平和ボケ現代人の目の前で自害とかマジ止めて。お、今上手いこと言った?
 あー、自分で自分がウゼェ。たぶん言葉の使い方も微妙に違ってるだろうし。
「で、では我々は何を対価として………」
「対価とか別に面倒くさ………ん?ちょっと待てよ?」
 俺の目が上の空を眺め出したのを見て、目の前の魔族四人組は不安そうに首をゆっくりと傾げる。ゴクリと、誰かが生唾を飲んだ音が聞こえた。
 サンタさんにもお願い事をしたことない俺が、今人生で初めて自分の希望を口に出そうとしているぞ。慣れてないから、なんか少し緊張してきたな。


「お風呂、借りたいんですけど良いですかね?」
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