「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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三章 人って自分の事ばかり考えるよな。あ、俺もか。

第十五話 真っ黒な

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「これが今、ウチが提示できるギリギリの額ですかねー」
「ぉぅ………」
 変態という怪奇な見た目の衣服ではなく、ゴワゴワの麻袋みたいな布を頭から纏っている今の俺はただの一般人。
 そんな俺が服屋の店員に戦いを挑もうなど、裸で紙やすりが敷かれたすべり台を滑るようなものだろう。つまりどういうことかって?『愚か者ドンキホーテ』ということさ。
 シルビアが衣服を汚してしまったので、俺が替えの衣服を買いに来たのだが、只今俺の心は『蛇に睨まれた蛙』、いや、『大好きな女の子に蔑みの目で見られる純朴な男の子』状態になっているのだ。まぁ、これはこれで喜んでしまうような輩もいるから、この例えは無しにしてくれ。
 何が言いたいのかというと、『底辺ボッチが一人で服屋なう、俺の人生オワタ』といったスレッドを今すぐにでも立てたい。
「くっ」
 先日の買い物の際、貨幣の価値などをシルビアに教えてもらい、買い物をしている最中に無理矢理覚えたから、ある程度の計算や損得勘定が出来る様にはなった。
 だからこそ分かる。俺はこの衣服を安くしてもらう必要がある。そして、今の俺はこの服屋の店員に舐められている。
「も、もう少し………安く、で、できますよね?」
「いやぁ、無理ですね。こっちも商売なんですよ、これいじょうはねぇ」
「………ぬぅ」
 なにがこれ以上はだ、昨日買った時と比べて値段は何も変わっていない。つまり定価どおりの値段を提示してきているのだ。
 店員がどういう手段で交渉してきているのかもおおよその予想がつく。最初から定価より少し高い値段を提示してきた後、値引きしてきた俺に、いかにも値引きしたかのように見せているのだ。
 くそ、コミュ障の俺の足元を見やがって。
 見てろよ、今の俺は昨日までの俺とは違う。なんてったって、魔王の力を手に入れ、勇者と行動を共にして、一度はこの服屋の店員に勝利しているからだ。

「ありあとざっしたー」
「………自己嫌悪の渦、マジ負のスパイラル」
 結果、定価どうりで買わされました。
 はっきりいってもうお金がヤヴァイです。


 今日も今日とて凄く暑い。直接日光が肌を焼いてくるような、本当に慣れない暑さだ。なんで暑いのに厚着をするのかいまいちよく分からなかったけど、今ならよく分かる。本当に全身を覆わないと日光で火傷してしまうのだ。
 水分が足りない。これはいっかい水筒を持ってくる必要があるな。
 昨日の経験からして、絶対水筒がいるのは分かっていたはずなのに、俺の馬鹿。
「というわけで水筒が欲しいんだけど、なにかお金を使わず自然のものから作り出せたりしないかな?」
『水筒、ですか?』
 少し困ったように、俺の耳元で唸るシルビアの声。携帯もない世界で遠距離通信が出来るというのはホント凄いよね、なんか俺の中の常識にヒビが入るぜこれ。しかも、会話するための道具が小さな小さな結晶ときたもんだ。レアアースなんて目じゃないな。
『動物の皮を用いたものが一般的に使われていますが、お金がもうピンチなんですよね』
「うっ………なんでそれを」
『さっき服屋での会話が聞こえていましたから。本当にすいません、私のせいで』
「い、いやいや、仕方ないさ。お前が汚れてくれたおかげで、昨日は空腹に悩まされずに済んだわけだしね」
『そう言ってもらうと気が楽です。名誉挽回として、私も何か代用できるものを探しておきますね。不律さんは先にあの部屋に戻ってもらっていて結構ですよ、私もすぐに戻ってきますから』
「あぁ、ありがとう」
『えへへ、はい!』
 石をポッケにしまう。あぁ、とりあえずこれからどうしようか。
 まぁ、今日を生きることで精一杯な現状をどうにかしない限り、次の段階には進めない。ここで言う俺の次の段階っていうのは、もちろん「この世界を滅ぼす」ということだ。
 そのためにやらないといけないことが二つ。情報収集と、シルビアの説得だろうな。
 何度も言ってはいるが、俺とシルビアは、根底は同じだが全くの逆方向に進んでしまった二人だ。当然あいつは、一緒に世界を滅ぼそうという俺の誘いを蹴るだろう。きっと、自分を殺そうとした人々を己の命をもって全力で守ろうとするのだろう。
 例え、俺が相手であっても。
 思わず溜め息が漏れる。俺が魔王で、アイツが勇者であるという事は、決してこの結末は避けられないんだろうな、なんて思ったりして。
 俺も自分で何がしたいのかよく分かってはいないさ。ただ胸の内にあるのは真っ黒な復讐心だけ。
 この世界をボコボコにしてやらないと、また同じ過ちを犯してしまいそうで怖いんだ。目の前でただ理不尽に、あまりにも悲しすぎる死を遂げたあの猫のことを、俺だけは忘れちゃいけない。
 たぶん、これが俺の曲げられない生き方。例えシルビアを敵に回したとしても、俺はシルビアの為にこの世界を絶対に滅ぼす。
「………難しいこと考えるのはあまり得意じゃないなぁ」
 今はまだ流れに任せよう。底辺高校出身の俺の頭だ、複雑なことは考えられない。
 さて、と。ここで一つ伸びをする。ギシギシと鳴る筋肉や、背骨が小気味良く弾ける音が、妙に心地よく体に響く。
 ただのらくらと帰路についてたんじゃあ、水筒の代用品を探してくれているシルビアに申し訳が立たないとは思わないかい。俺よ。
 いくら性根が腐っていようと、礼儀の一つくらいは知っているさ。っと、そういや人間相手にまともに挨拶したのってどのくらい前だっけ。まーいっか。
「よし、帰宅がてら情報収集と洒落込もう」
 少しここで簡単な心理テストを出そう。
 人が情報収集を行う時、どんな行動をすると思いますか?もちろん、ネットなどの媒体は無く、書店すら出ていないこの世界での話さ。
 さぁ、時間は待ってくれない、答え合わせだ。
 情報収集と聞いて、『聞き込み』を思いついたあなた!いやぁ、実に素晴らしい。きっとお友達がたくさんいるか、刑事ドラマの見過ぎなんでしょうね。これからの人生、実に有意義に、楽しく過ごしてください。あなたにはきっとそれが出来るでしょう。けっ。
 そして、情報収集と聞いて『盗み聞き』を真っ先に思い付いたあなた!ようこそ。とりあえず握手しましょう。え、解説とか聞きたいですか?いや、それは酷な話なのでやめときましょうよ。辛いのは俺と貴方なんですよ。
「伊達に六年間と三年間と三年間、一人ぼっちでDQNの影に怯えていたわけではないということを、ここに証明して見せよう」
 俺独り言で何言ってるの、あー恥ずかしい。
 ちらほらと人が集まっているこの市場の真ん中を、目深くローブを被って人より少し遅いペースで歩く。多数のザワザワから、関係の無い情報を徐々に頭の中からシャットアウトしていくように意識を集中させる。断片的な言葉を拾え、その単語一つ一つから、会話をピックアップして距離を詰めよう。
『暑いね──』『靴が──』『邪魔な──』『本当に──』『わざと──』『この前の──』『昨日──』『適当な──』『流れ星──』『夫が──』『お尻──』『もっと安く──』
 かの有名な聖徳太子は一度に十人の相手の話を聞き分け、一人一人の話にきちんと受け答えをしていたという逸話がある。
 まぁ、どうせどこかの誰かさんが盛った話なんだろう。人間にそんなの出来るわけない、盗み聞きを生業として生きてきた俺ですらそんなの出来ない。一つの話を噛み砕くだけで精一杯だ。
 だがしかし、一度にたくさんの話を聞くのではなく、たくさんの話の中から的確な情報を取捨選択をすることはできる。
 ぼっちの俺にはそれができる。だからこそ、途中で聞こえてきた完全にネタだろうという『お尻』というワードに意識を持っていかれることは無いのだ。
 大体この中からなら、二つ三つくらいに絞れるが、噛み砕いて記憶できるのはあくまで一つ。俺は頭の中で一つの会話に狙いを定めて、声に近づいていく。自然に、気取られぬよう、第三者を演じる。周囲の人と何ら変わらぬような態度で、会話に近づき、ギリギリ声が聞こえるくらいの範囲内にある通路の端で、まるで誰かを待っているような人間になりきれ。ぼっち故に、人を待つとか経験したことないけど、なんか上の空で軽くそわそわしてりゃいいんだろ。

『昨日のあれ、お前はわざわざ見に行ったんだってな。どーも政府からの報道じゃあ結局どーなったのかピンと来ないんだが、教えてくれるかい?』
『どーもこーもないさ。政府の通達どおり、シルビアの野郎は処刑台から連れ去られたんだってさぁ』
『本当か、その連れ去った奴ってのはどんな奴だ?通達には書かれてなかったが、風の噂じゃあ魔物が誘拐したとかなんとか』
『俺もちゃんと見たわけじゃねぇけどよ、間違いない、あれは魔物というか魔王の様な奴だったんだよ。死傷者が一人も出てないのが幸いだが、魔王に連れ去られた勇者の末路も、大体予想がつくだろうよ』
『そうか、勇者だ何だと言われていたが、裏の顔は税収を掠め取る小悪党だ。身の丈にあった最後だといいな。何でもアイツの家屋からは数多もの高級品がザクザクだったらしいじゃねぇか』
『あぁ、俺らの命を救った理由も結局は金づる惜しさの行動だったようだな。しかし、勇者が居なくなったとなると、あの魔王は───』
『大丈夫だ───魔物狩りが──政府の騎士団───』
『───るほどな』

 帰るか。
 この時代には似合わない俺の履いている茶色のスニーカーが、石畳を叩く。気に食わないし胸糞悪い。俺も含めて、人間っていうのは結局自分の事しか考えてないんだよな。
 だからこそ腹が立つんだ。人のことを言えない自分にも腹が立つ。
 まぁ、でも、大体の事情は分かった。シルビアの性格や境遇も考慮して、どこの世界に行っても変わらない上の人達の保身的な思惑を加味すると、何か形だけの事情ならイメージできる。
 足を進める。反発力のあるスニーカーは、体が軽くなったような錯覚をさせるほど、足取りを軽くした。しかしそれでも、体全体が重い。もはや日課となっている溜め息を一つ、ゆっくりと落とした。
「あとは、宿探しだなー。朝飯と昼飯も抜いてるし、疲労と睡魔もヤバい。夜くらいはゆっくりしたいよ」
 また一つ溜め息が落ちる。布の下にある髪の間に指を通す、ギシギシと絡む音と痛みを直接頭皮から感じて、手を下ろした。

『あなたが、勇者シルビア・ランチエリと行動を共にしている人間ですネ。質問をします、魔王様はどこですカ?』

「───!?」
 ざわめきがだんだんと小さくなってきているということは、ここはもう人の集まる場所から離れているということ。そこではっきりと俺の耳は、不思議で妖艶な声を聞き取った。
 人が少なく、声は耳がはっきりと聞き取った。にも関わらずだ
「どこだ?」
 それらしき声の主が見当たらない。声色からして確かにまだまだ若い女性の声だったはずだ。女の姿は無い。辺りにちらほら見えるのは、年を食った人達だけだ。
 話の内容が内容なだけに、ビシビシと身の危険を感じる。魔王の姿になれば、いや、まだ市場の近くだ。時期的に騒ぎが起きると確実に政府にバレる。シルビアへの連絡を───
『───大丈夫、これはあなたの脳内に話しかけているだけですからネ。バレるとこちらも色々厄介なんデ』
 空気から湧いてきたかの如く、突如目の前に現れた全身黒マント。全身を覆っているので顔は良く見えないが、明確に主張された凹凸のシルエットからするに女性であることは間違いない。
 息が止まり、思考が空白に塗りつぶされた。
 黒マントから出てくる小麦色の滑らかで細い指先が、俺の汗が染みた額の上にヒタと乗る。


 刹那、意識は暗転した。
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