「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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三章 人って自分の事ばかり考えるよな。あ、俺もか。

第十四話 魔結晶

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「───ふぅ」
 さて、言っておくが、俺は軽く中二病をこじらせていると自負している。だから結構昔の文明とかも自主的に学んでいたりもする。三国志大好き。
 過去の数ある文明の中で、トイレというのは実に大きな役割を担っていたことをご存じだろうか。下水工事などをまともに行わなかった文明は、たちまちペストや天然痘などの病魔に襲われ力を落としていったのだ。
 そして、今俺がいるこの異世界は、俺が元いた現代に比べ、決して文明が発達しているわけではない。にもかかわらずだ、下水技術は俺の様な素人目から見てもなかなかのものであった。
 水洗式のようにはいかないが、一昔前のボットン便所を彷彿とさせるその造り。悪臭が大して立ち込めていない様子からしても、この廃墟も同然の空き家にも関わらず、下水道がちゃんと下を通っているということになる。
「いやはや、俺の体が魔王になった次くらいの驚きが今ここに」
 とりあえず、今俺がしていたのが「大」じゃなくてよかった。今日は何よりも一番最初に、残り少ないお金で紙を買いに行こう。というか、紙ってあるのかこの世界。
「さてと」
 横開きの扉を開ける。もうそろそろシルビアは落ち着いたでしょうかね?
 俺は扉を開けながら、そーっとシルビアの様子をうかがう。別にやましい気持ちがあるわけじゃないから堂々と覗けばいいんだけど、こういう時って何だかその雰囲気を楽しみたくなるよね。なりませんかそうですか。
 まぁでも、流石にシルビアはもう落ち着いているようだ。ちょこんと桶の隣に座り、自分の顔を拭いていた布を広げて、パタパタとシワを伸ばしている様子が見て取れる。
「もう大丈夫なのか?」
「ご迷惑をおかけしました。いつもはこんなことにはならないのですが、本当にすいません」
「ならいいけど」
 本日はお日柄も良さそうなので、今シルビアが持っている布とか昨日使用した累々の布は水で洗って干すことが出来るな。乾燥した気候だし、すぐに乾くだろう。
 俺はシルビアから見て右斜め前の位置に座る。面と向かって話すことが出来ないのは俺の心の純情さの表れです。おい、誰だ今チキン野郎って言った奴、出てこい!
「じゃあ、今日の予定でも立てておこうか」
「あっ、はい!今日はどこに行きましょうか!」
 無垢すぎるというか、無邪気というか。楽しい様子がありありと伝わってくるな、おい。
 まったく。状況は多分俺らが思っているより、ずっと深刻なことになっていると思うんだがなぁ。
「落ち着け。まず、俺達が何よりも優先しなくちゃいけないことは情報を集めることだ。現在のこの国の状況然り、流通している物品然り、周囲の人々の人柄然りだ。そして一番重要なのが、勇者シルビアが誘拐された件について、民衆がどう思い、国がどう動いているかだ」
「な、なんだか壮大なお話になってきましたね」
 三国志の見過ぎなのかもしれない、ほっとけ。
「はぁ………お前が自分で言っていただろうが。自分が魔王軍を撃破した立役者である勇者なんだって。そんな勇者が突如現れた魔王らしき存在に攫われたとすれば相当な事件だぞ?はっきり言って今の俺達は国から監視の目を向けられているって言っても過言じゃない」
「そういうものなんですか。なんだか、あまり実感がないです。戦争が終わって、私はずっと使用人が側にいるような生活を、城の中でしていましたから。外に出て人々と話すことも無ければ、外の情報も、役人の方からしか伝え聞かなかったものですし」
 過去を思い浮かべるような、少し遠い目をするシルビア。
 その記憶を、俺が辿る事なんてのは出来やしない。俺とシルビアが生きてきた世界は、あまりにも違いすぎるからだ。
 それでも分かることはある。
「………そうか。辛くは無かったか?」
「そんなことはありません。みなさんとても私に良くしてくれましたよ。不自由なことは何もありませんでした。ただ、あまり楽しくはありませんでしたけど」
 そう言ってシルビアはまた、あの純粋な笑顔を見せる。
 この笑顔を見るたび、俺は思うんだ。あぁ、絶対にこの世界を「ぶっ潰さないといけない」と。
 笑うことが出来ず、表情すらまともに持ち合わせない俺。笑うことが出来て、コロコロと変わる明るい表情のみを持つシルビア。
 きっとこいつは、明るい表情しか持っていないんだ。立場上、決して暗い表情を見せることが出来なかったんだろう。
 俺と全く違う環境で、俺と同じ、一人ぼっちだったはずだ。生まれてから、ずっと。
 そうでもなきゃ、朝の寝起きに、あんな怯えた反応を絶対に見せないはずだ。二度も一人ぼっちになった俺だからこそ分かるのかもしれない。
「おっと、これじゃあ話が進まない。話を戻すぞ」
 俺は両手で、パンと胡坐をかいている両膝を叩いた。
「今日こなさないといけない作業は、情報集め、必要最低限の生活品の確保、あとはちゃんとした宿探しだ」
「こういうところみたいな空き家じゃダメなんですか?ここら辺一帯は、空き家の集合地みたいですし」
「こんな廃墟同然の部屋に何度も寝泊まりすることは出来ない。衛生面というのは本当に大事なんだ。最低でも、風呂が無いと後々大変なことになる」
「へぇー、やっぱり旅をしてきた不律さんが言うとなんだか頼もしく聞こえます!」
 旅?俺が?あ、そっか。今の俺ってそういう設定だったっけ。
 んー、なんか恥ずかしい。
「と、とりあえずだ。そんなわけでお互いに今日やることを確認するぞ。俺は情報収集と、生活用品の買い出し、あと余力があれば近くで人の少ない宿を探すこと。お前は、昨日使用した衣類を洗って干す、余力があれば、衛生面が整った好条件の空き家を探すことだ」
「………え」
「わかった?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 シルビアが急に慌てた声で、俺の肩をガッと掴む。
 直接目を見ることに不慣れである俺は、いつもの様にまたカーペットの編み目を眺めていたのだが、その行為を許さないとばかりに、シルビアの顔が俺の視界に無理矢理割り込んでくる。
 しっかり重なる二人の視線。大きくて透き通った、綺麗な目が俺の視線を真正面から捉える。
 あわわ、何してくれてるのこの娘。何なの、死ぬの?いやいや、死ぬのは俺の方だけれども。マジで逆ゴーゴン状態になるって、俺の目が他人に見られたら俺が石になるんだぜ的な。
「なっ、なっ!?」
「それってつまり、私、一人で行動しなくちゃいけないってことですか!?」
「え、あ、うん。そういうことに、なるのかな」
「いっ、嫌です。無理です!」
 珍しく駄々をこねるシルビア。一体どうしたっていうのだ?
 もう目も覚めているだろうに、ここまで依存度が高いのは男としては嬉しい限りなのだが、今の現状を考えるとそんな悠長なことを考えることは出来ない。
「んなこと言ったって、時間は有限なんだ。効率よく自分の身を安全な場所に移すことの方が大切だ。昨日のギャース狩り、あれがお前の仕業だって気づいてる人間が、ゼロであるとも言い切れないだろ?」
「うぅ、それはそうですけど。で、でもそれなら尚更一緒に動いた方が安全だと思います」
「違う。お前が人がいるような街中をうろうろ歩いている方が危ないんだ」
 というか、昨日みたいにはしゃいであっちこっちに行かれたら、ただでさえ残り少ない俺のヒットポイントが、メーターをマイナス方向に振り切ってしまいかねない。
 もちろんシルビアの気持ちを考えてはいるけれど、はっきり言ってこればかりは仕方ないんだ。
「………わかりました。わがまま言って申し訳ないです」
「いや、良いんだ。俺もお前の気持ちが分からないわけではない。むしろ、痛いほどわかっているつもりだ。でも本当にこればかりは仕方がない、手遅れになってからでは遅いからな。だけどさ、シルビアの言う通り、行動を一緒にした方が安全ではあるんだよなぁ。最低でも、離れていても意思を伝達し合える道具か何かがあれば良いのだが」
 流石にこの世界に携帯があるだなんて思っていない。
 前の世界では、万年電話帳が白紙だった俺。正直、携帯なんて何になると思っていたものだが、居なくなってはじめて気づくことってあるもんだな。あぁ、携帯電話さん、僕は今あなたに会いたくて会いたくて、バイブレーションのように震えております。なんつって。
「あっ」
「ん?」
 突然シルビアの上げた声に、考え事をしていた俺の頭から意識が覚める。
 未だに彼女が何を意図したのかよく分かっていないんだが、シルビアはそんな様子の俺を置いて「少し待っていてください」と言って、自らの懐をごそごそと漁り始めた。

「お待たせしました」
「何それ?」
 さほど時間を空けることなく、シルビアはポッケから何かを取り出した。
 それは綺麗で小さな、透き通った水晶の様だ。大きさにしてみると人差し指の爪くらいだろうか。
「こういう時の為にとっておいたんです」
「それは何なの?」
「知らないんですか?これは『魔結晶』といって、自然界で唯一『魔力』を保持する希少な結晶なんです」
「え、あ、魔力ね。あー、知ってる知ってる」
 知ってるよ、えっと、名前だけならね。
 あれだよね、火の玉飛ばしたりとか何かを凍らせたりとか、五割の確率で瀕死の味方を生き返らせたりできるアレの事ね。
 一気に話の次元が飛び過ぎてよく分からなくなってきた。とりあえず聞くだけ聞いておこう。
「端の方を持ってもらえますか?私は反対側を持っておきますから」
「えっとぉ、うん、分かった」
「ちゃんと握っておいてくださいね。………いち、にの、えいっ!」
 シルビアの可愛い掛け声とともに、その小さな魔結晶とやらがパキッと音を鳴らして真っ二つに綺麗に割れた。
 『えいっ』で結晶がビスケットのように割れたことには驚いたが、それよりも驚いたのは、その結晶の割れ口だ。外面は透けるほど綺麗に透き通っていたはずなのに、割れ口は青く眩しい光を発しているのだ。俺が元居た世界で見たことのあるLEDを彷彿とさせる。
「えっと、説明してくれるか?」
「わかりました。この結晶は元々内部に魔力を保有しているんです、その断面を見て分かると思いますが、その青白い光は魔力ですね。このまま割れた魔結晶を持っているだけでは何も意味を成しませんが、私が片方に魔力を微量ながら送り続けることで、不律さんの方の魔結晶と『魔力の糸』のような物で結ばれます。これで結晶が引かれ合って、互いがどの方角に居るかが分かるんです」
「なるほど。簡単にまとめると、これをお互い持っていれば結晶が引き合って、相手がどこにいるのか大まかな見当がつくってわけか」
「そうです。あともう一つこの結晶には機能があるんですが、説明するより体験してもらった方が早いかもしれませんね。不律さん、その割れ口を耳元に近づけてくれませんか?」
「………ん」
 シルビアの指示通り、俺はその光る割れ口を耳に近づける。なんだか耳の穴に光が当たってると考えると、すごく恥ずかしいなおい。
 当の本人の小さな勇者さんは歩いて部屋の隅に行き、俺に視線をやった後コクンと頷く。
 いや、そんな爛々とした目でアイコンタクトを送られたところで俺は何のことかよく分からんのだが。
『───不律さん、聞こえますか?』
「のわっ!?」
 結晶からシルビアの声がした。俺は急な出来事に驚いて、思わず結晶をその場にポトンと落とし、胡坐をかいてた体がコテンと後ろに倒れてしまう。びっくりした、っていうか小さい結晶なんだから一瞬何処に落としたか分からなくなって二重に焦ったわ。
 さっきのリアクションを傍から見れば、俺って超マヌケビビリだよね?今をトキメクJKにこれを見られようもんなら、品の欠片もない笑いを浴びせかけられるぞ。
「だ、大丈夫ですか不律さん?」
「あ、あぁ、ちょっと驚いただけです、はい」
「ならいいんですけど」
 ほっと胸を撫で下ろすシルビア。何この娘、こういう女の子のことをウン千年に一人の逸材とか、天使すぎるなんてらとか言うのじゃないのかしら。
「しかし、驚いたな。結晶からお前の声が聞こえてきたぞ、どういう構造になってるんだ?」
「えっとですね、先ほど説明したとおり、この二つの結晶は今魔力の糸のような物で繋がっていて、その糸を通して互いに会話することが出来るんです。もちろんその糸が切れたり、魔力の供給が無くなった場合は会話できませんけれど」
「へぇ………」
 小難しい構造は全くもってさっぱりだが、糸電話のスゴイ版だと思えばいいのか。
 改めてじわじわと、自分が異世界にいるんだということを体が実感してくる。うわ、鳥肌立ってきた。
「じゃあ、これで心配ないな。何かあったらすぐに呼んでくれ、俺はそろそろ行くから」
「えっ、あの、不律さん!」
「ん?」
「えっと………行ってらっしゃいませ」
「どこで覚えたんだそんな言葉。あ、そういや使用人がいたとか何とか言ってたな………」
 なんか、ドッと疲れた。こんなときはネットの奴等に今の俺の境遇(女の子と二人きりという羨まけしからん部分だけ抜粋)を書き込んでやり、奴らが悔しがってるザマを見物するに限るな。まぁ、この時代にそんなものはなさそうだが。
 俺は肩のコリをほぐすように、グリグリと首を回して扉に手をかけた。
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