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二章 それでは破壊活動を始めましょう。
第十二話 狼煙
しおりを挟む「もー寝るぞ」
「…………どうして私には背中を拭かせてくれなかったんですか。これじゃあ私、何もお返しが出来ないじゃないですか」
「ちなみにお前の布はそっちな。ちゃんと体に巻いて寝ないと風邪ひくぞ、暖房もないし、気温も低いし、布も薄いんだから」
「それに、私の言ってることはちっとも聞いてくれません。不律さんは意地悪です」
「女の子が気軽に男性の、か、体を拭きたいとか、言うな。それに俺は、関節が柔らかいんだ。背中だって簡単に手が届くから変に助けてもらわなくても結構なんだよ」
「むぅ………それより、火傷跡の話、失礼でなければ伺いたいのですが、やはり聞いてばかりじゃ迷惑ですよね。そこで私の、この傷跡の話を先に聞いていただけませんか?それから、不律さんのことを教えてください」
「別にそんな畏まらなくてもいいけど、お前がそうしたいのなら」
「ありがとうございます。それでは、お聞き苦しいとは思いますが───」
私は、勇者をしてました。魔王軍に支配されていた世界を救おうと各地の戦場に赴いては、これが正しい事なんだと信じて先陣を切り、魔物を斬り倒してきました。遂に魔王を倒すことにも成功しました。
この傷は、その幾度の戦いの跡なんです。
そして、首から上に傷がついていないのにも、ちょっとした理由があるんです。
私だって人間ですから、火に焼かれれば火傷を負いますし、剣で斬られれば傷もつきます。でも、周囲からすれば、私は人間では無く「勇者シルビア」なんです。
決して傷ついているところや、苦しんでいるところを見せてはいけなかった。私は、自分にそのようなルールを課していました。
だから、人に見えない場所以外には、傷をつけませんでした。傷がついてしまった場合も、明らかに過剰な魔力を使って、傷を完全治癒していたんです。人々の希望の「勇者」であり続ける為に。
不律さんにこうやって過去の秘密や、体の傷をお見せできたのも、このような理由があったからでしょうね。勇者では無くて、シルビアとして接してくれている不律さんになら、と。
そして、不律さんの過去や傷跡の話を聞きたいと思ったのは、私の勝手なわがままです。私一人の気持ちの押しつけにならないようにと、そんな不純な思惑に巻き込もうという考えがあったのかもしれないです。
「そして、こうしてのうのうと話を聞いてしまった俺は、もうすでにその思惑とやらに巻き込まれてしまったというわけか」
「はい、そういうことです。ふふっ、こうでもしないと、意地悪な不律さんはまたはぐらかしてしまいますから」
「はぁ………他人に俺の思考を読まれるというのは初めての経験だが、あまり良いものじゃないなぁ。アニメとかではもっと甘酸っぱいものに映っていたが、現実はやっぱり違うな」
「………また、私が分からないような話をしてはぐらかそうとしていませんか?」
「ん、大丈夫だよ。えっと、俺のこの火傷跡の話だったな。そういや他人に話すのは初めてだ、そんなお前の様に大層な過去ではないということだけは先に言っておくぞ。じゃあ、んー、何から話そうか───」
☆
普段なら、虫も鳴いている山中なのだが、今この瞬間だけは驚くほどに静まり込んでいた。穏やかな風が、長草をカサカサと揺らす音のみ不気味に響く。
加えて辺りは夜の暗闇。人工の明かりなど存在せず、木々に隠され月明かりすらほとんど届かない。
「アレは………?」
木々の隙間からかろうじて見える夜空に、月のように銀色に輝く流れ星が一筋。それはどうやら地上から上空へ向かう様に飛び上がり、すぐさまもう一度地に落ちる様に流れていった。
全身を黒いマントに包んだ女性が一人、その流れ星を眺める。
突如、大きな風が吹いた。小枝はミシミシと唸り、落ち葉が巻き上がって風に乗り闇に消えていく、ザワザワと長草が騒がしい。
女は後ろを振り向いた。そこには彼女に近づく全身黒マントが一人、そしてその二人を囲むように、総勢百はいようかという大小さまざまな黒マントに身を隠した集団が、その場に片膝をついている。
「時は、来たようじゃ。魔王軍再起の狼煙を上げるべき時が………」
「詳しく聞かせてヨ、パパ」
「憎き勇者シルビアの処刑の日である今日、新たな主が現れた。儂がこの目で見たわけではない、しかし間者の者がその目ではっきりと確認した。太陽に負けず劣らずの強大な存在感を放ち、民衆を一瞬で恐怖と混乱に陥れた、その姿はまるで『魔王』そのものであったと。その魔王様は処刑台に捕えられていたシルビアを奪い、一瞬のうちに飛んで消えて行かれたという」
「魔王、様………」
しわがれた言葉を一つ一つ噛みしめるように飲み込んで、女は強大な存在の再誕に心震わせ、その名を呟く。
いつしか周囲の者たちの体も小刻みに震えており、みんながみんな、強く拳を握り込んでいた。
「魔王軍崩壊からもう四年か………思えば、影で逃げる様に生きていくほか術が無かった、まるでネズミの様に生きてきた。魔王様を失い、何を生きる目的にすればよいのかも分からず、今一度魔王様にお仕え出来る日が来るのを、ただひたすら待ち続ける日々。今思えば、長かったようで、短くもあった」
「もう一度、会えるノ?」
「あぁ、地方に散り散りになった同志たちの為、今は亡き同胞たちの為、我々は新たな魔王様に身を捧げ、同志たちを救ってもらわねばならぬ。我らの命、魔王様の為捨てる覚悟はあるか?」
「もちろんっ、魔王様の為ナラ!」
女は自らの命を計るその問いに、間髪入れずに答えてみせた。百の者達も、静かに、強かに頷く。
「ならば儂も誓おう、この老いぼれの命を主に捧げることを」
しわがれた声の黒マントは大きく片腕を上げた、それが合図であるがごとく、全員が立ち上がる。
「我らが行うべき行動は、魔王様を見つけ出し、我らの主になってくれるように命を持って説得する。そして、何よりの不安因子である勇者シルビアの抹殺じゃ。勇者は、我らだけでは到底かなわぬ相手、しかし、魔王様が一緒となると話は別じゃ。者ども、命を捨てよ」
月が陰り、止んでいた虫の音がちらほらと鳴き始める。
一際大きな風が辺りを凪いだと同時に、もうその場には、誰もいなくなった。
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