「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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二章 それでは破壊活動を始めましょう。

第十話 ギャース

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 今日の俺の活躍。異世界へ転移、勇者を誘拐、自己紹介をする、服を売りに行っただけなのに「犯される」とか言われる、お金ゲット、服屋で店員に値段を聞くことに成功、服を買うことに成功。
「さらにこうして、今日の宿を見つけ出すことにも成功したわけだ。いやぁ、もうここまで出来た俺はコミュ障を克服したといっても過言ではないね、うん」
 なんてったって、服屋の店員との会話(値段を聞いただけ)を成立させることが出来たんだぞ。服屋の店員、それはこの世で最も関わってはいけない生き物の一つである。

 こっちからの話しかけるなオーラを完全に無視して、懐までグイグイと攻め入ってくる精神性。やれあなたはこの服が似合うだの、やれこの服が最近のトレンドだの、ポイントカード発行しますかだの、会員になっていただくと毎月ボーナスポイントがどーとかこーとか、是非あてがってみてくださいだの、そもそも「あてがう」って何だよ、自分の体に服を当ててそれを鏡で見る行為のことを言うのだろうが、あんなの人目が恥ずかしくて出来るわけないだろ。
 店員に連れられて試着室まで行かされた時とかも、試着室で服を着替えて、密室の中で自分の様子を確認した後、もう一度自分の服に着替えてからカーテンを開けたら、何故かそこで俺の変身を待ちわびている店員の姿。なんでお前の意見を一回通さなければならないのだ、これは俺が買うかどうか決めるんですよ?あなたがしているのは俗に言う「余計なお世話」ですよ?何で俺が悪いみたいになっているんですか。
 そう。服屋の店員とは俺の独断と偏見で言わせてもらうと、これほどまでに煩わしい存在なのだ。
 そんなコミュ障にとって天敵とも呼べる相手と、俺は今日初めて意思の疎通に成功したのだ。世界観や時代観がそもそも全く異なっているとか、俺の姿が変態だったからあまり関わり合いたくなかっただけなのではないかとかいう意見は些細なことに過ぎない。
「………というのは、きっと俺の勝手なわがままなのだろうね」
「どうしたんですか不律さん?あ、さっきそこの井戸で水を汲んできましたから、どうぞです」
「ん」
 シルビアから差し出された木の器には、澄んだ水が注がれてある。そういえばこの世界に来て、水も食料も何一つとして口に含んでいないことを思いだした。俺の喉が狂おしいまでに渇き、空っぽの腹は痛いほどにキリキリと締まりだす。
「んっ、んっ………ふぅーっ」
 本能の赴くままに器の中の水を全て飲み乾した。焼けた喉を冷まし、体中に水が染み渡っていくのを感じる。
 本当の意味で、ようやく一息つくことが出来たな。
 宿と呼ぶには程遠い、ただ最低限の雨と風がしのげる程度のボロボロの煉瓦の壁と屋根。完全に放置されていたのであろう家でとりあえず一夜を過ごすことにした。
 ヒビ割れだらけの石製の床、そのヒビの間から雑草が無数に生えている。まさかこんなところでもう一度あのカーペットを使う機会が来ようとは、広めのヤツを奪っといてよかった。え、あ、うん。返すよ、ちゃんと返す返す。
「お前は飲まないのか?」
「シルビアです」
「は?」
「そういえば、まだ私は不律さんに一度も名前を呼んでもらって無い気がするんです、シルビアって気軽に呼んでください」
 天使のような微笑みで、この娘は急に何を言ってるのだろうか?
 死ねと?俺に恥ずかし死しろと?
 ………いや、待て。以前の俺ならば確かにこのハードルを飛び越えることが出来ず、両足の脛を思い切りぶつけて、全治数か月の車椅子生活を余儀なくされていただろう。
 しかし、今の俺は服屋の店員と意思の疎通に成功した男である。メタルキングを倒したばりの経験値を得ているのだ、女の子を名前で呼ぶことなんてわけないさ。よし。
「シ、シル………」
「はっ、はい」
「………しるだ○ゆう」
「なんですか、それ?」
 何を言ってるんだ俺はああああああぁぁぁぁぁ!?
 言うに事欠いて、女の子の名前をド下ネタに言い換えるなんて、馬鹿か、俺は馬鹿なのか?結局ハードルに足ぶつけて、両足粉砕してんじゃねーか!
「ご、ごめん、噛んでしまった。忘れてくれ、頼む」
「え、あ、はい」
 思いっきり溜息を吐く。まぁ、気休め程度には落ち着いた様な気がする。
 いつも以上に重たい頭をもたげながら、俺は空になった木の器に水を注いで、それをシルビアに手渡した。そして彼女は何の躊躇いもなく、器を笑顔で受け取る。
 ちなみに言っておくがこれは断じて間接キスではない、そこらへんの童貞をこじらせた猿男共と一緒にするな。ちゃんと買ってきたタオルで、自分が口をつけた場所を綺麗に拭き、そこが絶対にシルビアの口に触れないように器を半回転した状態で手渡したのだから。
「ふぅ………こんなに、おいしかったんですね。水って」
「ん、まぁ、そりゃああんだけ炎天下の中を歩けばな。逆に日射病で倒れなかったのが不思議なくらいだ」
「不律さんは、今日、楽しくなかったですか?」
「何というか、一気にいろんなことが起こりすぎて、ただただ疲れたよ」
「私は、楽しかったですよ」
「ふーん」
 月明かりだけが頼りの薄暗い部屋の中だからか、俺は自然に、初めて、シルビアの顔を正面からしっかりと見ることが出来た。
 まるで高級な人形のように綺麗に整っている目や鼻や口元。シルビアが見せる笑顔は、未だかつて見たことが無いくらいに美しい。そう、美しすぎた。
 なんで俺が、こんな美少女を助けようと心から突き動かされたのか。助けた今も、後悔することなく共に行動をしているのだろうか。ずっと疑問だった。
 だけど、今なら少しわかる気がする。
 きっとシルビアも歪んでいるんだろう。俺と同じように真っ直ぐに歪んでいるんだ。その方向は、全くの逆方向だけどな。
 なにかの番組で聞いたことがる。人間は、自分に足りないものを欲し続ける生き物だと。まるで欠けたピースを埋め合うかの様に。
 つまり、そういうことなんだろう。
「それにしても、私も歩き回ったせいでくたくたです。柄にもなくはしゃぎすぎてしまいました、もう体中がベトベトです」
「そういや、風呂にも入ってないし、飯も食べていなかったな」
「ご飯でしたら、『焼きギャース』でも食べますか?」
「な、なんだそのサイケデリックな名前の食べ物は」
「知らないんですか?不律さんは、私が知らないことを知っていると思ったら、私でも知っている常識を全然知らないからちょっとびっくりです。不律さんは見ませんでしたか?私が処刑されかけた広場の、上空を飛んでいたあの鳥ですよ」
「………あ」
 もしかして、あの小型プテラノドンのことを言っているのだろうか?
「あれが『ギャース』っていうんですけど、そのギャースを焼いたものです。もしかして食べた事ありませんでしたか?」
「いや、もう大体想像つくけど一応聞いとくね。なんであの鳥のことを『ギャース』っていうの?」
「え、ギャースって鳴くからですけど」
「うん、だよねー知ってた。ちなみに食べたことは無いでーす」
「なかなかおいしいんですよ。油分も少なくて、私も筋肉つけるためによく食べていました」
 あれ、なぜだろう。さっきまでガラスの様に純粋で綺麗だった彼女の笑顔が、急に悪意のあるものの様に思えてきたぞ。いや、分かってる、シルビアに悪意があるわけではなく、むしろ十割の善意を込めて言ってくれているんだってことくらい。
 それでも、それでも、世界観が違いすぎて、頭が適応できていないだけなんだっ。
「それでは、ちょっと行ってきますね」
「え?」
「大丈夫ですよ、不律さんは今日頑張ってくれましたから十分に休んでいてください。私がギャースを捕ってきますから!」
 元気いっぱいに鼻息を鳴らしながら、腕をまくり上げるシルビア。解せぬ。
「少しずつですが私の力も戻ってきましたし、きっとギャースを捕ってくることくらい訳ないはずです!」
「あ、うん、そういえばお前って勇者だったっけ。じゃあ、気を付けて」
「はい!」
 力なくプラプラと手を左右させる俺に脇目も振らず、シルビアはまるで子供みたいに意気揚々と外へ駆けていった。
 しかし、捕るって言ったってどうするつもりだ?まさか空を飛ぶわけでもないだろうし。
 興味本位に仕方なく、俺は壁の窓から外を眺めることにした。
『見ててくださいねーっ』
 無邪気にこっちに向かって手を振ってくるあたり、楽しそうなのが見ててありありと伝わってくる。
 しかし、こっちは疲れがピークなんだ。済ませるなら早くしてくれませんか?
『………ギャーッス!』
「お」
 噂をすれば何とやら。不遇な名前を付けられた「ギャース」達が、夜空に紛れて数匹群れていた。
 しかし、改めてその姿を目撃してみて思うことがある。俺はあれを食べるのか?

 そして、視線をシルビアにやった。
 先ほどの爛々とした目とは打って変わって、真っ直ぐに集中した瞳で空を見上げている。
『ハァッ!』
 シルビアは両足を肩幅に広げ、両腕を自身の前に突き出した。その瞬間、彼女を中心に風が吹き、砂を凪ぐ。
 俺は夢でも見ているのだろうか?みるみるうちに彼女の体に光が集まり始める。月光と同じ、鮮やかな銀色が彼女の全身を包み込み、その光はやがて神々しさを覚えるような鎧を形成していく。
 この姿はまさしく「勇者」と呼ぶに相応しい。出会った当初、シルビアに覚えた華奢で儚いイメージが一気に払拭されていくのが分かる。
『エイッ』
 シルビアが力強く地を蹴り、地面の砂埃が大きく立ち上がった。
 人間離れしているというのはまさにこの事だろう。俺と比べてずいぶん小さいはずの少女は、地面をひと蹴りしただけで上空のギャースたちの目前まで飛び上がり、逃げる隙も与えないスピードで一気にギャースを鷲掴みにしたのだ。
 そしてそのまま銀色に輝くシルビアは、ズダンという大きな音を立てて地面に降り立つ。再び大きく砂埃が舞い上がり、思わず俺は顔の前を腕で覆った。
『不律さん見てましたー?』
「………まぁ、本人が大丈夫そうなら、それで良いか」
 まるで子供のような笑顔を見せるシルビア。何とも言えない溜め息が胸の内から漏れる。
 それにしても、光りながら飛んでいる姿は綺麗な流れ星みたいだったな。やってることはあれだけど。
『不律さーん、さっそくいただきましょー』
「う………っ」
 片方の手に二羽ずつ、計四羽のギャースがシルビアの手中に収められているのだが、首を絞められている所為か本当に表情が苦しそうで、なんかもう俺の頭の中はいっぱいいっぱいなんですが。あれを今から食べるのか?

 とりあえず、このまま廃墟の中に居るのも悪い気がして、呼びかけに応じ俺も外へ出ることにした。
 昼間と比べると驚くほどの気温の低下。しかし、外壁諸々がボロく窓もはめ込まれていなかった為、今更外に出てみたところで、その気温の変化に大して尻込むことはない。
「一度やってみたかったんですよね、魔王軍討伐の旅に出ていた時も、ギャース狩りは兵士さん達がやるから私はただ見てるだけだったんですよ。まぁ、今はまだちょっと武器も形成できないし、魔法もほぼ使えない状態だったからあまり取れませんでしたけど、えへへ」
「………」
 照れながらニコニコしているシルビアの両手には、必死にもがき狂うギャースが四羽。
 近くで見てみると分かるけど、ギャースって中々大きいんだな、牙とか生えてるし。これ、ほんとに食べるんですか、お嬢さん。
「あ、とりあえず私が手刀で血抜きとか内臓取りとかやっておきますので、不律さんは井戸の水を新しく桶に汲んで来てくれませんか?開いたギャースを洗ったりしないといけませんし」
「………勇者、パネェな」
 まぁ、何か心の中のモヤモヤがグチャグチャしてきたけど、言われた通り水を汲んで来よう。あ、あと、薪とか肉を焼く為の鉄串なんかも無いと困るかな───

「ちょっと、暴れないで下さいよ」
『『『『ギャーーーーッス!!』』』』
───ズダンッ!!
「ふぅ。首の次は内臓ですね」

 よし、早く水を汲みに行こう!
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