「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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二章 それでは破壊活動を始めましょう。

第七話 魔王

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 レンガの家が立ち並び、その住宅街の家と家の間には複数の紐が掛けてあった。その高いところに張ってある紐にはどうやって取り付けたのか、様々な衣服が干してある。町に吹く風は少し砂っぽく、思わず腕を顔の前まで上げて、その砂埃を防いだ。
 見渡す限り俺が知っている電化製品は一つも見当たらない。民家や宿屋、何かの農産品や雑貨などが揃えてある市場は見えるが、そこには人が一人もいない。
 今、俺が目の当たりにしている風景は、中世の西洋民家の絵をそっくりそのまま取り出したかの様なものであった。
「いやぁ、びっくりした」
 言葉では言い表せないくらいにびっくりしたよあれは。
 ほんと、階段上るか上らないかで小一時間ほど散々悩んだ挙句、意を決して上り始めたら、なんか三段目上ったくらいでこの異世界に着いちゃうんだもん。悩んだ時間返せよあの性悪ナマイキショタハデス。若いうちの時間って本当に貴重なんだよ。ってなんかのドラマで言ってました。
 はてさて、これからどうしたものか。
 今の俺には目的がない。
 それどころか、今自分が置かれている状況がさっぱり分からないんだ。あまりにも常識とはかけ離れたことが起きすぎて、俺の思考が追い付かない。もはや、脳がショートしてしまっていないことを褒めて欲しいくらいのレベルだぞ。
「まぁ、ここが間違いなく元居た世界とは異なる場所だと言うことは………分かるんだがな」
 んー、あれは見なかったことにした方が良いのか?
 清々しい青空を見上げる。すると何ということでしょう、見たこともない生物が数羽(?)飛び回っているではありませんか。
 目測だから正確な大きさはわからないが、日本でよく見かけるあのカラスの一回り分くらいはありそうだ。その姿形は小型のプテラノドンとも表せばしっくりくるか。
 何よりも羽毛が生えておらず、気味の悪い薄汚れた肌色の生物が飛び回っているのを見ると、奇妙というか、気持ち悪いというか。「ギャース」って鳴き声が実に似合いそうだ。
「むぅ………」
 というか、それはどうでもいいんだよ。
 今の俺に必要なものは、小型プテラノドンではなく、この世界に関する『情報』だ。
 現に俺はこの世界についてから、未だに一歩も動いていない。この周辺には、人がいた形跡が十分に残ってはいるが、その肝心な人が一人も見当たらない。これでは聞き込みも出来ない。
 ん?
 そういや、俺聞き込みとか出来ないじゃん。まず人と目を合わせることも出来ないっていうのに。
「はぁ………、どっかのRPGゲームの主人公みたいになりたい。だってアイツら自分から喋らなくても、不思議と人が集まってどんどん物語進めることが出来るし………」
 とりあえず、歩こう。そうすれば書物とか見つかるかもしれないし。
 そう思った矢先であった。
───ギャースッ!!
「うわっ!?想像通りに鳴きやがるからびっくりした………」
 上空でやけに小型プテラノドンが騒いでいる。
 すると、さっきから俺の上を飛び回っていた数羽がまとまって他の場所に向かって飛んでいった。向かっていった先、視力の悪い俺の目をメガネレンズに通して見てみると、十羽前後くらいの数の小型プテラノドンがわちゃわちゃと飛び交っているのが見えた。
 行く当てもないし、好奇心につられて行動するのも良いかもしれない。
 見失わないように追い駆ける。
 この町の道は、入り組んでいるようだが、京都みたいにいくつもの十字路が連なってできたような町並みをしている。動きやすいが、慣れないとどこにどんな建物があるのかは覚えきれないな。まぁ、行く当てのない俺にはあまり関係ないが。というかむしろ好都合だな。
 石畳の上を走る俺のタンタンという軽快な足音が体に響いて心地いい。柄にもなく、俺は見知らぬ土地で少しだけはしゃいでいるのだろう。
 しかし、一瞬にしてその晴れやかな気分が曇天模様へと変わっていってしまった。


『『『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!』』』


「………なんだよ、これ」
 小型プテラノドンの群れが近づくにつれ、響いてくる大観衆の声。
 その声は空気を割らんばかりに震わせる。俺の脚は駆けるのを止めて、大衆の集まる広場の入り口付近で目の前の光景にただただ圧倒されていた。
 円形の大きな広場の少し奥には一際大きな城塞があり、そして広場の中心の高台には、本当に漫画の世界でしか見ることのなかった断頭台が一つ。断頭台の側には、何やら声を張り上げて民衆に向かい演説をしているかのような大人が一人いる。しかし、そいつが何と言っているのかは全く聞こえない、その演説している大人の声を優に掻き消すほど、大観衆の「殺せ」という掛け声が響いていたからだ。
 肌を切り裂くかのような、強大な「殺気」。
「これが、人間なのかよ」
 その強大な殺気を一身に請け負っているのが、俺よりも幼そうな少女っていうのは、どういうことだろうか?
 どうしてだろう、俺の体はふらふらと勝手にあの断頭台に引き寄せられていく。このまま放っておいていい。頭の中で何十回も連呼してるし、聞こえてないわけないだろうに。
 前にもあったな、こうして頭の中と俺の体が真逆のことをしだしたこと。

「今更、人間に対して何の良心も抱いていないけど、でも、なんであの娘はあんな目が出来るんだろうか。どこか自分を諦めてきたような、俺みたいな、あの馬鹿猫みたいな目を」
───ズクン
 観衆の中へ入り込む手前で、俺の体の内側で何かが思い切り爆発した。
 一瞬で視界と頭の中が真っ白になり、全身が急激に痺れ何の感覚も伝わってこない。
 だから痛みは無い。怒りと憎悪だけが、真っ白な俺の頭の中を支配していく。しかし、思考は至って冷静で、むしろ俺がいまするべきことと、これから俺が何をするべきかをはっきりと示してくれた。
 マイナス感情一杯なのに、冷静とか。あぁ、だからあんな縁起の悪い神様に目を付けられてしまったのか。
『『『キャーーーッ!?』』』
 目を開いてみると、俺の足元では民衆が散り散りになって広場の外へと逃げ出している。
 ………俺の、足元?
「えっ、俺浮いてるよ?いやいや、空気的に浮くのは慣れてるんだけど。こう、物理的に浮くのは………ってか、なにこれえええええ!?」
 浮いている、高さでいうと四メートルくらい浮いているぞ。小型プテラノドンまでの距離が一気に縮まっており、足元の人達の視線を一気に集めていた。
 というより、俺が浮いている事と同じくらい、というかそれよりも俺を驚かせる事態が起きているんだが。
 手が、腕が、足が、触ってみた分だと首から顎にかけて、何だか甲殻類の様に刺々しくて、黒曜石に覆われているみたいな鎧を纏っていた。
 っていうかなんか、俺の身長と同じくらいの尻尾が生えているんですけどぉっ!?
「あぁ………これ、ハデスの所為だな。思い出した、あの握手の時か」
 乾いた血がこびりついた断頭台から、視線をこちらに覗かせる銀髪の少女。空中から見て改めて分かるが、お姫様の様な純白の衣服にか細い腕や足。
 こんなに小さくて弱々しい少女がどうして手や首に枷を付けられ、刃の下に座らされているのか。
 この世界に立ってまだ三十分と経っていないから、彼女が何者かも知る由は無い。というか、興味はない。
「どうせ、一人だったんだろう。知ってる、俺もアイツもそうだったし」
 とりあえず今は、俺のやりたいことをしよう。
 右手をおもむろに前へ出し、演説をさっきまでやっていた人間へ手の平を向ける。今から俺が何をしようとしているのか、それは自身の頭でもよく理解できていないが、体が理解しているようだった。
 だったらそれに合わせよう。
 おそらく俺がこうするっていうことも、あのナマイキショタは予め分かっていたんだろうな。何が「縛るつもりは無い」だ、笑えてくるぐらいに癪だな。
「フンッ!」
 右の手の平に力を入れた。すると手の平の先にいた男の体が黒い靄に包まれ始め、徐々に浮き上がり始める。手の平から伝わってくる、男の恐怖やパニックの思念。それが実に心地よく俺の体に染み渡っていく。
 腕を少し左にずらすと、必死にもがく男の体も左に移動する。そして俺はそのまま腕に込めていた力を抜いて、次は視線を断頭台へ向けた。
 高台から落ちるように遠ざかっていく男の叫び声。それが「グシャ」という音と共に止んだと同時に、高台の上に俺は降り立つ。
「その姿は………まさか、新しい『魔王』………?」
 凛々しくも透き通った声が聞こえるが、そんなのを気にしている暇はない。
「逃げるぞ」
「え?」
 両手でパンと音を鳴らすと同時に、少女の瞼は落ちて、穏やかな寝息が聞こえてきた。ちなみに、本当は指パッチン鳴らしたかったんだけど、それだとハデスと被るし、っていうか俺パッチン鳴らせないし。
 とりあえず邪魔な枷を無理やり引きはがして、今にも落ちてきそうで危なっかしい首切りの刃を、俺の意思に合わせ自由に動く尾で粉々に叩き割る。
「いやー、一回でいいから空を自力で飛んでみたかったんだよねー。うん、そうだよ、ポジティブにいこう。まさか人間やめることになるとは思わなかったけど、前向きに、前向きにいこう」
 小さいわりに少しズシリとくる少女の体を右脇に抱きかかえ、広場から逃げる様に飛び去った。
 はぁ、まさか人間やめることになるなんて思わなんだ。せめてやめるんだったら、「俺は、人間をやめるぞオオオォォ!!」くらいは言いたかったなぁ。
 さて、これからどこに行きましょう?
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