「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

久保カズヤ

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一章 君の事を悪だと言う世界に、君は何を思う。

第二話 愛ゆえに 前編

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 何故、文化祭が終わりに近づき始めたこの時間に、わざわざ俺が学校に足を運んだ理由。制服ではなく、目立たない私服で来たのにも意味がある。
 それは、俺が一般の客に馴染んだ状態で、周囲に溶け込むことが出来るからだ。
 人を隠すなら人の中。
 あとは、それらしい受験理由のテンプレを書いた紙を、職員室前の提出箱に入れて帰るだけの作業である。
 とりあえず急ごう、早めに帰らないと人酔いしてしまうからな。雨も降りそうだし。

 祭りは終わりに近づく。俺は、高いテンションを保つ出店に群がる集団を抜けて、靴箱から取り出した自分の上履きをカバンに詰めこみ、代わりにカバンから同じデザインの上履きを取り出しそれを履く。
 こうでもしないと、毎度毎度馬鹿みたいに押しピンやらガラスの破片を入れてくる奴らがいるからな。
 今時、こんな仕掛けに引っかかる高校三年生はいないよ。
 しかも、毎度毎度ご苦労なことで。きっとこれを仕掛けてる人は、前日の晩御飯を微塵も思い出せないタイプなのだろう。
「職員室が近くにあって良かったよ」
 生徒達が出店やらなんやらの裏方の仕事をしているはずの教室は、職員室や靴箱置き場とは離れており、本日限りは一般生徒と鉢合わせになる確率が低いと予測する。
 人を隠すのは人の中だと、さっき自分に自信を持って言ったはずなのに、今俺が置かれている光景を第三者視点で見てみたところ、場違い感が凄いな。
 なんだこれ。冴えない私服を着たこれまた冴えない一般人が、コソコソと学校の廊下を歩いている。もう一度言おう、なんだこれ!?
「思い切り不審者じゃないか……」
 とりあえず落ち着こう、ここで取り乱したら逆に目立つ。こういう時は、トイレを借りに来た風に装うのが一番良い。
 幸い三年生の教室はここからは一番遠いし、部活をやってないから、知り合いの後輩の一人もいない俺の顔が分かる下級生なんていないだろう。
 とりあえず窓ガラスにうっすらと映った自分の姿を確認してみる。
 気を抜けば今すぐにでも眠ってしまいそうな生気の籠っていない目、自身の癖っ毛に加えて寝ぐせのついた黒髪。スタイルは良く、顔立ちも自分で見る分には「中の上」くらいはありそうなのだが、何しろ体中から漏れ出している貧乏神みたいな負のオーラが、それを全て台無しにしているのが見ていてわかる。
 そういえば昔、外見について何か言われたことがあったな。

『ねー、葵くんってさー』
『え?』
『学年で二番目にブサイクだよねー』
『…………え?』

 これは小学校低学年の出来事だったな。思い出したら腹が立ってきた。
 よくいるよな、自分のことを棚に上げて他人の顔をランク付けするヤツ。しかも、美人なお嬢様キャラみたいな女の子に言われるんだったら、一種の御褒美として受け止めることも出来るが、なんだか自分の立ち位置を勘違いしているような女にこんなことを言われると、子供心ながらにグサッとくるものがあった。
 もしかして俺の性格がこんなに悲観的に螺子曲がってしまったのは、この事件がきっかけなのかもしれない。と思うことがたまにある。
 ちなみに一番ブサイクだと言われた佐藤くんには触れてあげないでくれ。きっと彼も彼なりに、今もどこかで悩んでいるだろうから。


 顔見知りの誰にも見つかることなく、進路希望調査書を提出箱に入れることに成功。「良いセンスだ!」って褒めてほしいです。
 あとは帰るだけなのだが、外は生憎の小雨。まぁ一応前もって、菓子パンと折り畳み傘を持ってきてはいるが、それでも雨の中歩くというのは、億劫なのが人間ってもんだよな。
 だからと言って、ここで足踏みしている訳にもいかない。小雨とはいえ、雨が降り始めたのなら出店などが予定より早く撤去してくるだろうし。
 仕方ない、走ろう。
 正門の一般人帰宅ラッシュに混ざれば、難なく帰ることは出来ると思うんだけど………、やっぱりそんなに甘くないよね。
 本当に自分の体質が嫌になる。
 確かにウチの高校は生徒数もなかなか多く、それに合わせたように多くの一般客も訪れる。その多数の客が、一斉に通路を通り学校を出て行こうとしているその光景、ついに地球が人間無限増殖のバグを起こしたのかと、本気で疑ってしまうくらいの人間量が押しづめ状態になっているのだ。俺の体質の所為か、多少の誇張表現が含まれてはいると思うが、決して的を得ていない表現でもないと思う。
 最後尾に混ざるしかない。
 高い湿度のせいか、上履きと廊下がキュッキュと耳障りな音を立て、体の内部からその音が細やかに響いて伝わってくる。
『マジ雨とか聞いてないし、あーもう最悪』
『ほんっとだよなぁ、髪とか服とかマジ気持ちわりー』
『先輩が車で来てくれるってさ。それまで待っとくしかねーな』

「っ!?」
 念頭に入れていなかった。俺はバカか、一番危惧しなければいけない可能性なのに。
 まるで校則を守ることを考えていない、異様な姿をした女が一人と男が二人。俺と同じ異端であるが、その方向性は真逆。俗にいう「DQN」というやつらだ。
 最近のそっち方面の人達は、漫画やドラマで見るようなタイプでは無いような気がする。ウチが底辺普通校という、微妙な位置づけに属しているっていうのも手伝っているからだろうが。
 自分勝手で粘着質、いかにもな弱者ばかりを痛めつけて、体ばかりに傷を与えることより、相手の心に傷を付けることを楽しんでいる。
「おっ!葵くんじゃね!?」
 急いで駆けていたせいで、正面玄関の手前で急遽止まることも出来ず、ただあたふたとしたまま力無くアイツらの前に飛び出してしまう。
 こんなことになるなら多少人酔いしてでも、早めに出るべきだった。しかし、その全てが後の祭りだ。
 直視すれば目がチカチカして、視力が落ちそうになるような髪色の三人。女は金髪の長髪、男は赤色の髪のヤツと、女と同じ金色の髪をしているヤツがいる。将来絶対ハゲる、ざまぁ。
 その三人のうちの一人、金髪の男が俺を見つけるなりグイグイと近づいてくる。
 鼻から肺に侵食してくる煙草の臭いで、不意に眉が歪んだ。
「そんな顔するなよ、なー?」
 情けない。体が竦み、何も言えない、目を見ることも出来ないし、グリグリと額に押し付けられる拳を振り払うことすら敵わない。
 俺の目に映る金髪男の後方で、ゲラゲラと品もなく笑う二人の笑い声。これだけの侮辱を受けながらも、俺の感情は波一つ立てることなく、深く重く沈んでいく。
───ズクン
 この手の痛みに比べれば、沈みきった俺の心が不用意にさざ波を立てることは無い。
「あー!それ傘じゃーん、アタシにちょーだいよぉ。車がどーせ後から来るけど、それに乗り込むときに濡れたくないんだよねー」
「おいおい、そしたら葵くんが濡れて帰ることになるんじゃね?」
「別にいーじゃん、濡れてしたたる男みたいな?だからいーよね葵くーん」
「……………」
 それを言うなら「水も滴る良い男」だ。なんだ「濡れてしたたる男」って、それただの「濡れた男」だよ。風呂上りかよ。
 しかし、俺の体は頭の中とは裏腹に、ビクビクと黙って傘を差しだしてしまう。
「わー、バッカじゃーん!ホントにアタシに傘差し出してきてるし!!プライド無いの!?」
「お前の傘なんて誰が使うんだよ、気持ち悪いなー」
「ほら、ちょっと貸してみろよ」
 赤髪の男に折り畳み傘を奪われる。何も握る物が無くなった左手が、じわりと汗ばんだのを感じる。
 そしてこの男は一体何を思ったのか、まだ室内であるというのに俺の傘を開き始めた。
「んだよー、これ安物じゃんか。教えてやろうか、安い物っていうのはすぐ壊れるものなんだよ」
───バキッッ!!
「あっ………」
 あまりに唐突に、俺の傘は崩れた。
 常識的な範疇から離れた行動を行う目の前の男に、俺の思考は追い付かない。開いた傘の先を下に向けた状態で、その骨組みに片足を乗せ思い切り踏み抜いたのだ。
「あはははは!お前、普通に壊してんじゃねーよ!!」
「いやー、葵くんに教えてあげただけだよ。なー、俺って親切だよな?」
「…………はい」
「ギャハハハハ!ほら、本人もこう言ってんじゃん!!」
 本人の許可が出たのを良しとしたのか、三人は爆笑しながら傘のあちこちをボロボロにしていく。そしてついに、俺の手元に戻ってきたのは、剥き出しになった骨組みの全てが折れて、雨を防ぐことが出来なくなってしまった傘だった。
 床に無残に捨てられてしまっている骨組みについていたはずの紺色の布が、俺にはやけに悲しそうに見える。
「流石になんか言い返しなさいよー、アタシ達が苛めてるみたいじゃーん?」
 苛めてるんじゃないのか?
 だとしたら、何をしているんだろう。
「…………楽しそうですね」
「あ?」
 俺の一言が癇に障ったのだろうか、一気に冷めた顔をした、金髪の男の顔が眼前に迫る。
「…………お金は持ってませんよ?今手元にあるのはつまらない菓子パンと、この壊された傘だけですが」
「ねぇ、今お前さ、自分が何言ってんのか分かってんの?」

 あーあ、やばい。俺、DQNに逆らったせいで終了のお知らせだ。
 少しだけ俺の方が身長は高いけど、勝っているのはそれだけだ。ありきたりの言葉で表すと『気持ちで負けている』。
「お、お手柔らかにどうぞ」
 自分から言い出したのにもかかわらず、なんてザマだよ。
「ねー、もーよくね?先輩の車来たし、葵くんに飽きちゃったんだけど」
「行くぞ、先輩待たせるとかマジシャレにならねーよ」
「チッ」
 二人の催促に、金髪男はようやく俺から顔を離した。それに合わせて、不快な臭いも薄くなる。
 何というか………助かった?
「死ねっ」
「グッ!!」
 そんなわけないですよね、一瞬助かったと思ってしまった自分がバカでした。まさか振り向きざまの背面キックが来るとは思わなかった。
 完全に油断していたその体に、それもよりによって鳩尾に思い切りのいい蹴りが入る。見た目よりはずいぶん軽いその体は、衝撃によりマンガチックに後方へと吹き飛んでしまった。
 床に叩きつけられた衝撃で肺の中の空気のほとんどは吐き出され、鳩尾に鈍い痛みが走っているせいで、全然呼吸が整わない。ヤバい死ぬかも。
「ウググ………」
「あはははは!じゃーねー、葵くーん」
 不機嫌な金髪男を尻目に、金髪女は品なく笑いながら、車高の低い黒車へと歩いていった。
「ま、まぁ、雨に濡れて………風邪でも引いたら、堂々と病欠できるし、良しとするか………」
 今、俺の目から流れる一筋の滴は決して痛みによるものではなく、こんな状況にもかかわらず逞しくあろうとする俺の心に感動したものだ。
 もう一度言おう、決して、痛いからじゃないぞ。
 ……………俺、誰に言ってるんだろう。





 まだ痛い。
 深呼吸するたびに、肺が悲鳴を上げてむせ返る。
「………さぶい」
 DQNによって使い物にならなくなってしまった傘は、下校途中にあるごみ捨て場に置いてきた。雨を防ぐための道具が無くなった俺は、びしょびしょに濡れながら黙々と帰宅していた。
 ただプリントを出しに行っただけなのに、こんな羽目に会うとは夢にも思わなかったぜ。
「でも、こういう時に限って、翌日健康体だったりするんだよなぁ」
 道路に叩きつけられる雨音は、俺の独り言を掻き消していく。
 すっかり自慢のくしゃくしゃヘアー(寝ぐせ)も、雨のせいでぺったんこだ。
 腰につけたポーチもびっちょびちょ、中に入れていた菓子パンは、いくら袋とじとはいえ、もう湿気って美味しくないと思う。
 まだ、家までは距離がある。

「…………ん?」
 アニメやドラマ以外で初めてこれを見た気がするな。捨て猫の入ったダンボール箱なんて。
 全体図は見えずとも、猫らしき生物が箱の中でモゾモゾと動いているのは見えてる。
 まぁ本来なら、俺にとって何も関係ないものだし、一片の興味も見せずに通り過ぎていたであろう。
 しかし、何故だろう。惹かれるのだ。
 雨を防げる場所でも何でもない道路の脇に置いてあるせいで、箱の中の猫がどうなっているのか気になった………うーん、惹かれる理由は自分でもよく分からない。
 今更どれだけ雨に打たれようが関係ない体なので、俺はただの興味本位で覗きに行った。
『ウニュ…………プシッ』
「……あ、くしゃみした」
 箱に収まっていた猫は、俺の主観でこう言ってしまっては悪いが、あまりにも「みすぼらしい」猫であった。
 茶色と黒色と白色が乱雑に混ざり合った毛色をし、目元には目ヤニが溜まっている。そして、恐らく何かの病気にかかっているのであろう、体の至る所が病的に禿げていて、その姿は不快感を覚えずにはいられないほどであった。
 段ボールには微量ではあるが雨水が溜まっている。
 そういえば確か、猫は元々乾燥帯に生息する生き物だから、水が苦手だったはずだ。
『プシッ』
「あー、もう」
 何で、俺はここまでコイツに肩入れしてるんだよ。
 ほっとけばいいじゃんか、どーせコイツもしばらくしたら自分が捨てられたことを悟って、自ら飯を漁りに行くだろうし。だから今、俺がしていることは完全な偽善のはずだ。こんな醜い生き物に手を貸す必要がどこにある。


「結局、連れてきてしまったよ………」
 濡れて、今すぐにでも崩れそうになったダンボール箱を抱えたまま、いつの間にか俺は、下校道の途中にある雑木林の入り口に来ていた。
「ここならいくらか濡れずに済むだろ。あとはもう、助ける必要なんかない」
『プシッ』
「くしゃみ以外の返事は出来ないのか?」
『………ニャウン』
「はぁ………」
 言葉が通じているのかいないのか。
 目の前にいるこの醜い生き物をどうして助けたのか、「愛」を知らずに育ってきた俺が、どうしてこんな真似をすることが出来たのか。
 母は、俺を捨てることの出来ない厄介なゴミとしか思っていなかった。
 そしてそんな俺を引き取ってくれた祖母が、俺をここまで育ててくれた。だけど、育ててくれただけであった。俺自身感謝はしているものの、祖母と暮らした思い出らしい思い出は覚えていない。
 可哀想だから助けたものの、はっきり言ってそれ以上の感情は持っていない。結局は、出来損ないに育ってしまった娘のコブを、自らが引き取ったようなものだ。そんな感情が、俺にはありありと伝わってきていた。
「菓子パン、食えるのか?」
『ニャ』
 あぁ、だからだ。
 似てるんだ、コイツと俺は。






 このあとの話をしよう。
 情けないことに、俺はあの猫のもとへ足繁く通った。実家がマンションなので、ペットは禁制だからな。
 さっさとどこかに消えてくれれば良かったものの、あの醜い猫はいつもあの雑木林の前に座っているんだ。犬じゃないんだから、猫は猫らしく振る舞えば良いのに、笑えるだろ?
 まぁ、足繁く通っているということは、もう本当に情けないのだが、俺は最近まともに学校へ通うようになったんだ。
 わざわざあの雑木林に行くのなら、もういっそのこと学校に行った方が良いかなーなんていう、そんな感じだ。とくに理由はない。
 もちろん、学校にいる間は陰湿な苛めを受けていた。まぁ、別にそれを辛いと思ったことは無い、ただただ面倒なだけだったが。

 初めてだった。
 アニメや小説以外で、他の存在を自分の中に強く感じたのは。
 自分も薄々気づいていたことがある。たぶん俺は、忌むべき存在であるあの母親と同じような人間になるのではないかと。「愛」を持たない、知らない人間に、結果的になってしまうのではないかと。
 しかし、この猫とこのまま一緒に居ることが出来れば、俺でもまともな人間になれるんじゃないかと、本気でそう思ったんだ。




 結論を言おう。




 俺は結局、まともな人間になることなんて出来なかった。
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