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策謀
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「人間目の前に餌がぶら下がっていると手に入れたくなるものだが、なかなかだいそれたことを考えるものだ」
半分呆れたようなニキアス皇太子の言葉にルーカスは苦笑いを浮かべた。
二人の目の前の机には数多くの書類が置かれている。
気づけば最近よく通うようになった皇太子の間で、ルーカスはニキアスと向き合っていた。
「思わぬところから発覚しましたが、このタイミングで知れたことは僥倖かと」
「そもそもこんな策略がなされていることが大問題だ」
『婚約破棄依頼書』を受け取りに来て以降、ルーカスはニキアスの元をたびたび訪れていた。
ニキアスがルーカスを気に入ったというのもあるが、一番の理由は今回の公爵家のトラブルに端を発する。
ルーカスはアリシアを迎えに行くにあたって、少しの不安要素も残したくなかった。
だからイレーネとフォティアの周りを徹底的に洗った。
資金、財産、人間関係、果ては趣味嗜好まで。
情報は何よりも武器になる。
もし見落としがあればそれによって結果が覆ることもあると思うと、少しの妥協も許されなかった。
皮肉にもその情報を集めるに当たって一番使えたのが公爵家の影だった。
昨日の敵は今日の友ではないが、敵に回すには怖い存在だ。
そう思うと、使い勝手の良い手足をもがれたイレーネは今ではもう取るに足らない存在と言えるかも知れない。
フォティアにいたってはそもそもイレーネの協力がなければ何もできないだろう。
問題は、イレーネから持ち込もれた話を知った侯爵家が欲をかいたからだ。
侯爵家による公爵家の乗っ取り。
ルーカスにとってもニキアスにとっても笑えない話だった。
「イレーネ夫人にそんな意図はなかったのだろう。彼女の望みはただ一つ、ニコラオスの子を後継につけること、それだけだ」
それだけであれば話はお家騒動ということで片づけられる。
「しかし侯爵家は違った。ニコラオスの子を公爵家の後継者にしたら外戚としていいようにできるのではないかと考えた」
もしニコラオスの子が後継者となったら、その子が幼ければ幼いほど、そしてイレーネに恩を売っていればいるほど操りやすくなる。
「国内の政治や治安を乱すことは国家反逆を企てたと言われても仕方ない。今回の侯爵家の策謀は、お家騒動の域を越えている」
だからこそ、ニキアスは侯爵家の企てる計画を表に出る前に潰さなければならない。
現状、乗っ取りの企てに便乗してかイレーネから侯爵家へすでにいろいろな物が渡っている。
資金にしろ権利にしろ情報にしろ、イレーネは公爵家へ不利益を被らせているのである。
そしてそのことに関する報告もまたすでに上げられていた。
「もとより、イレーネ夫人が余計な気を起こさなければ起こらなかったことではあるがな」
ちょっと困った顔をして、ニキアスは呟いた。
自身をかばってニコラオスが命を落とさなければ起こらなかったことだと思っているのか。
しかしそれも、もとを正せば暗殺者を送りこんできた側に罪がある。
「ルーカス、君は私が侯爵家当主だけでなくイレーネ夫人をも罪に問おうとしていることを酷いと思うか?」
ニキアスの言葉に、ルーカスは問いかけるような視線を向けた。
「そもそもはニコラオスが命を落とさなかったらイレーネ夫人は罪を犯さなかっただろう。そう思うと、ことイレーネ夫人に関しては寛大な対処が必要だと思うか?」
重ねて問われて、ルーカスはつかの間考える。
王や皇太子にとって重要なのはなによりもまずは自身の命。
そしてどんな事情があろうともそこに私情を挟まず対処する公正な態度。
「殿下はご自身が同じ立場だったらどうされますか?」
「そうだな、おそらく一番合理的な結論を出すだろう。現在家督を継いでいるのがルーカスならばルーカスの子にその跡を継がせる。ニコラオスの子に関してはフォティア嬢の希望を聞いた上で可能なら自分の手元で育てるだろう」
「では、兄上の子に跡を継がせるために何かしますか?」
「いや、しない。それがその子の定めと解釈する」
「そういうことですよ」
物憂げな視線を投げかけられて、ルーカスは答えた。
「罪を犯すか犯さないか。その一線を踏み越えるか越えないかはその人次第です。義母上は罪を犯した。ならば裁かれるのは当然のこと。そこに私情を挟む必要はありません」
「…そうか」
もしかして今回のことはニキアスの温情なのかもしれない。
ふと、ルーカスはそう思った。
表に出すことなくすみやかに事態を収拾する。
そうすれば問われる罪も少しは考慮することができるのではないか。
いずれにせよ事態は動く。
掴んだ情報を元に向こうの計画を潰さなくてはならない。
その時はもう目の前まで迫っていた。
半分呆れたようなニキアス皇太子の言葉にルーカスは苦笑いを浮かべた。
二人の目の前の机には数多くの書類が置かれている。
気づけば最近よく通うようになった皇太子の間で、ルーカスはニキアスと向き合っていた。
「思わぬところから発覚しましたが、このタイミングで知れたことは僥倖かと」
「そもそもこんな策略がなされていることが大問題だ」
『婚約破棄依頼書』を受け取りに来て以降、ルーカスはニキアスの元をたびたび訪れていた。
ニキアスがルーカスを気に入ったというのもあるが、一番の理由は今回の公爵家のトラブルに端を発する。
ルーカスはアリシアを迎えに行くにあたって、少しの不安要素も残したくなかった。
だからイレーネとフォティアの周りを徹底的に洗った。
資金、財産、人間関係、果ては趣味嗜好まで。
情報は何よりも武器になる。
もし見落としがあればそれによって結果が覆ることもあると思うと、少しの妥協も許されなかった。
皮肉にもその情報を集めるに当たって一番使えたのが公爵家の影だった。
昨日の敵は今日の友ではないが、敵に回すには怖い存在だ。
そう思うと、使い勝手の良い手足をもがれたイレーネは今ではもう取るに足らない存在と言えるかも知れない。
フォティアにいたってはそもそもイレーネの協力がなければ何もできないだろう。
問題は、イレーネから持ち込もれた話を知った侯爵家が欲をかいたからだ。
侯爵家による公爵家の乗っ取り。
ルーカスにとってもニキアスにとっても笑えない話だった。
「イレーネ夫人にそんな意図はなかったのだろう。彼女の望みはただ一つ、ニコラオスの子を後継につけること、それだけだ」
それだけであれば話はお家騒動ということで片づけられる。
「しかし侯爵家は違った。ニコラオスの子を公爵家の後継者にしたら外戚としていいようにできるのではないかと考えた」
もしニコラオスの子が後継者となったら、その子が幼ければ幼いほど、そしてイレーネに恩を売っていればいるほど操りやすくなる。
「国内の政治や治安を乱すことは国家反逆を企てたと言われても仕方ない。今回の侯爵家の策謀は、お家騒動の域を越えている」
だからこそ、ニキアスは侯爵家の企てる計画を表に出る前に潰さなければならない。
現状、乗っ取りの企てに便乗してかイレーネから侯爵家へすでにいろいろな物が渡っている。
資金にしろ権利にしろ情報にしろ、イレーネは公爵家へ不利益を被らせているのである。
そしてそのことに関する報告もまたすでに上げられていた。
「もとより、イレーネ夫人が余計な気を起こさなければ起こらなかったことではあるがな」
ちょっと困った顔をして、ニキアスは呟いた。
自身をかばってニコラオスが命を落とさなければ起こらなかったことだと思っているのか。
しかしそれも、もとを正せば暗殺者を送りこんできた側に罪がある。
「ルーカス、君は私が侯爵家当主だけでなくイレーネ夫人をも罪に問おうとしていることを酷いと思うか?」
ニキアスの言葉に、ルーカスは問いかけるような視線を向けた。
「そもそもはニコラオスが命を落とさなかったらイレーネ夫人は罪を犯さなかっただろう。そう思うと、ことイレーネ夫人に関しては寛大な対処が必要だと思うか?」
重ねて問われて、ルーカスはつかの間考える。
王や皇太子にとって重要なのはなによりもまずは自身の命。
そしてどんな事情があろうともそこに私情を挟まず対処する公正な態度。
「殿下はご自身が同じ立場だったらどうされますか?」
「そうだな、おそらく一番合理的な結論を出すだろう。現在家督を継いでいるのがルーカスならばルーカスの子にその跡を継がせる。ニコラオスの子に関してはフォティア嬢の希望を聞いた上で可能なら自分の手元で育てるだろう」
「では、兄上の子に跡を継がせるために何かしますか?」
「いや、しない。それがその子の定めと解釈する」
「そういうことですよ」
物憂げな視線を投げかけられて、ルーカスは答えた。
「罪を犯すか犯さないか。その一線を踏み越えるか越えないかはその人次第です。義母上は罪を犯した。ならば裁かれるのは当然のこと。そこに私情を挟む必要はありません」
「…そうか」
もしかして今回のことはニキアスの温情なのかもしれない。
ふと、ルーカスはそう思った。
表に出すことなくすみやかに事態を収拾する。
そうすれば問われる罪も少しは考慮することができるのではないか。
いずれにせよ事態は動く。
掴んだ情報を元に向こうの計画を潰さなくてはならない。
その時はもう目の前まで迫っていた。
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