上 下
11 / 142

初恋

しおりを挟む
アリシアは子供の頃からルーカスが好きだった。

小さい頃のルーカスは活発なアリシアの後ろに隠れていることも多いくらい大人しかったし、幼い女の子が憧れるような王子様ではなかったけれど、何よりも人を思いやる優しさを持っていた。

体調を崩した使用人への気づかい、困った人に差し伸べる手、悲しみに暮れる人へそっと寄り添う姿。
幼い頃から一緒にいたからこそ、アリシアはそんなルーカスの姿をずっと見てきた。

ルーカスが成長して逞しくなり、その美貌にますます磨きがかかって異色の黒髪濃紺の瞳さえも霞むくらい人気が出た時も、アリシアの中には優しくて少し気弱なルーカスがいた。

ルーカスの元に腹違いの兄のニコラオスが訪ねてくるようになったのは、ルーカスが5歳の頃からだという。

アリシアがルーカスに出会った頃にはもうニコラオスは訪ねてきていたが、顔を合わせたのは少し経ってからだった。
おそらくルーカスがニコラオスの存在を受け入れてから初めてアリシアに紹介してくれたのだろう。

ルーカスがアリシアと一緒にいる時に来ることも多く、ニコラオスの性格もあり打ち解けるまで時間はかからなかった。

それでも、貴重な兄弟の時間を邪魔するのは気が引けて、ニコラオスが来ている時はアリシアはなるべくルーカスに会いに行かないように遠慮していた。

そんなある時、アリシアはニコラオスが美しい女性を連れてきたところに出会した。
その女性、フォティアはニコラオスの婚約者だという。
ちょうどニコラオスが学園へ上がる頃で、ルーカスは10歳だった。

学園へ入学してしまうと今までのようには会いに来れなくなるからと、ニコラオスは時間の許す限りルーカスの元に顔を出した。

たびたびフォティアを伴っていたのは、先々のことを考え弟と婚約者の交流を願ったのかもしれない。

フォティアはルーカスにとって初めて異性を意識させる存在だったのだろう。
フォティアの来る日はそわそわとして落ち着きがなく、目が合えば照れたように顔を伏せる。

淡い初恋であり、ルーカスとしてもその気持ちを伝える気は無かったのだろうけれど、彼の中でフォティアの存在が大きくなっていくのをアリシアはすぐそばで見ていた。

ルーカスは人の気持ちに聡い分、自分の気持ちを隠すのに長けている。
だからフォティアに対する気持ちも上手に隠していた。

はたからみれば兄の婚約者に慣れず照れている弟、そんな彼の初々しさを周りは微笑ましく見ている、そんな状況だった。

でもアリシアは気づいていた。
ルーカスのフォティアを見つめる瞳に熱があることを。
それはアリシアがルーカスのことを好きで、誰よりも彼を見つめていたから気づいたこと。

誰かが誰かを思う気持ち。
それは何も悪いことではない。

ルーカスがフォティアに恋をしてその気持ちを飲み込むまで、アリシアはずっとルーカスに寄り添っていた。

彼の気持ちが自分にないことを見続けるのが悲しくなかったわけではない。
でも今までつらいことの多かったルーカスの、柔らかい心ごと包み込みたかったから。
その気持ちを捨てて欲しいとは思えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。 その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。 自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...