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令嬢のお茶会<1>
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帝国において令嬢や貴婦人はお茶会に自身の侍女や護衛の騎士を帯同できない。
それが許されているのは皇族のみだ。
つまり王宮内で開かれるお茶会に従者を連れて参加できるのはイーサンとディアナだけのはずである。
お茶会の会場である王宮の中庭に着いて、ディアナはサッと当たりを見回した。
その場には十人ほどのご令嬢とフィリア、そしてフィリアの後ろに侍女が一人と騎士が三人控えている。
(あの者たちはこの前回廊で遭遇した人たちね)
そもそもフィリアは立場的に侍女も騎士もそばに控えさせることはできないはず。
ホスト側として客をもてなすために侍女が必要な場合は声は届かないが指示は確認できるくらい離れた位置に待機しているものである。
(フィリア様がご自分の立場を理解できないのはこういった待遇のせいもあるのでしょうね)
言うまでもない、それはイーサンの責任だ。
仮に愛妾を自身のそばに置くにしても、その女性に自分の立場をきちんと認識させておけは問題は起こらないのだから。
(まぁ、元々愛妾ではなく皇后にしようと考えているわけだし、皇后と同様に遇することによって既成事実を作ろうとしているのかしら?)
そう思いながら見れば、ディアナの席はフィリアから一番遠い場所に用意されている。
一つの大きな長テーブルの一番上座である奥正面にフィリアが座り、左右の席にはそれぞれ五人ずつ令嬢が腰掛けていた。
そしてディアナの席はフィリアの逆サイドだ。
通常ホストは親しくしている者や一番もてなすべき相手を自身の近くの席に配置する。
つまりこの席順ではディアナは一番末席扱いといえた。
「あら。ディアナ様。来ていただけたのですね。ずいぶん遅いので、出席の返事をされているにもかかわらず何のご連絡もなしに欠席されるのかと思っていたところですわ」
赤と黒のレースの扇を口元に広げながらフィリアが言う。
(指定の時間は午後三時。もちろん遅れてはいない)
そこで考えられることは一つだけだ。
(私にだけ遅い時間を知らせてきたってことね)
そして連絡もなしに遅刻する非常識な王女と周りに思わせたかったのだろう。
「ごきげんよう、フィリア様。こちらにかけても?」
ディアナを軽んじた非常識な対応だから、当然「招待ありがとう」などとは言わない。
「ところで、招待状はフィリア様直々にしたためていただいたのかしら?」
「もちろんですわ。ディアナ様にご出席いただけると聞いて喜んでいたのですが……まさかこんなに遅れていらっしゃるなんて。やはり私のことが気に入らないんですね……」
そこまで言うとフィリアは悲しげに目を伏せた。
はたから見れば陛下の婚約者に虐げられる寵姫に見えるかもしれない。
「そう。それでしたら、今後招待状を出される際には間違いがないか内容を再度確認するようにした方が良いかと思いますわ」
「どういう意味でしょう?」
フィリアの眼差しに険が立つ。
「お茶会の開始時刻に誤りがあったようですので」
そう言うと今度はディアナが悩ましげなため息をついた。
「いやですわディアナ様。私も招待状を出す際にはきちんと確認しております。間違っているなんてことはないかと」
「では確認されますか?」
「え?」
驚きの表情を浮かべるフィリアに、ディアナは優しげに微笑みかける。
「フィリア様からのご招待は初めてでしょう? 何か間違いがあるといけないと思いまして、招待状も持参しておりますの」
お茶会の招待状は持参してもしなくてもどちらでもいいものだ。
しかし多くの令嬢、貴婦人はわざわざ持ってくることなどしない。
なぜなら令嬢も貴婦人も自身のスケジュールは侍女に任せていることが多いからだった。
出席の返答をした時点でその予定を侍女が管理するため、わざわざ招待状を持ってくる必要がないというのが一番の理由だろう。
「そ……それは……」
心なしか青ざめてフィリアが言葉に詰まった。
(なんて杜撰な計画なのかしら)
そう思いながら、しかしここでフィリアをやり込めるつもりはないのでディアナはそれ以上の追求を控える。
「せっかくのお茶が冷めてしまいますわね」
気を取り直してそう言うと、ディアナはカップに口をつけた。
お茶を淹れたのは回廊で遭遇したあの侍女だ。
フィリアを優先して当然とでもいうような対応をした侍女ではあるが、さすがに王宮に勤めるだけあってお茶の味は素晴らしかった。
ディアナがそれ以上招待状に言及することなくお茶を飲み始めたからか、フィリアは話題を変えるべく話し始める。
「そうそう、このドレスは陛下にプレゼントしていただいたものですのよ」
フィリアのドレスは今帝国で流行っているというマーメイドラインのドレスだ。
派手な真紅のドレスにゴールドのネックレスとイヤリングをしている。
おそらくアクセサリーにイーサンの色を取り入れたのだろう。
見る限り他のご令嬢方はエンパイアラインのドレスだろうか。
全体的にどのご令嬢もはっきりとした色のドレスを身につけていた。
対するディアナは薄紫でふんわりとした色合いのドレス。
シルクをふんだんに使って全体的にふわふわとした感じに仕上げているし、フィリアのまとう雰囲気とは真逆と言ってもいい。
「陛下は華やかさや女性らしさを好んでいますわ。みなさまもそう思いますでしょう?」
(自分こそが陛下に愛されているとでも言いたいのかしら?)
しかしそんな牽制はディアナにとって痛くも痒くもなかった。
だから。
(望み通りの反応なんてしないわよ)
こちらを見下すようなフィリアに対して、ディアナはゆっくりと口を開いたのだった。
それが許されているのは皇族のみだ。
つまり王宮内で開かれるお茶会に従者を連れて参加できるのはイーサンとディアナだけのはずである。
お茶会の会場である王宮の中庭に着いて、ディアナはサッと当たりを見回した。
その場には十人ほどのご令嬢とフィリア、そしてフィリアの後ろに侍女が一人と騎士が三人控えている。
(あの者たちはこの前回廊で遭遇した人たちね)
そもそもフィリアは立場的に侍女も騎士もそばに控えさせることはできないはず。
ホスト側として客をもてなすために侍女が必要な場合は声は届かないが指示は確認できるくらい離れた位置に待機しているものである。
(フィリア様がご自分の立場を理解できないのはこういった待遇のせいもあるのでしょうね)
言うまでもない、それはイーサンの責任だ。
仮に愛妾を自身のそばに置くにしても、その女性に自分の立場をきちんと認識させておけは問題は起こらないのだから。
(まぁ、元々愛妾ではなく皇后にしようと考えているわけだし、皇后と同様に遇することによって既成事実を作ろうとしているのかしら?)
そう思いながら見れば、ディアナの席はフィリアから一番遠い場所に用意されている。
一つの大きな長テーブルの一番上座である奥正面にフィリアが座り、左右の席にはそれぞれ五人ずつ令嬢が腰掛けていた。
そしてディアナの席はフィリアの逆サイドだ。
通常ホストは親しくしている者や一番もてなすべき相手を自身の近くの席に配置する。
つまりこの席順ではディアナは一番末席扱いといえた。
「あら。ディアナ様。来ていただけたのですね。ずいぶん遅いので、出席の返事をされているにもかかわらず何のご連絡もなしに欠席されるのかと思っていたところですわ」
赤と黒のレースの扇を口元に広げながらフィリアが言う。
(指定の時間は午後三時。もちろん遅れてはいない)
そこで考えられることは一つだけだ。
(私にだけ遅い時間を知らせてきたってことね)
そして連絡もなしに遅刻する非常識な王女と周りに思わせたかったのだろう。
「ごきげんよう、フィリア様。こちらにかけても?」
ディアナを軽んじた非常識な対応だから、当然「招待ありがとう」などとは言わない。
「ところで、招待状はフィリア様直々にしたためていただいたのかしら?」
「もちろんですわ。ディアナ様にご出席いただけると聞いて喜んでいたのですが……まさかこんなに遅れていらっしゃるなんて。やはり私のことが気に入らないんですね……」
そこまで言うとフィリアは悲しげに目を伏せた。
はたから見れば陛下の婚約者に虐げられる寵姫に見えるかもしれない。
「そう。それでしたら、今後招待状を出される際には間違いがないか内容を再度確認するようにした方が良いかと思いますわ」
「どういう意味でしょう?」
フィリアの眼差しに険が立つ。
「お茶会の開始時刻に誤りがあったようですので」
そう言うと今度はディアナが悩ましげなため息をついた。
「いやですわディアナ様。私も招待状を出す際にはきちんと確認しております。間違っているなんてことはないかと」
「では確認されますか?」
「え?」
驚きの表情を浮かべるフィリアに、ディアナは優しげに微笑みかける。
「フィリア様からのご招待は初めてでしょう? 何か間違いがあるといけないと思いまして、招待状も持参しておりますの」
お茶会の招待状は持参してもしなくてもどちらでもいいものだ。
しかし多くの令嬢、貴婦人はわざわざ持ってくることなどしない。
なぜなら令嬢も貴婦人も自身のスケジュールは侍女に任せていることが多いからだった。
出席の返答をした時点でその予定を侍女が管理するため、わざわざ招待状を持ってくる必要がないというのが一番の理由だろう。
「そ……それは……」
心なしか青ざめてフィリアが言葉に詰まった。
(なんて杜撰な計画なのかしら)
そう思いながら、しかしここでフィリアをやり込めるつもりはないのでディアナはそれ以上の追求を控える。
「せっかくのお茶が冷めてしまいますわね」
気を取り直してそう言うと、ディアナはカップに口をつけた。
お茶を淹れたのは回廊で遭遇したあの侍女だ。
フィリアを優先して当然とでもいうような対応をした侍女ではあるが、さすがに王宮に勤めるだけあってお茶の味は素晴らしかった。
ディアナがそれ以上招待状に言及することなくお茶を飲み始めたからか、フィリアは話題を変えるべく話し始める。
「そうそう、このドレスは陛下にプレゼントしていただいたものですのよ」
フィリアのドレスは今帝国で流行っているというマーメイドラインのドレスだ。
派手な真紅のドレスにゴールドのネックレスとイヤリングをしている。
おそらくアクセサリーにイーサンの色を取り入れたのだろう。
見る限り他のご令嬢方はエンパイアラインのドレスだろうか。
全体的にどのご令嬢もはっきりとした色のドレスを身につけていた。
対するディアナは薄紫でふんわりとした色合いのドレス。
シルクをふんだんに使って全体的にふわふわとした感じに仕上げているし、フィリアのまとう雰囲気とは真逆と言ってもいい。
「陛下は華やかさや女性らしさを好んでいますわ。みなさまもそう思いますでしょう?」
(自分こそが陛下に愛されているとでも言いたいのかしら?)
しかしそんな牽制はディアナにとって痛くも痒くもなかった。
だから。
(望み通りの反応なんてしないわよ)
こちらを見下すようなフィリアに対して、ディアナはゆっくりと口を開いたのだった。
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