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皇弟の来襲

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 フィリアと思わぬ遭遇をした夜。
 ディアナは寝支度を整えた後リリとルラを下がらせてから寝室の椅子に腰かけて外を見ていた。

 ちょうど今日は満月だ。
 
 枕元の灯りだけが灯される室内は薄暗い。
 しかしテラスに通じる窓から月明かりが煌々と差し込んでいた。

 月の女神『ルナリア』の力は満月の時に一番強くなる。
 フォルトゥーナの王族はその影響を受けることが多かった。
 つまり、いつにも増して勘が冴える日でもあるということだ。

 何かに誘われて、ディアナは窓を開けてテラスに歩み出る。
 全身に月明かりを浴びるとその光が体を満たしていくかのようだった。

「良い月明かりですね。ディアナ嬢」

 不意にどこからか声をかけられ、ディアナはビクッとその身を縮ませる。
 辺りを見回せばすぐ目の前の大木の大きな枝に人影が見えた。

 「誰?」

 名指ししてきたということは、相手はディアナを知っている。
 
 「こんなところから失礼。初めてお目にかかります。ユージン・ウィクトルです」

 ユージン・ウィクトル。
 ウィクトル帝国の王弟の名前だ。
 そう気づいてよくよく見れば、金色の髪とエメラルドの瞳は皇帝であるイーサンと同じだった。

「なぜそんなところに?」
「月に誘われて、麗しの花を愛でに」
 芝居がかったキザな物言いではあったが、それすらも似合ってしまう雰囲気がユージンにはあった。

 皇帝と同じ色合いを持ちながらしかし彼の造形はより洗練されている。
 よく見ればその色味も皇帝と比べてさらなる深みを持っていた。
 不安定な枝の上に腰かけているにもかかわらず、彼には何の心配もないように思える。
 見た目以上に筋肉があることがそのことからもうかがえた。

「不法侵入ということで近衛騎士を呼んでも?」
「侵入はしていませんよ」

 たしかに、ユージンがいるのはテラスの先の大木の上。
 テラスに足を踏み入れていない限り「侵入していない」と言えなくもなかった。

「初めての挨拶にここはふさわしくないと思いますわ」
「残念ながら兄上からあなたを紹介していただくことが難しいようなので」

 飄々と告げながらもその瞳は言い知れない光を宿している。
 今までディアナが出会ってきた人たちの中でも、ユージンは何を考えているのか読めない相手だと思った。

「月の女神に愛されたフォルトゥーナ国の王女。その髪の毛は月の光のような銀糸だと言われているのは本当ですね」

 いったいユージンの目的は何なのか。
 ディアナは注意深く観察していく。

「褒めていただけるのは嬉しいですが、言い過ぎですわ」

 (月の女神に愛された王女……ね)

 何の気なしに言われた言葉がディアナの中にシンッとした静寂を連れてくる。

「自分の魅力に本人が一番気づかないこともあるとはよく言ったものですが、あなたもそうだとは」
「必要以上のお世辞はその裏に何か別の考えを秘めているのではないかとの疑念を抱きますわよ」

 ディアナの言葉にユージンがおかしそうに小さく笑う。

「ディアナ嬢は自己評価が低いようですね」
「私はイーサン殿下の婚約者であり、皇后となる身です。そのように軽々しく呼ばれるのは困りますわ」
「嫌、ではなく困るんですか?」

 まるで言葉で戯れるようなユージンの物言いにつかの間ディアナは困惑した。
 
(裏の意図のある会話であれば困らないのに。何を考えているのか、ここまで読めない人は珍しい。……苦手な相手ね)

「義姉上とお呼びしてもいいのですが、どう見てもあなたは私よりも年下ですし違和感が拭えず……。せめて正式に兄上と婚姻するまではお許しください」

 そこまで言うと、ユージンはヒラリと枝から飛び降りた。

「えっ!」

 思わず驚きの声を上げたディアナは急いでテラスから下をのぞき込む。
 ディアナの部屋は二階だ。
 つまりユージンは二階相当の高さから飛び降りたことになる。
 
 見下ろした先で、しかしユージンは何事もなく立ち上がるとヒラヒラと手を振った。

「ひとまず今日はお目にかかることが目的だったので。ぜひまた月夜の歓談におつき合いください」

 それだけ言うとユージンはあっという間に姿を消した。

「いったい何だったの……」

 ユージンの目的も考えていることもまったくわからない。
 半分呆然としながら呟いて、ディアナはユージンの消えていった方をしばらくじっと見つめていた。
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