【受賞&書籍化】転生した悪役令嬢の断罪(本編完結済)

神宮寺 あおい@受賞&書籍化

文字の大きさ
上 下
191 / 204

悪役令嬢は指摘される

しおりを挟む
その日私はまたもや朝からダグラスの奇襲を受けていた。

いやだから、本人が現れる直前に届く先触れは先触れじゃないって言ってるでしょー!

しかも、だ。
ダグラスは三人の女性を伴い大量の布地を手にやってきた。
ついでに言うと午後には宝石商が来るらしい。

「いったいどういうことかご説明いただいても?」

私の額にも青筋が立つというものだ。

「王妃の事件があり、国内の安定のためにもなるべく早く立太子してエレナ嬢との婚約式を挙げるべきだという陛下のお達しがあってだな」

陛下の思惑に乗るのはいささか腹が立つが、エレナ嬢と正式に婚約できるならそれ自体は早くしたい、とダグラスは言う。

うっ……。
そりゃあ私だってダグラスとの婚約を早めにすることはやぶさかではない。

「陛下は立太子の儀と婚約式を同日に行うつもりだ。本来であればどちらも時間をかけて用意をするべきなのだが……まぁ事情が事情だからな。エレナ嬢には申し訳ないが、あまり凝ったことはできないかもしれない」

いや、私は元庶民。
正直大々的にやるよりも小ぢんまりと済ませたいところなのでその点は問題なかった。

「その分、結婚式の方は盛大に執り行うつもりだ」
「結婚式はいつ頃に?」
「そうだな……王族の結婚でもあるし、周辺国への周知も必要となるから……今のところエレナ嬢が学園を卒業してすぐくらいか?まぁ、状況によっては早まることもあるかもしれない」

へぇそうなんだ……と思ってしまう私は当事者感が欠けていると言われてしまうだろうか。

でもねぇ。
まったく想像がつかないんだもん。

「で、だ。まずは時間がかかるであろうドレスからと思って今日はドレスショップのデザイナーを連れてきた」

ダグラスが一緒に連れてきた三人の内、一番年嵩であると思われる女性が一歩前に出る。

「婚約式のドレスを請け負うことになりました『アンジュ』のデザイナーを務めております。本日は貴重な機会をいただきまして感謝申し上げますわ」

以前クレアとソフィ、そしてジェシカと一緒に行った老舗のドレスショップ。
ウェルズ家も御用達にしているが、当然王家も懇意にしているのだろう。
前回行った時に対応してくれたデザイナーよりも少し年上に見えるし、この女性が筆頭デザイナーなのかもしれない。

「こちらこそよろしくお願いしますわ」

私の返事を合図に、後ろの二人の女性が運び込んだ多くの布地を広げていく。

「ダグラス殿下も一緒に選ぶのかしら?」

さすがに他の人の目がある前でダグラスを呼び捨てにする勇気は私にはなかった。
呼ばれたダグラスが何となく居心地が悪そうなのは気のせいだろうか。

そんなダグラスは、ウェルズ家の応接間のソファに座ったまま動く気配もない。

「衣装はそろえる予定だからな。今日はエレナ嬢の衣装選びにつき合うつもりだ」

そんな笑顔で言われてもねぇ。
もしや公務の忙しさから逃げてきたのでは?

私の疑いの眼差しに気づいたのか、ダグラスが心外だとでもいうような顔をする。

「エレナ嬢、何事も根を詰めるのは良くない。そして適度な休憩は必要だ」
「それで?」
「ここのところ公務に忙殺されている俺に、癒しを与えてくれてもいいのでは?」

癒し……。
エレナの衣装選びが、癒し?

前世では男性が女性の買い物につき合うのは時間が長くかかるから嫌だという話も聞いたものだけど。
んー……でも最近の若者はそうでもなかったかも?
街中でもカップルで仲良く買い物をしている姿を見かけたし。

なんて、どこかのおばちゃんかというような感想を持ってしまうのは、私にショッピングを楽しんだ過去がないからだ。

お金、無かったしね。

自分にかかるすべての費用を自分で賄っていた私としては、ファッションは優先順位が低かった。

あー、でも!
エレナの衣装を選ぶのは楽しいかも。
なぜなら、エレナは鏡を見るのが楽しみになってしまうレベルの美人だから!
そしてクレアには負けるけれどなかなかのナイスバディである。

きっとどんなドレスでも着こなせるだろう。

そう思うと俄然興味が湧いてきた。

「ダグラス殿下の癒しになるかどうかはわかりませんが……せっかくなのでいろいろ見せていただきたいですわ」

というわけで見せてもらいましたとも。
それはもう、今までこれほどたくさんの生地を見ただろうかというほどあらゆる種類の生地を。

その中でいくつか興味を惹かれた生地はあったけれど、私は特にそれを伝えることはしなかった。

ダグラスの意見も取り入れていくつかの候補をあげたところで、ひとまず今日のところはお開きらしい。

「それでは、今日お選びいただいた生地で何点かデザインを起こしますので、出来上がり次第お届けにあがります」
「よろしくお願いしますわ」

そんなやり取りを経て、女性三人は帰っていった。
そして入れ替わりに宝石商がやって来る。

息を吐く暇もない感じよね。

そう思いながらも、今度は婚約式に必要なアクセサリーの紹介を受けた。
基本的に必要なのはネックレスとイヤリングのセットだろう。
たいていは相手の髪や瞳の色に合わせて選ぶから、この場合ダグラスの色である黒を基調とすることになる。

グラント国には婚約時に指輪を送ったり、結婚式の時に指輪を交換する習慣はない。
正直、前世でも結婚どころか恋人すら縁遠かった私にしてみれば指輪の交換には憧れめいた気持ちがあった。

とはいえ、ここでそんなことは言えないしね。

そんなことを思いつつ多くの宝石を見せてもらい、結局こちらも次回までに新しいデザインを起こすことで話がまとまった。
ドレスとの兼ね合いもあるからそこのすり合わせも必要だろう。

そうして夕方にやっと私は解放されたのである。

高位貴族のご令嬢って舞踏会のたびにドレスを新調したりするんだよね?
毎回一から作っていたら疲れないものなのだろうか。

とりあえずエレナはまだ学生の身だから正式に舞踏会に参加するのは学園卒業後だ。
以前クレアたちとショップに行った時は自分のドレスだけでなくジェシカのドレスを選んだりとそれはそれで楽しかったけれど。

今回は正式にダグラスの婚約者としてお披露目する時に着るドレスだから気が抜けない。

そんなことを思いながら、私はメアリの入れてくれた紅茶を飲んでいる。
すぐ隣にはダグラスが腰かけていてその距離の近さにドキドキしているのは秘密だ。

「エレナ嬢は、ドレスにしろアクセサリーにしろ何か希望はないのか?」
「どれも素晴らしい生地やアクセサリーでしたから、特には」
「そうか……」

不意にダグラスの言葉が途切れて、私はその横顔を見上げた。

「……エレナ嬢の意志は……どこにあるんだろうな?」
「……え?」

ダグラスの漆黒の瞳と目が合う。

「たいていの貴族のご令嬢はあれが欲しいこれが欲しい、もしくはあれがしたいこれがしたいと言いがちなものだろう?特に親や婚約者には甘える者が多い。でもエレナ嬢は違う」

それは、ご令嬢にはわがままな性格の者が多いということだろうか。

「人の意見はきちんと聞くし、周りの者の様子をよく見て困っている人には手を差し伸べる。人に嫌われようとも必要があれば助言や忠告もする」
「それは……いけないことかしら?」
「いや。ただ……人のことばかりでエレナ嬢の気持ちが見えないと思ったんだ」

私の、気持ち?

「そうだな……学園に入学する数ヶ月前までのエレナ嬢は、それでもまだ自分の意思や思いが見えやすかったように思う。それこそライアンへのわだかまりも含めて」

ダグラスが手に持っていたカップをソーサーに戻すとテーブルの上に置く。

「今のエレナ嬢は気持ちを隠しているのか、それとも無意識に表に出すことを抑制しているのか、どちらなんだろうな?」

感情を、抑制している。

それは、私の中のパンドラの箱を開く呪文のよう。
抑制を外してしまったら箱が開いてしまうから。

それは開けてはならないもの。

だから、触れないで欲しい。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

妻の死で思い知らされました。

あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。 急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。 「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」 ジュリアンは知らなかった。 愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。 多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。 そしてクリスティアナの本心は——。 ※全十二話。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください ※時代考証とか野暮は言わないお約束 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

処理中です...