【受賞&書籍化】転生した悪役令嬢の断罪(本編完結済)

神宮寺 あおい@受賞&書籍化

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悪役令嬢は最後の言葉を告げる

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「どちらでもないと?」
「ええ」

私は顔を上げ、真っ直ぐにライアンを見た。

「ライアン殿下、私は殿下が正しき道を外れていたのを知りながらその行動も態度も諫めませんでしたわ。そのことについてはお詫び申し上げます」

本来であれば、エレナはライアンが起こしたさまざまな問題行動を正す必要があった。
それは王太子妃に、ひいては王妃に求められる能力の一つでもあるからだ。

学園へ入学してからのエマとのことだけではない。
そもそも、本来は王太子がやらなければいけない執務をエレナが代行していたのも褒められた行為ではなかった。

もちろんエレナも最初はライアンを促していた。
言い方を変えたり、気持ちが向くように仕向けたり、それなりの努力はした。
それでもライアンがやる気にならず、そうこうしている内に執務はどんどん溜まっていく。

そして諦めてしまったのだ。
ライアンを動かすよりも自分でこなしてしまった方が楽だったから。

最初はライアンもそのことを気にはしていた。
多少は自身でも仕事にたずさわる様子も見せた。
しかしライアンが執務をこなすよりもエレナがやった方が明らかに早く正確に終わることに気づいてしまってから、ライアンは何もしなくなった。
次第にその歪んだ関係は当たり前となり、周りもエレナに仕事を持ってくるようになっていく。

その現実はいたくライアンの自尊心を傷つけただろう。

でも、だからといってエレナにどうしろというのか。
エレナだってライアンと同じ年の子どもでしかなかったのに。

ライアンに合わせてできないふりをすればよかったのか。
でもそれは王妃が許さなかった。
ライアンに足りない部分があるからこそエレナが選ばれたのだと、ことあるごとに言い聞かせてさらなる努力を要求した。

そうして段々と、幼くして王太子の婚約者に選ばれた誇りも、ライアンと初めて会って覚えたトキメキも、さまざまなことをちゃんとこなさなければいけないと思う義務感も、すり減ってすり減って……。

無くなってしまったのだ。

それからエレナはライアンに対して何も言わなくなった。

ただ、それが正しい行動ではないと心の底ではわかっていたから。
きっとエレナは苦しんだはずだ。

もしかするとその苦しい思いがこの世界とは別の世界で生きていた私を呼んだのかもしれない。

だから、私はエレナの代わりに謝罪する。
それが心残りだったのではないかと思うから。

私の言葉を聞いたライアンは、虚をつかれたような顔をした。
思ってもみない言葉を聞いたのだろう。

「私はライアン殿下の婚約者に選ばれて以降、血の滲むような努力をしてきましたわ。それを殿下はわかってくださっていたのでしょうか?」
「……」
「王太子の執務として持ち込まれる仕事を、何の苦もなくこなしていたとお思いですか?」
「……」
「殿下の婚約者という立場でありながら、エマ様に見下すような態度を取られて何も感じなかったと?」

私が言葉を発すればするほど、ライアンの視線は下がっていった。

「私は……」

一言だけ呟いて、ライアンは苦しげに顔を歪ませる。

「殿下は生まれながらの王族です。かしずかれて当然の環境だったでしょう。だからといってその立場に胡座をかいていいわけではありませんわ。そのことがおわかりにならなかったから今の状況にあるのです」
「しかし、母上がそれでいいと、執務もすべてエレナ嬢や他の側近にやって貰えばいいと言っていたから!」
「人のせいにするのはいい加減にしてくださいませ!」

エレナは今までライアンに対して声を荒らげたことはない。
そのエレナの厳しい言いように驚いたのか、ライアンが弾かれたように顔を上げる。

「ライアン殿下、これが私が申し上げる最後の忠告ですわ」

半ば睨むようにライアンの目を見据えて、私は言った。

「自分の人生の責任を取るのは自分自身です。言い訳ばかりで何もしないままでいいのか、よくお考えになった方がよろしいと思いますわ」

そして私は椅子から立ち上がる。
入り口の方へ向かおうとして、一つ言い忘れていたことに気づいた。

「ライアン殿下が頼りにしている王妃殿下ですけれど、多くの罪を犯して今では地下牢の中ですわよ」

半分振り返ったような状態で言い、私は今度こそライアンに背を向ける。

「あ……あああああ!!」

背後からライアンの叫び声が聞こえた。
その声に含まれるのは後悔の思いかそれとも頼る先を失った絶望か。
どちらであってももう私には関係ない。

これでいいよね?

私は心の中でエレナに問いかける。

エレナは十分頑張った。
その時々でできる限りのことをやってきたのだから。

だからもう苦しまないで欲しい。

『ありがとう』

そう思った瞬間、微かな声が聞こえて身体の中を温かい風が通り抜けていったような気がした。
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