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悪役令嬢は見届ける
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多くの人の視線というのは時として物理的な圧力を感じかねないものだと思う。
しかし入口から入って来た人物にとって、人々の視線など塵のようなものなのかもしれない。
繊細な刺繍を施されたフロックコートに身を包み、豪奢なマントを翻しながら堂々とした態度で歩むその姿にはすでに王族としての風格が備わっているようにも見えた。
「あれは……ダグラス様では?」
「エレナ様の専属護衛の?」
「最近はあまりお見かけしなかったけれど……」
ヒソヒソとした声は主に学園に通う女生徒から発せられている。
ダグラスはエレナの専属護衛として一緒に登校していた。
レオが護衛として増え、さらに最近は今日のための準備で足が遠のいていたが、それでも生徒たちにとっては見知った人物である。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
王妃と同じ位置まで進むと、ダグラスは綺麗なボウアンドスクレープを披露する。
粗野な言動に隠されていたが元々ダグラスの容姿は整っている。
側妃譲りの黒髪に覗きこむとどこまでも吸い込まれそうな黒瞳。
護衛をしているだけあって体は鍛えられており、背も高い。
考えてみれば見た目からしてダグラスとライアンは正反対だ。
ライアンだって容姿は整っていたし背だって低いわけではない。
体は特別に鍛えてはいなかったが最低限の鍛錬はしていただろう。
しかし、ダグラスとライアンでは人としての重みの違いが雰囲気にも表れている。
温室の中でぬくぬく育てられたライアンと、外で荒波に揉まれていたダグラスと。
違いが出るのは仕方のないことだろう。
「皆に紹介しよう。この者は余と側妃との間に生まれた第一王子、ダグラス・グラントだ」
第一王子。
この場にいるほとんどの者達が知らなかった存在。
誰もがライアンを第一王子と思っていたところに突如現れた王子。
会場内に本日何度目かのどよめきが上がる。
そんな騒がしい中で、王妃だけが違った。
食い入るように隣に立つダグラスを凝視するその視線は、ともすると人を射殺せるのではないかと思わせるほどだ。
「陛下、この者が王子だという証拠はあるのでしょうか?そもそも、側妃殿下は子を産んでいないはずでは?」
バッと扇を広げて口元を隠すと王妃がそう声を上げた。
隠さなければならぬほど、その口元は歪んでいる。
ちょうど王妃の横顔が見える位置に立っていた私にはその表情も余すことなく視界に入った。
それと同時に、近くにいるからこそ感じるのは陛下の静かなる怒りだ。
その怒りが表に出ているわけではない。
はたから見れば陛下はいつも通り冷静な顔をしている。
しかし隠しきれない怒気がその体から漏れていた。
「王妃よ。お前は王家に産まれた子に現れる特徴を知っているであろう?」
陛下の言葉に王妃がハッとする。
王妃だって正統なる王族の体には王家の紋章の痣が現れることは知っているはずだ。
それすらも突然現れた第一王子に対する動揺によって忘れてしまったというのだろうか。
「他の者たちもよく聞くがいい。そこにいるダグラスは間違いなく余の子どもである。詳しくは王家の秘匿事項であるため公にできないが、ダグラスが王子であることは証明されている」
陛下の言葉に、ダグラスの存在そのものを訝しんでいた者たちは一応は納得の表情を見せる。
「側妃が子を産んだこともまた事実だ。ダグラスの名は王家の系譜にも記載されている。また、出産時に立ち会った医師、そして侍女からも証言が取れておる」
ダグラスが正式に第一王子として認められているのならば。
人々の関心はここで一気に国の後継者に関することに集約される。
「さて。とはいえ皆はなぜ今までダグラスが公の場に出てこなかったのか、そもそも第一王子として発表されなかったかが気になることだろう」
陛下はじっと王妃の表情を観察している。
すべてのことを見落とすことなく確かめるように。
「王妃、そう思わないか?」
「それは……」
王妃の口から乾いた声が漏れた。
陛下は声を荒げることなく、穏やかにしかし確実に王妃を追い詰めていく。
「皆には先ほど周知せねばならぬことがあると伝えた」
王妃から視線を外し、陛下はまた語りかけるように話し始める。
「今日ここで余にはつまびらかにしたい真実がある」
陛下の言葉に王妃の体がそれとわかるくらいビクッと揺れた。
「十五年前、側妃が亡くなった際に王宮は病死と公表した。しかし今日、その発表は偽りだったとして取り下げよう。また、余の結婚に先立ち側妃の父である侯爵家当主が襲われた事件に関して、犯人が判明したことをここに発表する」
侯爵家当主が暴漢に襲われて亡くなった事件は、この会場に集まった者の中でもそれこそ各家の当主世代しか知らない事件だろう。
現在学園に通う生徒たちはそこまでのことを学ばない。
しかし当時は相当話題となった事件だったのは確かだ。
度重なる衝撃の事実の発覚に、常日頃は落ち着いている当主たちでさえもざわつくのが抑え切れなかった。
王の御前であることさえも忘れてしまったかのような場内の様子を、しかし陛下は咎めることなく眺めている。
そしてそれぞれが落ち着きを取り戻した頃を見計らい、さらなる事実を告げるのだった。
「侯爵家当主暴漢事件の首謀者、そして側妃毒殺事件の首謀者について、グラント国第一王子であるダグラス・グラントの告発を受ける」
しかし入口から入って来た人物にとって、人々の視線など塵のようなものなのかもしれない。
繊細な刺繍を施されたフロックコートに身を包み、豪奢なマントを翻しながら堂々とした態度で歩むその姿にはすでに王族としての風格が備わっているようにも見えた。
「あれは……ダグラス様では?」
「エレナ様の専属護衛の?」
「最近はあまりお見かけしなかったけれど……」
ヒソヒソとした声は主に学園に通う女生徒から発せられている。
ダグラスはエレナの専属護衛として一緒に登校していた。
レオが護衛として増え、さらに最近は今日のための準備で足が遠のいていたが、それでも生徒たちにとっては見知った人物である。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
王妃と同じ位置まで進むと、ダグラスは綺麗なボウアンドスクレープを披露する。
粗野な言動に隠されていたが元々ダグラスの容姿は整っている。
側妃譲りの黒髪に覗きこむとどこまでも吸い込まれそうな黒瞳。
護衛をしているだけあって体は鍛えられており、背も高い。
考えてみれば見た目からしてダグラスとライアンは正反対だ。
ライアンだって容姿は整っていたし背だって低いわけではない。
体は特別に鍛えてはいなかったが最低限の鍛錬はしていただろう。
しかし、ダグラスとライアンでは人としての重みの違いが雰囲気にも表れている。
温室の中でぬくぬく育てられたライアンと、外で荒波に揉まれていたダグラスと。
違いが出るのは仕方のないことだろう。
「皆に紹介しよう。この者は余と側妃との間に生まれた第一王子、ダグラス・グラントだ」
第一王子。
この場にいるほとんどの者達が知らなかった存在。
誰もがライアンを第一王子と思っていたところに突如現れた王子。
会場内に本日何度目かのどよめきが上がる。
そんな騒がしい中で、王妃だけが違った。
食い入るように隣に立つダグラスを凝視するその視線は、ともすると人を射殺せるのではないかと思わせるほどだ。
「陛下、この者が王子だという証拠はあるのでしょうか?そもそも、側妃殿下は子を産んでいないはずでは?」
バッと扇を広げて口元を隠すと王妃がそう声を上げた。
隠さなければならぬほど、その口元は歪んでいる。
ちょうど王妃の横顔が見える位置に立っていた私にはその表情も余すことなく視界に入った。
それと同時に、近くにいるからこそ感じるのは陛下の静かなる怒りだ。
その怒りが表に出ているわけではない。
はたから見れば陛下はいつも通り冷静な顔をしている。
しかし隠しきれない怒気がその体から漏れていた。
「王妃よ。お前は王家に産まれた子に現れる特徴を知っているであろう?」
陛下の言葉に王妃がハッとする。
王妃だって正統なる王族の体には王家の紋章の痣が現れることは知っているはずだ。
それすらも突然現れた第一王子に対する動揺によって忘れてしまったというのだろうか。
「他の者たちもよく聞くがいい。そこにいるダグラスは間違いなく余の子どもである。詳しくは王家の秘匿事項であるため公にできないが、ダグラスが王子であることは証明されている」
陛下の言葉に、ダグラスの存在そのものを訝しんでいた者たちは一応は納得の表情を見せる。
「側妃が子を産んだこともまた事実だ。ダグラスの名は王家の系譜にも記載されている。また、出産時に立ち会った医師、そして侍女からも証言が取れておる」
ダグラスが正式に第一王子として認められているのならば。
人々の関心はここで一気に国の後継者に関することに集約される。
「さて。とはいえ皆はなぜ今までダグラスが公の場に出てこなかったのか、そもそも第一王子として発表されなかったかが気になることだろう」
陛下はじっと王妃の表情を観察している。
すべてのことを見落とすことなく確かめるように。
「王妃、そう思わないか?」
「それは……」
王妃の口から乾いた声が漏れた。
陛下は声を荒げることなく、穏やかにしかし確実に王妃を追い詰めていく。
「皆には先ほど周知せねばならぬことがあると伝えた」
王妃から視線を外し、陛下はまた語りかけるように話し始める。
「今日ここで余にはつまびらかにしたい真実がある」
陛下の言葉に王妃の体がそれとわかるくらいビクッと揺れた。
「十五年前、側妃が亡くなった際に王宮は病死と公表した。しかし今日、その発表は偽りだったとして取り下げよう。また、余の結婚に先立ち側妃の父である侯爵家当主が襲われた事件に関して、犯人が判明したことをここに発表する」
侯爵家当主が暴漢に襲われて亡くなった事件は、この会場に集まった者の中でもそれこそ各家の当主世代しか知らない事件だろう。
現在学園に通う生徒たちはそこまでのことを学ばない。
しかし当時は相当話題となった事件だったのは確かだ。
度重なる衝撃の事実の発覚に、常日頃は落ち着いている当主たちでさえもざわつくのが抑え切れなかった。
王の御前であることさえも忘れてしまったかのような場内の様子を、しかし陛下は咎めることなく眺めている。
そしてそれぞれが落ち着きを取り戻した頃を見計らい、さらなる事実を告げるのだった。
「侯爵家当主暴漢事件の首謀者、そして側妃毒殺事件の首謀者について、グラント国第一王子であるダグラス・グラントの告発を受ける」
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