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悪役令嬢は逆襲する
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「このところいわれなき言いがかりをつけられることが多くありまして、私としましても困っておりましたの」
言いながら取り出した記録のアーティファクトは片手で持つことのできるサイズだ。
「皆さまこちらをご覧になっていただけますかしら?」
アーティファクトから光が放たれ、空中にホログラムのような映像が映し出される。
『私を呼び出したのはエマ様ですのね』
そう言った私の言葉を皮切りにエマと私のやりとりが再生された。
ライアンの婚約者なのに彼を立てていない。
ダグラスを顎でこき使ってさらには毒牙にかけようとしている。
二人にとってエレナは迷惑な存在だ。
嫌われ者の婚約者として大人しくしていろ。
可憐なヒロインとは思えないような歪んだ顔で、エマはエレナに難癖をつけるように絡んでいる。
今エマの隣に寄り添っているライアンですら驚きの表情を浮かべているということは、好意的に見ている者であってもあのエマは醜悪ということだろう。
先ほどまではざわついていた会場内も一気にシンとなり、静寂の中で映像は続いていく。
そしてエレナが去ってからの場面に変わった時だった。
「そんなの何の証拠にもならないわ!止めなさいよ!!」
エマの金切り声が辺りに響き渡る。
アーティファクトを止めるためかこちらに飛びかかってこようとするエマを、壁際に控えていたレオが素早く近づいて拘束した。
「放して!!」
エマが暴れレオがそれを押さえ込もうとしたところをライアンが止める。
そうこうしているうちに映像ではエマが自分の制服のポケットからハンカチを取り出して地面に放り投げ、悲鳴を上げて池に倒れ込んだ姿が映し出された。
さらには駆けつけた男子生徒二人とのやり取り、そして三人が校舎に去っていくまでの映像が流れる。
さっきまで以上に異様な静寂が辺りを包んだ。
誰もが言葉を失ったかのように沈黙している。
「これがエマ様とのやり取りの一部始終ですわ」
私の声に場を満たしていた静寂が破られた。
「どういうことですの!?」
「そもそも呼び出したのはエマ様でしたわ!」
「エマ嬢が自分でハンカチを放り投げてたぞ!」
「それを言うなら池にも自ら倒れ込んでたじゃないか!」
会場内は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
エマはと見れば血の気の引いた顔で、体の横で握った拳がブルブルと震えていた。
「お静かに!!」
私が声を上げると騒いでいた生徒たちが少しずつ大人しくなる。
「ご覧いただいたように、エマ様がおっしゃっていたことはすべて嘘だとおわかりいただけたかしら?」
私はライアンの目を真っ直ぐに見て言う。
「ライアン様。たとえ王命であろうとも、そこに個人的な感情が無かろうとも、婚約を結んだ者同士であればお互いを尊重する姿勢は大切だと思いますわ」
言葉を一度区切って、さらに続けた。
「私は将来ライアン様をお支えするために多大なる努力をしてまいりました。それは紛れもない事実です。その過程においてライアン様としっかりとしたコミュニケーションの時間が取れなかったことはお詫びいたします」
エレナは器用な方ではなかったから、王太子妃教育を何とかこなすことで精一杯だった。
だからライアンがどう思っているのか、どうしたいのかまで気を回せなかったのだろう。
もちろん、それは一方的にエレナにだけ求められたものではなく、ライアンだってエレナに歩み寄ったり寄り添う必要があったのだ。
でもお互いにそれができなかったから。
この結果は仕方のないことなのかもしれない。
「ただ、私はライアン様の婚約者として恥じる行いは何もしておりません」
そう。
エレナには何の非もない。
「ライアン様、事実をきちんと確認すること、順序や礼節を守ることは当たり前のことですわ。婚約者がいる身でありながら他の女性と懇意になることは恥ずべき行いです。もしエマ様とおつき合いしたいのであれば、先に私との婚約を解消すればよろしかったのです」
ライアンに対してはっきりと物申せる人はもう近くにいないのだろう。
だからこれはかつてのエレナからの最後の忠告だ。
そして私は告げる。
ライアンと訣別する言葉を。
「私はライアン殿下との婚約を破棄いたします」
婚約破棄を『受け入れる』のではない。
こちらから破棄するのだ。
選ぶのはライアンではなくエレナの方。
「私からの婚約破棄を受け入れるということだろう?」
どことなく悔しげに顔を歪めてライアンが言う。
自分から言い出したことなのに、なぜあんな顔をするのか。
「いいえ。受け入れるのではありません。私自らの意思で婚約を破棄するということです」
「お前は!王命を何と心得る!」
いまさら『王命』だなんてどの口が言ってるのだか。
「エレナ様が女としてあたしより劣るからライアン様が心変わりしたのよ!」
こちらはこちらでつける薬がない状態だ。
さて。
言いたいことは言ったけど、この事態を収拾するのは骨が折れそうね。
そして私は螺旋階段の上にチラリと視線をやる。
きっと会場に入る手前で私たちのやり取りを聞いていたのだろう。
階段の上に陛下が姿を現した。
本来貴族の婚約は家と家の契約。
つまり当主同士が契約を合意するものだ。
ライアンとエレナであれば陛下とウェルズ家当主の合意が必要。
裏を返せば破棄する場合も両者の承認が必須ということ。
それをライアンは独断で推し進めてしまったのだから、陛下の怒りはいかばかりか。
「エレナ・ウェルズ嬢の申し出を受け入れよう」
階上から重々しい声が響く。
突然の声に会場内の視線が一気に集まった。
そして声の主が陛下であるとわかった途端、皆が敬意を示してボウアンドスクレープとカーテシーをする。
陛下が許可したからにはウェルズ家の当主である父親は反対することはできまい。
かくして、長年結ばれていたエレナとライアンの婚約はこの場で破棄されたのだった。
言いながら取り出した記録のアーティファクトは片手で持つことのできるサイズだ。
「皆さまこちらをご覧になっていただけますかしら?」
アーティファクトから光が放たれ、空中にホログラムのような映像が映し出される。
『私を呼び出したのはエマ様ですのね』
そう言った私の言葉を皮切りにエマと私のやりとりが再生された。
ライアンの婚約者なのに彼を立てていない。
ダグラスを顎でこき使ってさらには毒牙にかけようとしている。
二人にとってエレナは迷惑な存在だ。
嫌われ者の婚約者として大人しくしていろ。
可憐なヒロインとは思えないような歪んだ顔で、エマはエレナに難癖をつけるように絡んでいる。
今エマの隣に寄り添っているライアンですら驚きの表情を浮かべているということは、好意的に見ている者であってもあのエマは醜悪ということだろう。
先ほどまではざわついていた会場内も一気にシンとなり、静寂の中で映像は続いていく。
そしてエレナが去ってからの場面に変わった時だった。
「そんなの何の証拠にもならないわ!止めなさいよ!!」
エマの金切り声が辺りに響き渡る。
アーティファクトを止めるためかこちらに飛びかかってこようとするエマを、壁際に控えていたレオが素早く近づいて拘束した。
「放して!!」
エマが暴れレオがそれを押さえ込もうとしたところをライアンが止める。
そうこうしているうちに映像ではエマが自分の制服のポケットからハンカチを取り出して地面に放り投げ、悲鳴を上げて池に倒れ込んだ姿が映し出された。
さらには駆けつけた男子生徒二人とのやり取り、そして三人が校舎に去っていくまでの映像が流れる。
さっきまで以上に異様な静寂が辺りを包んだ。
誰もが言葉を失ったかのように沈黙している。
「これがエマ様とのやり取りの一部始終ですわ」
私の声に場を満たしていた静寂が破られた。
「どういうことですの!?」
「そもそも呼び出したのはエマ様でしたわ!」
「エマ嬢が自分でハンカチを放り投げてたぞ!」
「それを言うなら池にも自ら倒れ込んでたじゃないか!」
会場内は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
エマはと見れば血の気の引いた顔で、体の横で握った拳がブルブルと震えていた。
「お静かに!!」
私が声を上げると騒いでいた生徒たちが少しずつ大人しくなる。
「ご覧いただいたように、エマ様がおっしゃっていたことはすべて嘘だとおわかりいただけたかしら?」
私はライアンの目を真っ直ぐに見て言う。
「ライアン様。たとえ王命であろうとも、そこに個人的な感情が無かろうとも、婚約を結んだ者同士であればお互いを尊重する姿勢は大切だと思いますわ」
言葉を一度区切って、さらに続けた。
「私は将来ライアン様をお支えするために多大なる努力をしてまいりました。それは紛れもない事実です。その過程においてライアン様としっかりとしたコミュニケーションの時間が取れなかったことはお詫びいたします」
エレナは器用な方ではなかったから、王太子妃教育を何とかこなすことで精一杯だった。
だからライアンがどう思っているのか、どうしたいのかまで気を回せなかったのだろう。
もちろん、それは一方的にエレナにだけ求められたものではなく、ライアンだってエレナに歩み寄ったり寄り添う必要があったのだ。
でもお互いにそれができなかったから。
この結果は仕方のないことなのかもしれない。
「ただ、私はライアン様の婚約者として恥じる行いは何もしておりません」
そう。
エレナには何の非もない。
「ライアン様、事実をきちんと確認すること、順序や礼節を守ることは当たり前のことですわ。婚約者がいる身でありながら他の女性と懇意になることは恥ずべき行いです。もしエマ様とおつき合いしたいのであれば、先に私との婚約を解消すればよろしかったのです」
ライアンに対してはっきりと物申せる人はもう近くにいないのだろう。
だからこれはかつてのエレナからの最後の忠告だ。
そして私は告げる。
ライアンと訣別する言葉を。
「私はライアン殿下との婚約を破棄いたします」
婚約破棄を『受け入れる』のではない。
こちらから破棄するのだ。
選ぶのはライアンではなくエレナの方。
「私からの婚約破棄を受け入れるということだろう?」
どことなく悔しげに顔を歪めてライアンが言う。
自分から言い出したことなのに、なぜあんな顔をするのか。
「いいえ。受け入れるのではありません。私自らの意思で婚約を破棄するということです」
「お前は!王命を何と心得る!」
いまさら『王命』だなんてどの口が言ってるのだか。
「エレナ様が女としてあたしより劣るからライアン様が心変わりしたのよ!」
こちらはこちらでつける薬がない状態だ。
さて。
言いたいことは言ったけど、この事態を収拾するのは骨が折れそうね。
そして私は螺旋階段の上にチラリと視線をやる。
きっと会場に入る手前で私たちのやり取りを聞いていたのだろう。
階段の上に陛下が姿を現した。
本来貴族の婚約は家と家の契約。
つまり当主同士が契約を合意するものだ。
ライアンとエレナであれば陛下とウェルズ家当主の合意が必要。
裏を返せば破棄する場合も両者の承認が必須ということ。
それをライアンは独断で推し進めてしまったのだから、陛下の怒りはいかばかりか。
「エレナ・ウェルズ嬢の申し出を受け入れよう」
階上から重々しい声が響く。
突然の声に会場内の視線が一気に集まった。
そして声の主が陛下であるとわかった途端、皆が敬意を示してボウアンドスクレープとカーテシーをする。
陛下が許可したからにはウェルズ家の当主である父親は反対することはできまい。
かくして、長年結ばれていたエレナとライアンの婚約はこの場で破棄されたのだった。
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