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悪役令嬢は決意する
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修了式まであと五日。
証拠はすべてそろった。
当日の手筈も確認したしあとは本番を待つばかりだ。
予想通りではあったけれど、最後までライアンからエスコートの連絡はこなかった。
ドレスもアクセサリーも贈られなかったしこれがライアンの答えということだろう。
兄たちには修了式後の舞踏会でライアンが私との婚約破棄を宣言し、代わりにエマとの婚約を主張するであろうことは伝えてある。
『本当にそんなことをするのか?』と半信半疑ではあったみたいだけど、ライアンから連絡がこない状況を見て納得したようだ。
そしてエスコートは兄がしてくれることになった。
通常修了式後の舞踏会において、学園関係者以外の参加は不可とされている。
兄は生徒ではないが関係者ではあるので参加することができるし、学園内に兄妹がいる場合はエスコートをするのもおかしなことではない。
エマは私がライアンにエスコートをしてもらえないから一人で参加すると思っているでしょうね。
そして護衛にはレオがついてくれることになった。
ダグラスは……今後私の専属護衛から外れることになる。
言ってみれば雇用関係の解消だ。
これからダグラスは国を継ぐ者として王宮で生活することになるだろう。
こんなに近くにいられるのもあと数日だけ。
ダグラスが側妃殿下の産んだ第一王子だと公になれば、生活の場だけでなく周りを取り巻く環境も激変するだろう。
良くも悪くも注目される存在になるはずだ。
私が転生したと気づいた時からダグラスはそばにいた。
それが当たり前の状態だったから、これからまったく別の立場になるというのに実感が湧かない。
「ウェルズ家との契約はあと三日で解消となります」
「当日までの残り二日間は王宮に?」
「はい。陛下と王妃断罪に関する最後の確認をし、当日に備えます」
「そう」
以前約束していた通り、すべての用意が整って私とダグラスは私の応接間のソファで向かい合っていた。
机の上には侍女のメアリが入れてくれた紅茶が置かれている。
ダグラスが今この場で何か大切な話をしようとしていることを感じて、紅茶の良い香りすらわからないくらいの緊張感に私は包まれていた。
「エレナ嬢。俺は王位を継ぐと決めた時から悩んでいたことがある」
『お嬢さま』でも『エレナ様』でもない。
仕える相手をからかって呼ぶことも、真摯に呼ぶこともない。
主ではなく、一人の女性としてダグラスが私に話しかけているとわかった。
「たとえ王妃を断罪したとしても王宮は魑魅魍魎の巣窟だ。完全なる安全はないだろう。それに、今まで散々役割に縛られてきたエレナ嬢が自由を楽しんでいる今、またその羽をもいで縛ることを望んでもいいのか迷っていた」
そこまで言うとダグラスは立ち上がり、テーブルを回って私のすぐそばまで来る。
「それでも、自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった」
ダグラスがすっと片膝をついて私を見上げてきた。
黒く輝く瞳が私をじっと見つめる。
「これからも俺のそばにいて欲しい」
「それは、王太子妃教育をすでに済ませている私に利用価値があるからですか?」
そう言ったのは不安があったからかもしれない。
現在グラント国内において、家柄に教養、そしていずれ王妃となる者に必要とされる教育、すべてを兼ね備えている者はエレナ以上にいないからだ。
「たとえ利用価値があろうとも、好きでもない相手にこんなことは言わない」
ダグラスが私の左手を取る。
その手は硬く大きい。
「エレナ・ウェルズ嬢、あなたのことが好きです。どうか、俺と結婚して欲しい」
「まだ婚約もしていないのに?」
そして私は未だライアンの婚約者なのだけど。
「婚約も大事だが、それ以上に結婚の許しをもらいたい」
「たとえダグラスが縛ろうとしても、これからも私は自由にしますわよ?」
そう。
ダグラスが私の羽をもいで縛ろうとしても、私は決して言いなりにはならないだろう。
「それでこそエレナ嬢だ」
私の可愛げのない言葉に、なぜかダグラスが破顔した。
「エレナ嬢が幸せに笑っていられるように努力する。誰よりも近くにいて大切にすると約束しよう」
感情のない人形のようだと言われた『エレナ』は、本当はいつだってこの国のことを考えていた。
自分で身につけられる知識は頑張って身につけ、ライアンの分まで仕事をし、国の先行きを心配していた。
だから、許してくれるだろうか。
ダグラスがこの国をより良い国にしてくれるなら、この手を取ってもいいだろうか。
私の心は前世での私のままだけど体はエレナのものだから。
私の勝手な気持ちで決めてしまっていいのか迷いがあった。
エレナ、許してくれる?
私がダグラスの気持ちに応えることを。
私が、ダグラスのことを好きになるのを。
私は心の中でエレナに問いかけた。
エレナの心がどこに在るのか今もわからないけれど。
ふわりと胸が温かくなるのを感じる。
「私、エレナ・ウェルズは、ダグラスの申し出を受けますわ」
私は決意した。
このままエレナとして生きるならば、必ずエレナの分まで幸せになってみせる。
私の返事にダグラスが笑う。
そして私の左薬指に、触れるだけのキスを落とした。
証拠はすべてそろった。
当日の手筈も確認したしあとは本番を待つばかりだ。
予想通りではあったけれど、最後までライアンからエスコートの連絡はこなかった。
ドレスもアクセサリーも贈られなかったしこれがライアンの答えということだろう。
兄たちには修了式後の舞踏会でライアンが私との婚約破棄を宣言し、代わりにエマとの婚約を主張するであろうことは伝えてある。
『本当にそんなことをするのか?』と半信半疑ではあったみたいだけど、ライアンから連絡がこない状況を見て納得したようだ。
そしてエスコートは兄がしてくれることになった。
通常修了式後の舞踏会において、学園関係者以外の参加は不可とされている。
兄は生徒ではないが関係者ではあるので参加することができるし、学園内に兄妹がいる場合はエスコートをするのもおかしなことではない。
エマは私がライアンにエスコートをしてもらえないから一人で参加すると思っているでしょうね。
そして護衛にはレオがついてくれることになった。
ダグラスは……今後私の専属護衛から外れることになる。
言ってみれば雇用関係の解消だ。
これからダグラスは国を継ぐ者として王宮で生活することになるだろう。
こんなに近くにいられるのもあと数日だけ。
ダグラスが側妃殿下の産んだ第一王子だと公になれば、生活の場だけでなく周りを取り巻く環境も激変するだろう。
良くも悪くも注目される存在になるはずだ。
私が転生したと気づいた時からダグラスはそばにいた。
それが当たり前の状態だったから、これからまったく別の立場になるというのに実感が湧かない。
「ウェルズ家との契約はあと三日で解消となります」
「当日までの残り二日間は王宮に?」
「はい。陛下と王妃断罪に関する最後の確認をし、当日に備えます」
「そう」
以前約束していた通り、すべての用意が整って私とダグラスは私の応接間のソファで向かい合っていた。
机の上には侍女のメアリが入れてくれた紅茶が置かれている。
ダグラスが今この場で何か大切な話をしようとしていることを感じて、紅茶の良い香りすらわからないくらいの緊張感に私は包まれていた。
「エレナ嬢。俺は王位を継ぐと決めた時から悩んでいたことがある」
『お嬢さま』でも『エレナ様』でもない。
仕える相手をからかって呼ぶことも、真摯に呼ぶこともない。
主ではなく、一人の女性としてダグラスが私に話しかけているとわかった。
「たとえ王妃を断罪したとしても王宮は魑魅魍魎の巣窟だ。完全なる安全はないだろう。それに、今まで散々役割に縛られてきたエレナ嬢が自由を楽しんでいる今、またその羽をもいで縛ることを望んでもいいのか迷っていた」
そこまで言うとダグラスは立ち上がり、テーブルを回って私のすぐそばまで来る。
「それでも、自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった」
ダグラスがすっと片膝をついて私を見上げてきた。
黒く輝く瞳が私をじっと見つめる。
「これからも俺のそばにいて欲しい」
「それは、王太子妃教育をすでに済ませている私に利用価値があるからですか?」
そう言ったのは不安があったからかもしれない。
現在グラント国内において、家柄に教養、そしていずれ王妃となる者に必要とされる教育、すべてを兼ね備えている者はエレナ以上にいないからだ。
「たとえ利用価値があろうとも、好きでもない相手にこんなことは言わない」
ダグラスが私の左手を取る。
その手は硬く大きい。
「エレナ・ウェルズ嬢、あなたのことが好きです。どうか、俺と結婚して欲しい」
「まだ婚約もしていないのに?」
そして私は未だライアンの婚約者なのだけど。
「婚約も大事だが、それ以上に結婚の許しをもらいたい」
「たとえダグラスが縛ろうとしても、これからも私は自由にしますわよ?」
そう。
ダグラスが私の羽をもいで縛ろうとしても、私は決して言いなりにはならないだろう。
「それでこそエレナ嬢だ」
私の可愛げのない言葉に、なぜかダグラスが破顔した。
「エレナ嬢が幸せに笑っていられるように努力する。誰よりも近くにいて大切にすると約束しよう」
感情のない人形のようだと言われた『エレナ』は、本当はいつだってこの国のことを考えていた。
自分で身につけられる知識は頑張って身につけ、ライアンの分まで仕事をし、国の先行きを心配していた。
だから、許してくれるだろうか。
ダグラスがこの国をより良い国にしてくれるなら、この手を取ってもいいだろうか。
私の心は前世での私のままだけど体はエレナのものだから。
私の勝手な気持ちで決めてしまっていいのか迷いがあった。
エレナ、許してくれる?
私がダグラスの気持ちに応えることを。
私が、ダグラスのことを好きになるのを。
私は心の中でエレナに問いかけた。
エレナの心がどこに在るのか今もわからないけれど。
ふわりと胸が温かくなるのを感じる。
「私、エレナ・ウェルズは、ダグラスの申し出を受けますわ」
私は決意した。
このままエレナとして生きるならば、必ずエレナの分まで幸せになってみせる。
私の返事にダグラスが笑う。
そして私の左薬指に、触れるだけのキスを落とした。
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