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悪役令嬢は憂う
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共有街の詰所に集まってから数日後、私は眠れない夜を過ごしていた。
今日、レオは王妃に呼ばれて王宮に出かけていった。
「明日の朝には戻ります」
そう言ったレオは常に比べて緊張していたように思う。
隷属のアーティファクトから解放されて以降、レオの表情は日増しに屈託のない感じになっていった。
もちろん、その心の内に抱える苦しみが癒えたわけではないだろう。
それでも本来のレオはもしかするとこんな風に明るい性格だったのではないかと思わせるくらいには日々楽しく過ごしていたように見えた。
そのレオが因縁の王妃の元に行くというのだから、私の心も騒ついて落ち着かないのは仕方ない。
しかも、レオは今日陛下の影と協力して王妃の私室から数多くの証拠品を盗み出さなければならないのだ。
チャンスは一度だけ。
失敗は許されない。
時間だけがいたずらに過ぎていく中、結局眠れなかった私は気分転換に温室へと向かった。
部屋を出たところでスッとダグラスが側に寄って来る。
「眠れないのですか?」
「ええ」
「レオが心配で?」
「レオにとって王妃の私室は近寄りたくない場所でしょう?しかも失敗できない任務もあると思うと……何事もなく済むことを祈ることしかできない自分がもどかしく感じますわ」
「何事も適材適所ですよ。レオは優秀な男です。どんな状況下であっても目的を達成して帰ってくるでしょう」
「そうだといいのですけど……」
ダグラスはなんだかんだ言ってもレオのことを認めている。
過酷な環境に置かれていながらも折れないその心。
ある意味、ダグラスとレオは似た者同士なのかもしれない。
「ダグラスはこれからどうするつもりですの?」
灯りが抑えられた廊下を歩きながら問いかける。
「どうする、とは?」
「そのままの意味ですわ。陛下はライアンを廃嫡すると決めた。とういうことは、王位をダグラス、あなたに託すということでしょう?」
夜遅い時間のためか廊下では誰とも行き合わなかった。
使用人たちも眠りについた静けさの中、私とダグラスは温室にたどり着く。
ダグラスが手をかけた扉がギイッと微かな軋み音を立てて開いた。
温室の中は夜の静寂に満たされている。
なんとなく導かれるまま私は隅に置かれていたテーブルセットの椅子に腰掛けた。
「本当は迷っていた。陛下は王位継承を求めてきたが素直にそれを受け入れる気になれなかったからだ」
それはなぜだろう。
陛下が側妃だった母親を守れなかったから?
それとも王妃の暴走を許してしまったから?
もしくは、今まで影から見守っていたとはいえある意味放置していたのにここにきて跡を継ぐことを求めたからだろうか。
「こんなことを言っては不敬でしょうけど……。国を導く者としての陛下は別として、父親としての陛下は良き親とはいえないと思いますわ」
「本当に不敬だな」
私の率直な感想を冗談めかしてダグラスが笑う。
そういうダグラスだって陛下のことを父親だなんて思っていないだろう。
言ってみれば王と臣下。
親子という情は薄いに違いない。
エレナの両親だって碌な親ではないけれど、陛下はなぜライアンをきちんと教え導いてあげなかったのか。
その疑問の答えは今もわからない。
穿った見方をするならば、王妃の念願を一番効果的に破滅させるにはちょうど良かったのではないか、とも思えた。
自らの子を王位につけ、自身の生家で国を牛耳る。
王妃はそれが可能な立場にいたのだから。
だとしたら尚のことライアンは道具でしかない。
子どもは誰かが教え導かないとちゃんと育たないと思う。
もちろん、本人の学ぶ姿勢は大切だけど。
そう思うとライアンもまた親の因縁による被害者なのだろうか。
まぁ、だからといってエレナに何しても良いというわけではないし、立ち止まって自身の行いを振り返る機会はいくらでもあったんだからライアンにも責任はあるよね。
歪んだ思想を植え付けたであろう王妃は別としても、あれだけ多くの人に囲まれていたのだから中にはちゃんと導いてくれようとした人もいるだろうし。
どちらにしても賽は投げられた。
後戻りはもうできない。
私たちはライアンが断罪劇を決行する時にすべてのことを明らかにする。
過去の事件の真相をつまびらかにし、王妃とライアンを同時に排除するのだ。
「エレナ様、俺は迷いを捨てた」
そう言うとダグラスは真っ直ぐに私を見つめた。
「証拠がそろって用意が整ったら、修了式の前に時間が欲しい」
「時間?」
「ああ。決行の前に話したいことがある」
「そう。わかりましたわ。すべての用意が整ったその時には必ず時間を取りましょう」
そう約束して、レオを待つ夜は更けていった。
今日、レオは王妃に呼ばれて王宮に出かけていった。
「明日の朝には戻ります」
そう言ったレオは常に比べて緊張していたように思う。
隷属のアーティファクトから解放されて以降、レオの表情は日増しに屈託のない感じになっていった。
もちろん、その心の内に抱える苦しみが癒えたわけではないだろう。
それでも本来のレオはもしかするとこんな風に明るい性格だったのではないかと思わせるくらいには日々楽しく過ごしていたように見えた。
そのレオが因縁の王妃の元に行くというのだから、私の心も騒ついて落ち着かないのは仕方ない。
しかも、レオは今日陛下の影と協力して王妃の私室から数多くの証拠品を盗み出さなければならないのだ。
チャンスは一度だけ。
失敗は許されない。
時間だけがいたずらに過ぎていく中、結局眠れなかった私は気分転換に温室へと向かった。
部屋を出たところでスッとダグラスが側に寄って来る。
「眠れないのですか?」
「ええ」
「レオが心配で?」
「レオにとって王妃の私室は近寄りたくない場所でしょう?しかも失敗できない任務もあると思うと……何事もなく済むことを祈ることしかできない自分がもどかしく感じますわ」
「何事も適材適所ですよ。レオは優秀な男です。どんな状況下であっても目的を達成して帰ってくるでしょう」
「そうだといいのですけど……」
ダグラスはなんだかんだ言ってもレオのことを認めている。
過酷な環境に置かれていながらも折れないその心。
ある意味、ダグラスとレオは似た者同士なのかもしれない。
「ダグラスはこれからどうするつもりですの?」
灯りが抑えられた廊下を歩きながら問いかける。
「どうする、とは?」
「そのままの意味ですわ。陛下はライアンを廃嫡すると決めた。とういうことは、王位をダグラス、あなたに託すということでしょう?」
夜遅い時間のためか廊下では誰とも行き合わなかった。
使用人たちも眠りについた静けさの中、私とダグラスは温室にたどり着く。
ダグラスが手をかけた扉がギイッと微かな軋み音を立てて開いた。
温室の中は夜の静寂に満たされている。
なんとなく導かれるまま私は隅に置かれていたテーブルセットの椅子に腰掛けた。
「本当は迷っていた。陛下は王位継承を求めてきたが素直にそれを受け入れる気になれなかったからだ」
それはなぜだろう。
陛下が側妃だった母親を守れなかったから?
それとも王妃の暴走を許してしまったから?
もしくは、今まで影から見守っていたとはいえある意味放置していたのにここにきて跡を継ぐことを求めたからだろうか。
「こんなことを言っては不敬でしょうけど……。国を導く者としての陛下は別として、父親としての陛下は良き親とはいえないと思いますわ」
「本当に不敬だな」
私の率直な感想を冗談めかしてダグラスが笑う。
そういうダグラスだって陛下のことを父親だなんて思っていないだろう。
言ってみれば王と臣下。
親子という情は薄いに違いない。
エレナの両親だって碌な親ではないけれど、陛下はなぜライアンをきちんと教え導いてあげなかったのか。
その疑問の答えは今もわからない。
穿った見方をするならば、王妃の念願を一番効果的に破滅させるにはちょうど良かったのではないか、とも思えた。
自らの子を王位につけ、自身の生家で国を牛耳る。
王妃はそれが可能な立場にいたのだから。
だとしたら尚のことライアンは道具でしかない。
子どもは誰かが教え導かないとちゃんと育たないと思う。
もちろん、本人の学ぶ姿勢は大切だけど。
そう思うとライアンもまた親の因縁による被害者なのだろうか。
まぁ、だからといってエレナに何しても良いというわけではないし、立ち止まって自身の行いを振り返る機会はいくらでもあったんだからライアンにも責任はあるよね。
歪んだ思想を植え付けたであろう王妃は別としても、あれだけ多くの人に囲まれていたのだから中にはちゃんと導いてくれようとした人もいるだろうし。
どちらにしても賽は投げられた。
後戻りはもうできない。
私たちはライアンが断罪劇を決行する時にすべてのことを明らかにする。
過去の事件の真相をつまびらかにし、王妃とライアンを同時に排除するのだ。
「エレナ様、俺は迷いを捨てた」
そう言うとダグラスは真っ直ぐに私を見つめた。
「証拠がそろって用意が整ったら、修了式の前に時間が欲しい」
「時間?」
「ああ。決行の前に話したいことがある」
「そう。わかりましたわ。すべての用意が整ったその時には必ず時間を取りましょう」
そう約束して、レオを待つ夜は更けていった。
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