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悪役令嬢は思いを馳せる
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控室に用意しておいた濃紫のドレスに着替え、私は舞踏会場に戻るために廊下を歩いていた。
すでに日は暮れ中庭は点灯された灯りで幻想的な雰囲気を醸し出している。
廊下は腰高までの壁しかなく柱と柱の間から周りの様子がよく見えた。
ふと誘われて、私は中庭に足を踏み出す。
「お嬢さま」
「少しだけよ」
背後からのダグラスの問いかけに私は小さく答えた。
廊下は中庭に沿っておりその明るさが周囲にも漏れ出ていた。
こちらからも舞踏会場には行けるから、あえて私は中庭を歩いていく。
ゲーム中盤の大事なイベントでエマからの攻撃をかわすことができて、ホッとしたのか少しの疲れを感じていた。
会場まであとちょっとのところで足を止めると私は遠目に会場を眺める。
ああ…。
なぜだろう、どことなく遠く感じてしまうのは。
会場よりも中庭側が暗いせいか、向こうが光り輝きこちらに影を落としているように思えた。
ヒラヒラと舞い踊る令嬢のドレスが幻想に拍車をかける。
らしくもなく私は少し感傷的な気持ちになっていた。
この世界に転生して8ヶ月。
断罪を回避するために動き回って今のところ一応の成果を出している。
止まることなく走り続けてきたからだろうか。
なぜかエアポケットにはまったかのように心に隙間風が吹くような気持ちになった。
エマを撃退したら舞踏会を楽しもうと思っていたけれど、考えてみれば私はファーストダンスをライアンと踊っていない。
婚約者がいる令嬢はまずは婚約者と踊るし、それが済まなければ他の令息はダンスを申し込めないのだ。
せっかくの舞踏会だけど私は誰とも踊れないのね。
残念に思うがこれは仕方のないこと。
会場に戻ってせめて美味しい料理やお菓子を楽しめばいいと思うけれど、なぜか足が動かなかった。
疲れてるのかな…。
現実感が乏しく、会場がまるで映像の向こうのように感じる。
「お嬢さまどうかされましたか?」
ダグラスがいつもよりも優しげな声で問いかけてきた。
「…なんでもないわ」
そう言いながらも私は一向に動けない。
ぼーっと会場を見つめる私の視界が不意にかげった。
背後に控えていたダグラスが正面に回ったのだと一瞬後に気づく。
「ダグラス?」
私の小さな疑問の声に、ダグラスはその逞しい手をスッと差し出した。
「ファーストダンスを踊っていないお嬢さまへの申込みはマナー違反というのはわかっていますが…」
そこまで言うと、胸に手を当て綺麗にお辞儀をしてみせる。
「麗しのお嬢さま、私と一曲踊っていただけませんか?」
ただの護衛のくせにその姿勢は様になっていた。
「護衛と踊る令嬢なんているかしら?」
「いるかもしれませんよ」
なぜダグラスがそんなことを言い出したのかはわからない。
お金にしか興味のない護衛は、それでも時々とても優しくなる。
弱っている時に優しくするのは反則よー。
前よりもいろいろ心配してくれるし。
私は自分が中高生並の恋愛能力しかないのを知っている。
だから優しくされるとついつい気持ちが傾いてしまう。
つまり、とてもチョロいのだ。
前々からうっすら気づいていた気持ちに蓋をし続けてきたけど、こうやってダグラスは時々その蓋をこじ開けようとする。
私は差し出されたままの手を見つめた。
そして、周りに誰の目もないのがわかっていたから素直にその手を取った。
いったいこの男は何者なのかしらね。
ダグラスのダンスは洗練されている。
そこらの高位貴族並の上手さだ。
貴族の中でも地位とお金によって施せる教育が変わってくるのは当たり前のこと。
地位とお金があればそれだけ優秀な教師を雇えるのだから。
そう思うと、ダグラスは元々どこかの貴族だったりするのだろうか。
立ち居振る舞いは本人の意識とは関係のなくどうしても醸し出されるものだ。
少なくとも、彼は何かしらの教育をきちんと受けてきただろうことはわかる。
つくづく、ダグラスルートを攻略できてないことが悔やまれるわ。
おかげで何もわからないんだから。
考えごとをしていても、私の体は軽やかにステップを踏む。
ダグラスのリードは身を任せてしまえるほど巧みだ。
夜の中庭で、ヒラリヒラリと舞い踊る。
ああ…。
綺麗だなぁ。
躍り続けるうちに、疲れと緊張でざわついていた心が穏やかになるのを感じた。
そして最後のステップを踏んで止まった瞬間に、ふわふわとしていた気持ちがストンとあるべきところに落ち着いたのがわかる。
お互いが向き合って礼をして、気づけば私はいつもの私に戻っていた。
そうね、らしくない自分はここに置いていこう。
「落ち着いたようで何よりです」
ダグラスの声にはまだ優しさが含まれている。
…すべてお見通しってこと?
このタラシめ。
「何のことかしら?一踊りしたら喉が渇いたわ。会場に行くわよ」
そう言うと私はさっさと歩き出す。
ダグラスがついてきているかなんて、確認しなくてもわかっていた。
すでに日は暮れ中庭は点灯された灯りで幻想的な雰囲気を醸し出している。
廊下は腰高までの壁しかなく柱と柱の間から周りの様子がよく見えた。
ふと誘われて、私は中庭に足を踏み出す。
「お嬢さま」
「少しだけよ」
背後からのダグラスの問いかけに私は小さく答えた。
廊下は中庭に沿っておりその明るさが周囲にも漏れ出ていた。
こちらからも舞踏会場には行けるから、あえて私は中庭を歩いていく。
ゲーム中盤の大事なイベントでエマからの攻撃をかわすことができて、ホッとしたのか少しの疲れを感じていた。
会場まであとちょっとのところで足を止めると私は遠目に会場を眺める。
ああ…。
なぜだろう、どことなく遠く感じてしまうのは。
会場よりも中庭側が暗いせいか、向こうが光り輝きこちらに影を落としているように思えた。
ヒラヒラと舞い踊る令嬢のドレスが幻想に拍車をかける。
らしくもなく私は少し感傷的な気持ちになっていた。
この世界に転生して8ヶ月。
断罪を回避するために動き回って今のところ一応の成果を出している。
止まることなく走り続けてきたからだろうか。
なぜかエアポケットにはまったかのように心に隙間風が吹くような気持ちになった。
エマを撃退したら舞踏会を楽しもうと思っていたけれど、考えてみれば私はファーストダンスをライアンと踊っていない。
婚約者がいる令嬢はまずは婚約者と踊るし、それが済まなければ他の令息はダンスを申し込めないのだ。
せっかくの舞踏会だけど私は誰とも踊れないのね。
残念に思うがこれは仕方のないこと。
会場に戻ってせめて美味しい料理やお菓子を楽しめばいいと思うけれど、なぜか足が動かなかった。
疲れてるのかな…。
現実感が乏しく、会場がまるで映像の向こうのように感じる。
「お嬢さまどうかされましたか?」
ダグラスがいつもよりも優しげな声で問いかけてきた。
「…なんでもないわ」
そう言いながらも私は一向に動けない。
ぼーっと会場を見つめる私の視界が不意にかげった。
背後に控えていたダグラスが正面に回ったのだと一瞬後に気づく。
「ダグラス?」
私の小さな疑問の声に、ダグラスはその逞しい手をスッと差し出した。
「ファーストダンスを踊っていないお嬢さまへの申込みはマナー違反というのはわかっていますが…」
そこまで言うと、胸に手を当て綺麗にお辞儀をしてみせる。
「麗しのお嬢さま、私と一曲踊っていただけませんか?」
ただの護衛のくせにその姿勢は様になっていた。
「護衛と踊る令嬢なんているかしら?」
「いるかもしれませんよ」
なぜダグラスがそんなことを言い出したのかはわからない。
お金にしか興味のない護衛は、それでも時々とても優しくなる。
弱っている時に優しくするのは反則よー。
前よりもいろいろ心配してくれるし。
私は自分が中高生並の恋愛能力しかないのを知っている。
だから優しくされるとついつい気持ちが傾いてしまう。
つまり、とてもチョロいのだ。
前々からうっすら気づいていた気持ちに蓋をし続けてきたけど、こうやってダグラスは時々その蓋をこじ開けようとする。
私は差し出されたままの手を見つめた。
そして、周りに誰の目もないのがわかっていたから素直にその手を取った。
いったいこの男は何者なのかしらね。
ダグラスのダンスは洗練されている。
そこらの高位貴族並の上手さだ。
貴族の中でも地位とお金によって施せる教育が変わってくるのは当たり前のこと。
地位とお金があればそれだけ優秀な教師を雇えるのだから。
そう思うと、ダグラスは元々どこかの貴族だったりするのだろうか。
立ち居振る舞いは本人の意識とは関係のなくどうしても醸し出されるものだ。
少なくとも、彼は何かしらの教育をきちんと受けてきただろうことはわかる。
つくづく、ダグラスルートを攻略できてないことが悔やまれるわ。
おかげで何もわからないんだから。
考えごとをしていても、私の体は軽やかにステップを踏む。
ダグラスのリードは身を任せてしまえるほど巧みだ。
夜の中庭で、ヒラリヒラリと舞い踊る。
ああ…。
綺麗だなぁ。
躍り続けるうちに、疲れと緊張でざわついていた心が穏やかになるのを感じた。
そして最後のステップを踏んで止まった瞬間に、ふわふわとしていた気持ちがストンとあるべきところに落ち着いたのがわかる。
お互いが向き合って礼をして、気づけば私はいつもの私に戻っていた。
そうね、らしくない自分はここに置いていこう。
「落ち着いたようで何よりです」
ダグラスの声にはまだ優しさが含まれている。
…すべてお見通しってこと?
このタラシめ。
「何のことかしら?一踊りしたら喉が渇いたわ。会場に行くわよ」
そう言うと私はさっさと歩き出す。
ダグラスがついてきているかなんて、確認しなくてもわかっていた。
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