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第26話 ジオの足跡

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「改めましてジャック殿、我が息子の命を救って頂き感謝いたします。ジオ様、当ノースフォーヘンへ足を運んで頂き光栄でございます」
 ユーリヒはこう言って謝意を表した。

 そしてジャック達が疑問に思っているであろうことを説明し始めた。
「ジャック殿はこの屋敷をみて我々を貧乏貴族だと思ったのではないですかな?」
 ユーリヒは自嘲しながらそう言った。

「とんでもありません。立派なお屋敷だと思います」
 ジャックは図星を突かれ冷や汗をかいたが、表面上は当然こう言う他なかった。

「はははは。良いんですよ。実際私は貧乏貴族なのですから。しかし私は貧乏貴族であることを誇りにしているのです」
 ユーリヒはジャックにとってやや意外なことを語り出した。どうやら当人、もしくはこの人の先祖が何か不始末をやらかした為に没落した訳ではなさそうだ。

「そのきっかけを作って頂いたのが、そこにいらっしゃるジオ様なのです」
 ユーリヒはその後、三十四年も前のことをまるで自分が体験したことのように語り始めた。

 どうやらジオが魔物と戦っている頃、ユーリヒの父である先代男爵は貴族だったらしい。ジオが魔物を封じてからは町の復興に取り掛かった訳だが、先代男爵は当初、金を出して復興を命ずるだけだった。しかし、町は一向に元に戻らなかった。それどころか町民の士気は下がり、目からは生気が消え失せ、町には絶望感が漂っていた。

 そんな時にジオはこの町を訪れ、自ら土にまみれて復興を手伝った。
 町民はそれを見て「勇者様がここまでやっているのなら」と一致団結し、その後みごとに復興を成しとげたのだった。
 その時先代男爵は、名声のある者は民衆の為に自ら何かを成す義務があるということを悟ったそうだ。

「貴族もある意味で名声を持っています。それも生まれつきに……です。ならば貴族は人々の為に奉仕する義務を生まれながらに負っていると言えるでしょう」
 ユーリヒは先代からそう教えられてきたのだろう。その教えを守っていたら経済的には貧しくなったものの、心は豊かになったと言いたいのだろう。
 そしてその教えはクラウスにも受け継がれていて、それによってクラウスは船でジオを助けたのである。

「じゃあ、ジオは過去の自分に助けられたってことになるんだ」
 ピクシーは感嘆の声を上げた。

「世の中は……全てが循環しておるのじゃ」
 既に何杯飲んでいるのか? ジオは今にも寝入ってしまいそうな虚ろな目をしながらそう言った。それだけを聞くと含蓄のある言葉に聞こえる……
 しかし、実際船上で起こっていたことは、酔っぱらった爺さんが青年に無理やり船にくくり付けられたというものだ。ジャックとピクシーはそれを思い出すと、お互いの顔を見ながら肩をすくめる位しかできなかった。

「私はこの町では出来ることも少なくなってきましたので、他の町にも行ったりしています」
 それほど広範囲ではないものの、クラウスは町の外でも人の役に立つよう頑張っているらしい。その内の一つが船上での一件なのだろう。
 そして、クラウスの次の発言にジャックは驚くと共に、非常に大きな興味を示した。

「立ち寄った町々ではジオ様の足跡そくせきを聞いて回ったりもしましたよ」
 クラウスは尊敬する勇者ジオが、色々な町でどんなことをしていたのかを聞いて回ってもいたようだ。
 これは間違いなく剣のヒントになるものが含まれているだろう。ジャックはその内容についてたずねた。

 多少クラウスの想像による補足も入っているそうだが、どうやらジオは魔大陸に魔物を封じた後はしばらく辺境の町オスラに滞在していたようだ。そしてオスラとその周辺にある小さな村々の復興を手伝っていたらしい。

 その後はここノースフォーヘンやサウスフォーヘン、その他国の南側にある大きな町に向かったようだ。しかしその辺りについてはまだ行ったことが無いのでクラウスには分からないらしい。

 そこまで聞いてジャックは一番の関心事についてクラウスに質問した。

「剣ですか? 魔物と戦っていた時には当然持っていたはずですが、その後の復興事業で剣を使ったという話は聞いたことがありませんね」
 クラウスはジャック達が剣を探しているのは知っていたが、自分の知る限りそのヒントになりそうな話は無いだろうと、無念さをにじませていた。

「でも、復興の時に持ってなかったんだったら、オスラとかその周辺の村のどこかに置いてったって事になるんじゃない?」
 ひらめいた! とばかりにピクシーは言った。

 ジャックも戦うという前提が無い限りは剣を帯びることは無い。戦い以外では邪魔にしかならないものだから当然のことだ。ジオも魔物を封じた後は剣を持ち歩かなかったとしても不思議ではないとジャックは思った。しかし疑問も無い訳ではない。

「いくら不要とはいえ、大切な剣を置いてあちこち行けるものなのかな?」
 ジャックは剣術が苦手だから実感は無いものの、普通剣士なら不要と分かっていても大切な剣を置いて旅に出ることなど出来ないという事は知っている。

「そういえば、関係ないかもしれませんが、ジオ様は結婚していたという話も聞きいたことがあります」
 クラウスは既に酔って寝てしまったジオをチラッと見た後に、このような重大事をサラっと言った。

「えーー!!!」
 真っ先に大声を上げて驚いたのはピクシーである。
 ただ驚いたものの、同時に思い当たる節が無い訳でもなかった。

「そういえばニオンで受けたマテオとオリビアをくっつける依頼の時、ジオが何か思い出したように苦しんでた時あったよね? あの人の元に戻るんだーとか言ってたやつ」
 ピクシーはジオに聞こえないよう、ジャックの耳元で囁く……つもりだった。しかし、興奮してついつい大きな声を出してしまい、言った直後に自分の口を手で押さえた。

 その一件はジャックもはっきり覚えていた。

「もしかしたらそれが奥さんってことかも知れんな」
 ジャックもジオを起こさないよう、ピクシーにだけ聞こえる小声で囁いた……つもりだったが、やはり興奮は隠しきれない。

 何故奥さんの元を去ったかという謎は残るものの、大切な剣を預けられるという点では奥さんというのは合点のいく存在である。

「という事はその奥さんの居所を突き止めれば剣が見つかるかもしれない」
 ここにきて任務遂行における重大なヒントを得たジャックは、興奮気味にピクシーとハイタッチしていた。

 ところが、クラウスはそれ以上の話を知らなかった。そもそも元の情報からして「……らしい」という不確かなものだった。当然その奥さんが何処の誰で、今何処にいるのかは分からない。

「起きたら直接本人に聞いてみるか……」
 とジャックは言ってみたものの、その線は期待薄であることを察している。

 流石にそんな大事なことを思い出していたら、いの一番にそこに向かいたがるはずだからである。
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