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第八章
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早朝。日課である竹刀を振るう。小鳥の囀りを意識の外に追い出しひたすらに。
無心で続けていたこの研鑽に最近になって変化が起きている事を自覚する。
今迄は文字通り無心だった。目的も分からず機械のように鍛錬していたというのに、アーサーとの死闘を経てから感情が乗っているのがわかる。技の冴えに衰えはないと思うのだが刃は僅かな感情の起伏で大きく変わっている。それが良い変化なのか悪い事なのか。こればかりは自分で判断するのは難しい。それでも止めない。剣の道を捨てるという選択肢は紅蓮院椿の生涯に於いて有り得ないと断言できる。きっと幼い頃から刷り込まれた生き方が、紅蓮院の血がそれを許しはしない。
深呼吸をし息を整える。昨晩の出来事を振り返り成さねばならないことに思考を切り替える。
目下の敵はヴォルフダート・ロイバー、そしてセシル・バルモンド。傷ついた飛鳥を家まで移動させた後エレオノーラとも情報共有を行った。
彼女もロイバーに仲間がいた事は知らなかったらしい。またセシルという魔術師の名は聞いたことが無いとも。そしてアーサーと酷似した力を有していた事にも危機感を抱いていた。有り得ない、と
もう一度竹刀を振るう。
敵の力は未だ未知数。先手を打つつもりが返り討ちにあってしまった。魔術の世界はわからないことだらけだ。常に疑問が付き纏い自分の弱さが嫌になる。刃と一体となり眼前の標的を裂くだけならどれほど楽か。
だが、一つだけわかったことがある。昨晩セシル・バルモンドに抱いた感情だ。きっと今迄の自分なら抱く事もなかった想い。自分でもこんな気持ちになるのは予想外だった。此度の闘いに於いて、紅蓮院椿はこの想いをぶつけなければならないだろうと確信している。
更に数回空を斬る。庭と今を繋ぐ掃き出し窓が音を立て開ける音。飛鳥がサンダルを履き庭までやって来た。
「おはよう、飛鳥さん。まだ動かないほうがいいよ」
「おはようございます。もう身体は大丈夫です。それよりも昨晩は不覚を取って迷惑をおかけしてすみませんでした」
深く頭を下げ謝る飛鳥。
「謝らないで欲しい。飛鳥さんが悪い訳じゃないよ。伏兵がいるとは誰も気づいてなかった。責任があるとしたら飛鳥さん一人に行かせてしまった僕達だ」
「そんな事はありません。不測の事態は常に警戒しなければならなかったのに...椿くんを守ると言っておきながら椿くんに迷惑をかけるなんて...私は...」
ーー自分が許せない。
飛鳥は頬を濡らしながら独白する。自分で自分を苦しめるように、罰するように。
それは罪でもなんでもない。誰かが悪い訳では無いのだ。それでも彼女が苦悩しているのはあまりにも強すぎる責任感のせいだ。
情けない。自分が情けない。
彼女に何故責任感が襲い来るのかなどわかりきっている。紅蓮院椿という男が頼りないからだ。守られなければいけないほど弱いからだ。だから彼女を傷つけてしまっている。
自分はいつも助けられてばかりだ。自分の我儘を聞いて貰い何かを与えて貰ってばかり。友人として付き合っていながらその関係は本当に対等と呼べるものだったのか。飛鳥の事を大切に思っていながら何故彼女の為に何かを出来ていないのか。
(僕達はきっと、変わらないといけないんだ)
このままではいけない。彼女の優しさに甘えているだけでは駄目だ。騎士として世界の為に戦う彼女の傍にいたいならお荷物になっているだけでは。背中を預かることが出来るほど強くならなければ。
そうでなければーー皆に頼られる彼女は一体誰を頼ればいいと言うのだ。
その誰かに紅蓮院椿はなりたい。他の誰かにその役目を譲りたくはない。この戦いで世界に証明しよう。自分こそが彼女に相応しいと。覚悟はとっくに決まっている。
だからその言葉は自然と紡がれた。これは最後の我儘。彼女なら文句を言いながらも許してくれるとわかっている卑怯な我儘。これから二人の関係はほんの少しだけ変わるだろう。
「飛鳥さん、今から二人で出掛けよう」
無心で続けていたこの研鑽に最近になって変化が起きている事を自覚する。
今迄は文字通り無心だった。目的も分からず機械のように鍛錬していたというのに、アーサーとの死闘を経てから感情が乗っているのがわかる。技の冴えに衰えはないと思うのだが刃は僅かな感情の起伏で大きく変わっている。それが良い変化なのか悪い事なのか。こればかりは自分で判断するのは難しい。それでも止めない。剣の道を捨てるという選択肢は紅蓮院椿の生涯に於いて有り得ないと断言できる。きっと幼い頃から刷り込まれた生き方が、紅蓮院の血がそれを許しはしない。
深呼吸をし息を整える。昨晩の出来事を振り返り成さねばならないことに思考を切り替える。
目下の敵はヴォルフダート・ロイバー、そしてセシル・バルモンド。傷ついた飛鳥を家まで移動させた後エレオノーラとも情報共有を行った。
彼女もロイバーに仲間がいた事は知らなかったらしい。またセシルという魔術師の名は聞いたことが無いとも。そしてアーサーと酷似した力を有していた事にも危機感を抱いていた。有り得ない、と
もう一度竹刀を振るう。
敵の力は未だ未知数。先手を打つつもりが返り討ちにあってしまった。魔術の世界はわからないことだらけだ。常に疑問が付き纏い自分の弱さが嫌になる。刃と一体となり眼前の標的を裂くだけならどれほど楽か。
だが、一つだけわかったことがある。昨晩セシル・バルモンドに抱いた感情だ。きっと今迄の自分なら抱く事もなかった想い。自分でもこんな気持ちになるのは予想外だった。此度の闘いに於いて、紅蓮院椿はこの想いをぶつけなければならないだろうと確信している。
更に数回空を斬る。庭と今を繋ぐ掃き出し窓が音を立て開ける音。飛鳥がサンダルを履き庭までやって来た。
「おはよう、飛鳥さん。まだ動かないほうがいいよ」
「おはようございます。もう身体は大丈夫です。それよりも昨晩は不覚を取って迷惑をおかけしてすみませんでした」
深く頭を下げ謝る飛鳥。
「謝らないで欲しい。飛鳥さんが悪い訳じゃないよ。伏兵がいるとは誰も気づいてなかった。責任があるとしたら飛鳥さん一人に行かせてしまった僕達だ」
「そんな事はありません。不測の事態は常に警戒しなければならなかったのに...椿くんを守ると言っておきながら椿くんに迷惑をかけるなんて...私は...」
ーー自分が許せない。
飛鳥は頬を濡らしながら独白する。自分で自分を苦しめるように、罰するように。
それは罪でもなんでもない。誰かが悪い訳では無いのだ。それでも彼女が苦悩しているのはあまりにも強すぎる責任感のせいだ。
情けない。自分が情けない。
彼女に何故責任感が襲い来るのかなどわかりきっている。紅蓮院椿という男が頼りないからだ。守られなければいけないほど弱いからだ。だから彼女を傷つけてしまっている。
自分はいつも助けられてばかりだ。自分の我儘を聞いて貰い何かを与えて貰ってばかり。友人として付き合っていながらその関係は本当に対等と呼べるものだったのか。飛鳥の事を大切に思っていながら何故彼女の為に何かを出来ていないのか。
(僕達はきっと、変わらないといけないんだ)
このままではいけない。彼女の優しさに甘えているだけでは駄目だ。騎士として世界の為に戦う彼女の傍にいたいならお荷物になっているだけでは。背中を預かることが出来るほど強くならなければ。
そうでなければーー皆に頼られる彼女は一体誰を頼ればいいと言うのだ。
その誰かに紅蓮院椿はなりたい。他の誰かにその役目を譲りたくはない。この戦いで世界に証明しよう。自分こそが彼女に相応しいと。覚悟はとっくに決まっている。
だからその言葉は自然と紡がれた。これは最後の我儘。彼女なら文句を言いながらも許してくれるとわかっている卑怯な我儘。これから二人の関係はほんの少しだけ変わるだろう。
「飛鳥さん、今から二人で出掛けよう」
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