魔法使いは廃墟で眠る

しろごはん

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第十五章

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「作戦は解りましたか?」
 「うん、ばっちりだ」
 廃墟がある森の前、最終確認を取る。
 ここに来るまでの道中二人でアーサーを倒すための策を練っていた。倒せる保障などどこにもないが無策に突っ込むよりは遥かにマシだ。
 「椿くん、これを」
 そう言って完全武装の飛鳥は一振りの長剣を渡す。
 「これは?」
 「騎士団に支給されている剣です。椿くんは剣術の憶えがありますから何もないよりはマシでしょう」
 「ありがとう、助かるよ」
 「ですが、絶対にアーサーを倒そうとはしないでください。生き残ることを最優先に考えてください」
 「わかった。所でさ、この剣を借りたら飛鳥さんはどうするの?」
 「私には切り札がありますから」
 そうして飛鳥はもう一つの鞘に手を当てる。それは椿に渡した剣とは明らかに形状が異なっていた。
 「では行きましょう。時間は余りありません」
 頷きで返す。飛鳥は勢いよく飛び姿を消した。ここからは別行動になる。
 椿も歩き出す。決戦の地を目指して。彼女と出会った日のように。
 一歩踏みしめるたびに彼女を想う。
 一瞬で心を奪われた。勢いに任せ彼女を誘い、一緒に暮らすことになった。あの瞬間から止まっていた時計の針が進みだした。
 何故彼女は自分についてきてくれたのか。十年間ここに住み続けた理由はなんなのか。その答えは未だ見つからない。
 あの指輪を彼女に渡したのはあいつで、彼女はあいつと再会することを待ち望んでいたのではないか。そんな負の思考に囚われる。
記憶が欠けている自分は酷く脆い。だが、迷いはない。
全ての答えはキキョウが知っている。そして今夜、十年前の再来となる。
 ならば全てはそこで。
 十年前の決着をそこでつけよう。
 夜の森は懐かしさを感じさせる。幼い頃を思い出す。自分はあれから随分と変わった気がする。しかしどれだけ時が流れようとここだけは十年前と変わらない。
酷く凍える夜。もしかしたら今夜は雪が降るかも知れない。この寒さに彼女は今も一人震えているのだろうか。魔術で体温の維持が出来ると言っていたがそれを使っている場面を見たことは一度もない。早く連れて帰って温かいお風呂を準備してあげよう。
 次第に森が終わり、魔法使いが眠る廃墟が見えてきた。
 傷付き倒れているキキョウとそれを見下ろすアーサーの姿が映る。
アーサーと眼が合った。椿を見て嗤う。まるで新しい玩具を見つけた子供のように。
「どうして来たの?」
 無言のまま一直線にキキョウの元へ。再会した時と同じ問いをされた。あのとき自分は何も返せなかった。大きな力に翻弄され、ただ身を任せるだけだった。
 だが今は違う。明確な意志がある。
 あの時のキキョウのように椿は彼女の頬を撫でる。
 
 「君を迎えに来た」
 
 その答えにキキョウは安堵したのか、優しい微笑みを浮かべる。そしてその温もりを確かめるように冷たい手で椿の手を握りしめ、
 
 「ずっと、待ってた」

そう答え、まるで使命を全うしたかのように、重圧から解放されたかのように穏やかな表情で眠りにつく。
それで最後の覚悟は決まった。役者は揃い、狂宴の準備は整った。
 キキョウの手を胸元に戻す。名残惜しいけれど決着をつけなければならない敵がいる。
 立ち上がる。倒すべき宿敵と対峙する。
 「アーサー、十年前の決着をつけよう」
 「少しは言うようになったじゃないか」
 それ以上の言葉は必要ない。どれだけ上辺の口上を述べたところで意味は成さない。両者にとって語るべきことは闘争の中にある。
 全ては必然だった。運命なんてものを信じてはいないが、この瞬間を表す言葉を他に知らない。
 どうしようもなく左眼が疼く。血潮が滾り鼓動を燃やす。本能が奴を殺せと叫び続ける。
 身体が勝手に動き出す。気が付けば無意識に斬りかかっていた。
渾身の一撃は簡単に魔術障壁で受け止められた。返す剣で更に連撃を。何度も何度も剣を振るう。
 「驚いた。いい太刀筋だ。人間業じゃあない」
 魔弾が椿を襲う。咄嗟に反応して剣で受け止めた。衝撃でアーサーと距離が開ける。
 大きく深呼吸を。呼吸を整え、脳に酸素を流し込む。
 一度冷静になれ。我武者羅に挑んで勝てる相手ではない。斬りかかりたい衝動を抑え込む。飛鳥の言葉を、作戦を思い出す。
 魔弾が放たれる。アーサーを中心に右回りに走り、距離を保ちながら躱す。

『いいですか? この作戦には三つの賭けがあります。どれか一つでも失敗すれば私達の負け。成功する可能性は極僅か。最初の賭けは――椿くんが生き残ることです』

まずはそれが大前提。それなくしてこの策は成り立たない。
そもそも最強と称される魔法使いであるアーサーが本気を出せば、椿などという存在は一瞬で殺される。それこそ造作もないことだろう。
 ならばどうすればいいのか。簡単だ。本気を出すまでもない相手でいればいい。下手に攻めることなく逃げに徹する。そうすればすぐに死ぬという最悪の事態だけは避けられる。
 「粋がいいのは最初だけかい?」
 走る椿を追うように背後から爆音が続く。何とか紙一重で逃げ切れているといった所か。油断させることに成功させたとはいえ、一般人である自分には魔弾から逃れることさえ至難の業。
 だがそれも長くは続かない。拮抗は破られた。
 魔弾の一つが椿の足を掠める。爆風が椿の身体を吹き飛ばす。
 「くそ……!」
 単純な話、椿の体力に限界がきたのだ。人間の身体は全力疾走を永遠に行えるようには出来ていない。いずれ終わりが来ることはわかっていたし、こうなることは自明の理。
飛鳥達のおかげで怪我が治ったとはいえ一人で立つこともままならない状態だ。寧ろ今までよく逃げ切れたと褒めるべきだろう。
 「あれだけ痛めつけられてまだ挑む。その勇気だけは賞賛に値する。だけど――」
そして、ここからが第二の賭け。
「もう飽きたよ」
 展開される無数の式。先の戦いと同様に三百六十度魔弾で囲まれる。
 (来た)
 キキョウや飛鳥ならばこの程度の魔弾、障壁を使い簡単に防ぐことが出来るだろう。だが、魔術を使えない椿には防ぐ術はない。
 アーサーは椿のことを対等の敵とは見做していない。それは先日のやり取りで読み取ることができた。事実として両者には覆しがたい実力の差がある。
 だからこそ、そんな格下の相手に何時までも膠着状態が続けばこの技で止めを刺しに来ると読んでいた。
 
 ――故に勝機はこの瞬間に。
 
 一斉に射出される魔弾。全方位から椿に襲いかかる。逃げ場などなく後は死を待つのみ。
 だが、椿がとった行動は特攻。
 目の前から魔弾が迫る。斬る。左右背後から来る魔弾は全て無視。一発一発が椿の意識を刈り取ろうとするがその全てを意識の外へ。ただ目の前を、檻の外を目指して駆ける。
闘いを諦めた訳ではない。この捨て身の攻撃こそ死の檻を破る秘策。
 それは一見無謀な行為。事実、危険な博打ということは間違いない。
 これが二つ目の賭け。立ち止まって守勢に回ったとしてもこの魔弾を全て防ぐごとは出来ない。ダメージを負うことは免れない。ならば攻めるしかない。迫りくる眼前の脅威だけを斬り捨てて奴を討つ。リスクは承知の上。我が身のことなど顧みるな。もとより無傷で倒せるような敵ではない。
 最後の魔弾を薙ぎ払う。活路は見えた。包囲網を突破する。
 「アーサー!!」
 奴は油断している。その驕りが一瞬の隙を生む。残る気力を振り絞り剣を振るう。今こそ此奴を一刀のもとに――
 「見事だよ。だが悲しいかな、僅かにとどかない」
 展開される魔術障壁。剣とぶつかり合い火花が散る。
 どれだけ力を込めても障壁は揺らがない。純粋な物理的手段でこれを破ることは不可能に近い。それが魔術師と常人の差。
 ここに来る前飛鳥は言っていた。魔術師との戦いで重要なのはいかにこの障壁を破るかにあると。その方法は大きく分けて二つ。魔力量で相手を上回るか、障壁を展開させる前に倒すしかないと。
 つまり、魔力を持たない自分には不意打ち以外にアーサーを倒す手段はない。
 ここに勝敗は決した。この一撃は自分の全てが込められている。身体もとっくに限界を迎えている。攻撃を防がれた時点で敗北は決まったのである。
ただし、本来ならば。

『想像を超えた一撃を防いだ瞬間。そこに僅かな隙が生まれるはずです』

 アーサーの背後から迫る影。椿の視界にだけそれが映る。
 飛鳥だ。
 細剣を構え飛鳥が迫る。あれこそが飛鳥の言っていた切り札。アーサーは気付いていない。意識の外からの攻撃。細剣がアーサーを捉える。
 これが狙い。全ての策はこの瞬間を作り出すための布石に過ぎない。
椿の最後の攻撃を凌ぎ切ったアーサーは勝利を確信している。
 今ならば倒せる。この魔人に終わりの時が来た。
 「いや、それは読み筋だ」
 「なっ!?」
 突如背後に現れる魔術障壁。アーサーは動揺することもなく飛鳥の剣を受け止める。
「王鍵か――噂に違わぬ素晴らしい兵装だ。本来ならば僕の障壁ごと打ち破れただろう。が、残念なことに使い手が未熟だったね。――終わりだ」
「飛鳥さん!」
 「くっ――」
 魔弾の式が展開される。狙いは飛鳥。強い。圧倒的なまでに。どれだけ策を弄しても一撃さえ与えられない。底なしの化け物。
 
 『ですが、それだけで倒せる相手ではないでしょう』
 『でも僕たちにはもう――』
 『ええ、ですからそこで最後の賭けです。大丈夫。何も心配はいりません』

 刹那、凄まじい魔力が場を支配した。
 「何!?」
 魔人が驚愕する。当然だ。椿の命を賭した一撃を凌ぎ、飛鳥の攻撃を読み切った。最早こちらに策はなく、打つ手など何もないのだから。
 だが忘れてはいないだろうか。この場にはもう一人いることを。魔人に匹敵するだけの魔力を有する魔法使いがいることを。
 
 『あの意地っ張りな少女がこのチャンスを見逃すはずがありませんから』
 
 魔法使いの少女は優雅に佇んでいた。紅い眼が魔人を捉える。
強大な魔力がキキョウの手に集まる。魔力は全てを穿つ槍を創り上げる。
 直感した。あの槍は魔術障壁さえも貫き奴にとどくと。あれには彼女の魔力の全てが収束されている。例え何であろうともあの槍の前では全てが無意味。
 「キキョウ!!」
 魔人の咆哮。大地が震えるほどの大音声。だが無駄だ。二人掛かりで押さえ込んでいる。どれだけ叫んだとしても動けはしない。
そして――

 「ごめんなさい。私、大切な人がいるの」

 槍が放たれる。
 これで本当に終わり。全ての決着は彼女の手で。
 その一槍にはどれほどの想いが込められていたのだろうか。
 狙いは寸分違わずに。長かった悪夢を終わらせるように。
 紅を纏いし光槍は魔人の心臓を貫いた。
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