宿角玲那の生涯

京衛武百十

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伊藤玲那編

凍てつく心

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「伊藤さん、私、掃除道具片付けてくるからゴミ捨ててきて」

クラスメイトにそう言われて、玲那は黙って頷いた。その目は酷く冷めていて、子供らしい愛嬌やあどけなさとは一線を画した、ほの暗く重いものを漂わせてさえいた。

<仕事>を始めてから、始めさせられてから一年半。六年生になった玲那は、それまでとは少し雰囲気が変わってきていたようだった。背が伸び、明らかに成長していたこともそうなのだが、かつては普段からビクビクおどおどしていた感じだったものが、そこまでではなくなっていたようにも見えた。

無口で他人とは関わろうとしない点ではそれまでと変わっていないとも思えるものの、何と言うか、どこか投げやりで荒んだ雰囲気を漂わせ始めていたのかもしれない。

当然か。いくら臆病な少女でも、それなりに成長はするのだから。自分が置かれている境遇について自分なりの認識も確立させていくのは当然だ。

無表情なままでゴミ捨て場でゴミバケツをひっくり返し打ち捨てられる中身に対して、彼女はまるで見下すように冷たい視線を向けていた。ゴミの中に、蝉の死骸があった。校舎の中に入り込んで廊下の隅で死んでいたのをクラスメイトがゴミと一緒に捨てたらしい。それを見詰める玲那は、ゾクリと背筋が寒くなるような冷酷な目をしていた。

教室に戻ってゴミバケツを元の場所に戻すと、彼女は何事もなかったかのように自分の席に着いた。

学校では、大体そんな感じだった。

しかし……

学校が終わって家に帰るとすぐに宿題を済ませて家の掃除をして夕食の用意をして食べて、それからテレビの前に座ってアニメを見ていた。だがそこに玄関を乱暴に開ける気配がすると、それまでの冷淡な目が途端に怯えたようなものに変わった。母親が仕事の為に迎えに来たのだ。

「玲那、行くよ!」

有無を言わさぬその様子に、彼女はやはり従順だった。

仕事についてはやはり今でも慣れることができずにいた。もういい加減に慣れてしまえればと自分でも思うのに、体が勝手に竦んで涙まで溢れてしまう。それが逆に男を喜ばせるのは分かっていてもどうしても止められない。

玲那は、そんな自分が嫌で、許せなかった。そして、いつまで経っても親に逆らうことができない自分も憎かった。

頭では分かっているのだ。『嫌だ!』と言えばいいと。もう六年生なのだから、逃げようと思えば逃げることもできた。その気になれば包丁でも構えて母親を刺すことだってできる筈だと、そのくらいには力もついてきてると思っていた。なのに、母親を前にすると体が動かなくなってしまう。心が折れてしまう。そんな自分などいなくなってしまえばいいと彼女は思っていた。

自殺願望、というのとは少し違うかもしれない。だが、強烈な自己否定という意味では共通するものもあるかもしれない。玲那は、自分は産まれてくるべきじゃなかったという結論に達していた。自分さえ生まれてこなければ両親はあんな仕事を自分にさせなかったし、自分もあんな目に遭わずに済んだし、客の男達を調子付かせることもなかった筈だと思った。

だから、夏休み前、社会の授業の時に教師が内容を少し脱線させて戦争中の話題に触れた際、京都は空襲を免れたという話を聞いて、

『空襲でみんな死んでしまえばよかったのに…。そうすれば私も生まれてこなかったのに……』

と考えてしまったのだった。しかも思わず、

「全員、空襲で死ねばよかったんだ。なんで京都を空襲の目標から外したんだ。使えねー……」

などと呟いてしまって、それを耳にしたクラスメイトを戸惑わせたりもした。

そう。この頃の玲那は、汚い言葉をぼそぼそと口にするようなスレた姿と、大人に怯える幼い少女の姿という二面性を見せるようになってたのだった。状況によって態度が変わる、情緒不安定さの表れとも言えたのかもしれない。いや、情緒不安定どころか、既に精神を病んでいたのだろう。自分がいったい何をしているのか、本人にもよく分かっていない時があったように思われた。

だがそれも、無理のないことだった。まだ十二歳にもならない少女が受けとめきるには、彼女の置かれている現実は過酷過ぎた。

母親の運転する自動車で客の下に送り届けられ、部屋に入るなり商品のラッピングをぐように裸にかれると、興奮を隠そうともしない男の下卑た視線の前に、膨らみかけた胸と、産毛というには濃く長くなった柔らかい毛がちらほら見え始めた下腹部が晒された。

「玲那ちゃん! 毛が生え始めてる!?」

客の男が驚いたように声を上げると、彼女は涙を浮かべて俯いた。すると男は、洗面所から自分が使っているカミソリとシェービングクリームを持ち出し、

「ちゃんとキレイにしなきゃダメじゃないか!」

と強めの声を上げて玲那をベッドの上に仰向けにさせて足を広げさせ、シェービングクリームを幼い股間に塗りたくり、芽吹き始めた少女のヘアをきれいさっぱり剃ってしまったのだった。その上ですべすべになった柔肉をベロベロと舐めあげ、それでも十分に濡れてこないと見るやローションを垂らして指で中まで塗り込んで、そこに自らのモノを捻じ込んできた。

「痛っ…!」

男のそれが体の中に潜り込んでくると、玲那はやはり小さくそう声を上げた。ローションで十分にぬめらされているにも拘わらず痛みがあった。もしかするとそれは精神的なものだったのかもしれないが、彼女にとっては確かに痛みがあったのだ。反面、気持ち良さや快楽などはいまだにまるでない。ただただ痛くて不快なだけだ。

そんな風に生え始めたアンダーヘアを剃ってしまう客もいるかと思えば、再び生え始めたそれを愛おしそうに指に絡めて引っ張って、その度に嫌そうに顔を歪める玲那の表情を堪能する客もいた。中には、記念にと言って強引に引き抜いてティッシュに挟んで机の引き出しに仕舞いこむ者さえいた。そのどれもこれもが、彼女には嫌悪の対象でしかなかった。

なお、この頃には、玲那の常連客の一人だった来支間克光きしまかつあきからのリクエストは殆ど入ってこなくなっていた。成長の兆しが見られ始め、彼が好きだった玲那ではなくなりつつあったことにより、飽きられたのである。

それ自体は彼女にとっては喜ばしいことだっただろう。特に嫌な客の一人だった来支間克光きしまかつあきの呼び出しがかからなくなったのだから。この頃の彼の関心は、心音ここねへと移っていたらしい。年齢は玲那と同じだったのだが、見た目に玲那よりも幼かったのだ。しかも、行為に慣れ始めて平然と振る舞うようになってきていた姉の麻音まのんに比べて、この頃はまだ初々しい反応を見せていたというのもあった。

「ああ、いやだあ…」

大きく足を広げさせると恥ずかしそうに手で隠そうとする仕草もまたそそられる。人形のように無抵抗でただ涙を流すだけだった玲那の反応も悪くなかったが、弱々しい抵抗を見せる心音ここねの姿は克光かつあきの劣情を駆り立てた。彼はそこに、ある種の素質を見出した気がしていた。

『この子はひょっとしたらモノになるかもしれないな…』

タレントとしてウケるかウケないかは、本人の微妙な仕草をはじめとした滲み出る雰囲気に左右されることが多い。その点で言えば、心音ここねにはそれがあるように克光かつあきには感じ取れた。

「なあ、心音ここねちゃん。芸能人になる気はないかな?。君だったらけっこういい線行くように思うんだけどなあ」

向かい合って膝に抱えるようにして少女の肉を堪能していた克光かつあきがそんなことを言い出したが、当の心音ここねには届いていないようであった。

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