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伊藤玲那編
常連客
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その日、来支間敏文は酷く不機嫌だった。かと言って分かりやすく怒鳴り散らしたりものに当たったりする訳ではない。彼は周囲の人間には、真面目で正義感の強い、よく躾けられた行儀のよい子供だと思われていたからだった。
しかし、それは彼の表向きの姿でしかなかった。他人が見ている彼のその一面は、いわば仮面のようなものであったのだろう。さりとて、彼は実にそれをうまく使いこなしており、誰もその裏に秘めているものに気付くことはなかったのだった。
いや、気付こうとしていなかったと言った方がいいかもしれない。親類をはじめとした彼の周囲にいる人間は、表向きの顔さえそれなりに繕われていれば、その人間の裏の顔などとやかく言わない者達だったからだ。だから彼が、実の父親の双子の兄である来支間克光に対して不穏な感情を抱いていようとも誰も気にしなかったのである。
もっとも、それが少々外に漏れたところで責める者もいなかっただろうが。
と言うのも、彼の伯父の来支間克光という人間は、銀行や役所関係の仕事に就いている者が殆どの来支間家にあってはやや異端とされる人物で、ある意味では一族の鼻つまみ者だったという事情もあったからだ。
来支間克光は、表向きはタレント事務所を経営しているという形を取ってはいたが、それは殆ど実態のない幽霊会社であり、実際には克光の性癖を満たす為の隠れ蓑と言った方が良かっただろう。
あどけない少女を食い物にするという、下劣な性癖の。
芸能界やモデルの仕事を餌に少女を懐柔し、その体を貪るというのが克光の日常だった。
しかし、殆ど実態のないタレント事務所でよくそんなことができるものだと疑問に感じる向きもあろう。だがその辺りの点では克光は狡猾だった。彼は実際に活動の実績のある芸能事務所と繋がりがあり、少女を何度か貪って飽きてきたら<事務所移転>と称してそれらの芸能事務所に実際に紹介していたのである。
こうなると、彼に弄ばれた少女の方も、結果として芸能界やタレント活動の為のきちんとした足掛かりを得ることになり、何かおかしいと思いつつも口をつぐむしかなかったというのもあったのだった。しかも本当にタレントとしての才能を見抜く目があるのか、彼が手を付けた少女達は不思議とそれなりに売れたりすることが多かった。
某公共放送の子供向け番組で人気を博し、一躍アイドル的存在になった子役タレントもその一人だったりもした。
だが、克光は非常に欲深く我慢の利かない性分の人間でもあり、芸能活動を餌に取り込んだ少女だけでなく、手っ取り早く金で少女を買うこともあった。少女を芸能事務所に紹介した際に謝礼をもらい、その金で別の少女を買うのだ。ある意味ではスカウト的な実績を評価されて、その報酬という形でもあった。だから『芸能人にしてあげる』という、少女を口説くときに彼が使う定番の殺し文句は、あながち嘘でもないという面もあるだろう。
なんにせよ、そんな形で援助交際目当ての少女を買うことも彼の日常であった。そして最近の彼のお気に入りは、少女も派遣してくれる裏風俗で見付けた、十歳の少女であった。
その少女は<れいな>と呼ばれていて、とてもおとなしく、いつも怯えたような表情をしていて、ついついイジメたくなってしまうタイプだった。
もう、十回ではきかない回数、れいなは克光の部屋に呼ばれ、幼い体を弄ばれていた。
れいなにとっては、特に嫌な客の一人でもあった。自分を見る目が陰湿で、行為もしつこく、時に苦しいことを強いてきたリもするからである。ベッドの上で腰だけを高く掲げて足を広げさせられて、まるで杭打機のように腰を叩き付けてくることもあって、無理な体制で首を圧迫され、意識が遠のいたことも何度もあった。にも拘らず、金払いが良いので、れいなが所属している店側としては大事な上得意でもあった。
「れいなちゃ~ん、今日も可愛いねえ」
ねっとりと絡みつくような男の声に、少女の体は強張った。とは言え、ここで抵抗などすれば事務所兼待機室に戻ってから何をされるか分かったものではない。それを思えば、目の前のこの男に逆らわずに言いなりになるのが一番、苦痛が少なく済んだ。
れいなは、伊藤玲那は、もうすぐ十一歳になるところだった。既に一年近くこの仕事を続けて、いや、続けさせられて、体の方はすっかり慣れていた筈だった。それでも玲那にとってこの仕事は苦痛以外の何物でもなかった。フィクションであれば無理矢理であってもいずれは甘い感覚にあどけない少女でさえ蕩けさせられるという演出があるのだろうが、少なくとも玲那にとってはそんなものは欠片もなかった。ただただ不快で、苦痛で、ゴミのように捨ててしまいたい行為でしかなかった。
膣への挿入も痛みしかなく、体への愛撫もやはり生理的嫌悪感しかもたらさない。彼女の体は、こういうことについて適性がないとでも言えばいいのかもしれない。
それを今日も我慢して、心を閉ざして何も考えないようにすることで耐え凌いだ。演技などする余地もない。また、彼女を組み敷いてくる客たちは、いつまで経っても慣れずにぎこちない態度を取る彼女を重宝がった。
「いい、いいよ、れいなちゃん。いつ見ても初々しい反応だねえ!」
克光も、スレることのない彼女を愛おしいとさえ思っていた。ただ、アイドルという形でこの少女が活きるかと言われればそれはないと克光は思っていた。むしろこの少女は、華やかなところでは活きない。こうやって惨めたらしく男に組み敷かれて涙を流す姿こそこの少女の価値だと感じていたのである。もう少し年齢がいって、大人びてきてしまえばもう用はない。大人になった彼女は、見た目には美しくなったとしてもそこに多くの人間を引き付けるような<華やかさ>は滲み出てくることないだろうと、彼は見積もっていた。
『まあ、せいぜい、オタクが集まるサークルで姫扱いが関の山かな』
そういう風には見積もりながらも、本当の少女である今の彼女のことはすごく気に入っていたのだった。もちろんそれは、玲那にとってはおぞましいもの以外の何物でもなかったが。
そして弄り倒され、ぐったりとなった玲那を、やはり母親が叩き起こしてシャワーを浴びさせ、連れ帰ったのだった。
その、見知らぬ中年女に連れられた小学生くらいの女の子が伯父の家から出てくる光景を、克光の甥である来支間敏文は目撃してしまったのである。
元よりよからぬ噂のあった伯父の家から小学生の女の子が、いかにも子供のことなどペットか自分の付属物程度にしか思っていなさそうな母親らしき女に引きずられるように出てきてしまっては、それなりに頭の回転も悪くなかった敏文に、ロクでもない想像をさせることになったのも無理からぬことだった。
敏文は思った。
『あの男をそのままにしておいては、久美が不幸になる』
と。
久美とは、克光の娘であり、敏文にとっては従妹であると同時に実の妹のように可愛がっている六歳年下の少女である。この時、敏文は単純に妹のように思っていた少女の身を案じたからそう思っただけだった。
さりとて、まだ高校生でしかない自分に何ができるのかと言えば、何も思いつかず、それがまた彼を苛立たせた。早く大人になり、行政の重要な立場に就いて克光のような人間を監視し、久美を守りたいと思っていたのであった。
しかし、それは彼の表向きの姿でしかなかった。他人が見ている彼のその一面は、いわば仮面のようなものであったのだろう。さりとて、彼は実にそれをうまく使いこなしており、誰もその裏に秘めているものに気付くことはなかったのだった。
いや、気付こうとしていなかったと言った方がいいかもしれない。親類をはじめとした彼の周囲にいる人間は、表向きの顔さえそれなりに繕われていれば、その人間の裏の顔などとやかく言わない者達だったからだ。だから彼が、実の父親の双子の兄である来支間克光に対して不穏な感情を抱いていようとも誰も気にしなかったのである。
もっとも、それが少々外に漏れたところで責める者もいなかっただろうが。
と言うのも、彼の伯父の来支間克光という人間は、銀行や役所関係の仕事に就いている者が殆どの来支間家にあってはやや異端とされる人物で、ある意味では一族の鼻つまみ者だったという事情もあったからだ。
来支間克光は、表向きはタレント事務所を経営しているという形を取ってはいたが、それは殆ど実態のない幽霊会社であり、実際には克光の性癖を満たす為の隠れ蓑と言った方が良かっただろう。
あどけない少女を食い物にするという、下劣な性癖の。
芸能界やモデルの仕事を餌に少女を懐柔し、その体を貪るというのが克光の日常だった。
しかし、殆ど実態のないタレント事務所でよくそんなことができるものだと疑問に感じる向きもあろう。だがその辺りの点では克光は狡猾だった。彼は実際に活動の実績のある芸能事務所と繋がりがあり、少女を何度か貪って飽きてきたら<事務所移転>と称してそれらの芸能事務所に実際に紹介していたのである。
こうなると、彼に弄ばれた少女の方も、結果として芸能界やタレント活動の為のきちんとした足掛かりを得ることになり、何かおかしいと思いつつも口をつぐむしかなかったというのもあったのだった。しかも本当にタレントとしての才能を見抜く目があるのか、彼が手を付けた少女達は不思議とそれなりに売れたりすることが多かった。
某公共放送の子供向け番組で人気を博し、一躍アイドル的存在になった子役タレントもその一人だったりもした。
だが、克光は非常に欲深く我慢の利かない性分の人間でもあり、芸能活動を餌に取り込んだ少女だけでなく、手っ取り早く金で少女を買うこともあった。少女を芸能事務所に紹介した際に謝礼をもらい、その金で別の少女を買うのだ。ある意味ではスカウト的な実績を評価されて、その報酬という形でもあった。だから『芸能人にしてあげる』という、少女を口説くときに彼が使う定番の殺し文句は、あながち嘘でもないという面もあるだろう。
なんにせよ、そんな形で援助交際目当ての少女を買うことも彼の日常であった。そして最近の彼のお気に入りは、少女も派遣してくれる裏風俗で見付けた、十歳の少女であった。
その少女は<れいな>と呼ばれていて、とてもおとなしく、いつも怯えたような表情をしていて、ついついイジメたくなってしまうタイプだった。
もう、十回ではきかない回数、れいなは克光の部屋に呼ばれ、幼い体を弄ばれていた。
れいなにとっては、特に嫌な客の一人でもあった。自分を見る目が陰湿で、行為もしつこく、時に苦しいことを強いてきたリもするからである。ベッドの上で腰だけを高く掲げて足を広げさせられて、まるで杭打機のように腰を叩き付けてくることもあって、無理な体制で首を圧迫され、意識が遠のいたことも何度もあった。にも拘らず、金払いが良いので、れいなが所属している店側としては大事な上得意でもあった。
「れいなちゃ~ん、今日も可愛いねえ」
ねっとりと絡みつくような男の声に、少女の体は強張った。とは言え、ここで抵抗などすれば事務所兼待機室に戻ってから何をされるか分かったものではない。それを思えば、目の前のこの男に逆らわずに言いなりになるのが一番、苦痛が少なく済んだ。
れいなは、伊藤玲那は、もうすぐ十一歳になるところだった。既に一年近くこの仕事を続けて、いや、続けさせられて、体の方はすっかり慣れていた筈だった。それでも玲那にとってこの仕事は苦痛以外の何物でもなかった。フィクションであれば無理矢理であってもいずれは甘い感覚にあどけない少女でさえ蕩けさせられるという演出があるのだろうが、少なくとも玲那にとってはそんなものは欠片もなかった。ただただ不快で、苦痛で、ゴミのように捨ててしまいたい行為でしかなかった。
膣への挿入も痛みしかなく、体への愛撫もやはり生理的嫌悪感しかもたらさない。彼女の体は、こういうことについて適性がないとでも言えばいいのかもしれない。
それを今日も我慢して、心を閉ざして何も考えないようにすることで耐え凌いだ。演技などする余地もない。また、彼女を組み敷いてくる客たちは、いつまで経っても慣れずにぎこちない態度を取る彼女を重宝がった。
「いい、いいよ、れいなちゃん。いつ見ても初々しい反応だねえ!」
克光も、スレることのない彼女を愛おしいとさえ思っていた。ただ、アイドルという形でこの少女が活きるかと言われればそれはないと克光は思っていた。むしろこの少女は、華やかなところでは活きない。こうやって惨めたらしく男に組み敷かれて涙を流す姿こそこの少女の価値だと感じていたのである。もう少し年齢がいって、大人びてきてしまえばもう用はない。大人になった彼女は、見た目には美しくなったとしてもそこに多くの人間を引き付けるような<華やかさ>は滲み出てくることないだろうと、彼は見積もっていた。
『まあ、せいぜい、オタクが集まるサークルで姫扱いが関の山かな』
そういう風には見積もりながらも、本当の少女である今の彼女のことはすごく気に入っていたのだった。もちろんそれは、玲那にとってはおぞましいもの以外の何物でもなかったが。
そして弄り倒され、ぐったりとなった玲那を、やはり母親が叩き起こしてシャワーを浴びさせ、連れ帰ったのだった。
その、見知らぬ中年女に連れられた小学生くらいの女の子が伯父の家から出てくる光景を、克光の甥である来支間敏文は目撃してしまったのである。
元よりよからぬ噂のあった伯父の家から小学生の女の子が、いかにも子供のことなどペットか自分の付属物程度にしか思っていなさそうな母親らしき女に引きずられるように出てきてしまっては、それなりに頭の回転も悪くなかった敏文に、ロクでもない想像をさせることになったのも無理からぬことだった。
敏文は思った。
『あの男をそのままにしておいては、久美が不幸になる』
と。
久美とは、克光の娘であり、敏文にとっては従妹であると同時に実の妹のように可愛がっている六歳年下の少女である。この時、敏文は単純に妹のように思っていた少女の身を案じたからそう思っただけだった。
さりとて、まだ高校生でしかない自分に何ができるのかと言えば、何も思いつかず、それがまた彼を苛立たせた。早く大人になり、行政の重要な立場に就いて克光のような人間を監視し、久美を守りたいと思っていたのであった。
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