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伊藤玲那編
結成
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玲那が実の父親に十万円で売られていた頃、また別のところでは一人の少女が性の道具として大人の欲望を受け止めていた。
見たところ、玲那より一学年くらい上であろうかという程度の、やはり幼い少女だった。だがその様子は、玲那とはかなり違っているような印象も受ける。
決して楽しんだり喜んだりしているようには見えないものの。同時に玲那よりは落ち着いており、どこか手慣れた様子さえ見えた。
「陽菜ちゃん、良かったよ。また今度頼むね」
「まいどあり……」
受け答えも堂に入ったものだ。ささっとシャワーを浴びて身支度を整え、男と一緒にビジネスホテルを出る。さすがにラブホテルのようなところにはこの少女を連れては入れないということだったのだろう。ビジネスホテルなら、父娘のように堂々としていれば怪しまれることもないということかもしれない。
ホテルを出てすぐに男と別れた少女は、駐輪場に停めていた自転車にまたがり、夜の街を走り出した。
本当に堂々としていて、躊躇いやおどおどしたところが微塵もない。十分ほどそうして走ると、あるマンションの前で少女は自転車を降り、駐輪場へとそれを停めた。そしてそのままオートロックを開けてマンションに入っていく。彼女の自宅ということなのだろうか。
しかしある部屋の前に来るとインターホンを鳴らし、鍵を開けてもらって中へと入った。
「お帰り、仁美」
少女を出迎えたのも、やはり少女だった。ただし、こちらは中学生くらいだろうか。パーマのかかった髪を脱色しややスレたような印象もありながら、よく見れば顔立ちは幼かった。だが、男が<陽菜>と呼んだ少女のことを<仁美>と呼んだようだったが。
間違いではなかった。陽菜というのは男と会う時に使っている偽名だったのである。
「ただいま…」
仁美と呼ばれた少女は、短く答えて当たり前のように部屋に上がり、まずトイレへと入った。
「また中に出させたの? いくらまだだからってそろそろヤバいんじゃない?」
トイレの外から、中学生くらいの少女が声を掛ける。すると中から、
「金が要るから……」
と、やはり短く仁美が応えた。
「そりゃまあ、あんたは特にそうだろうけどさ」
「莉々には感謝してる。でも、これは私の問題……」
トイレでビデを使いながら、仁美は淡々とそう言った。
トイレの前で、莉々と呼ばれた中学生くらいの少女がやれやれと言いたげに首を振る。仁美が言いたいことは分かっている。余計な口出しは無用ということだ。さりとて、仮にとはいえ一緒に暮らしてるだけに、多少は情もあったのだった。口出しもしたくなるというものである。
だから莉々は仁美に言った。
「実はさ。私の客からうちで働かないかって誘われてるんだ。派遣の風俗だって。と言っても本番アリの裏だけどね。そうなると今までみたいに全部自分の金にはならないけど、客を紹介してもらえるし、しかも客とのトラブルとかも店の方で対処してくれるって。だから今までみたいにヤリ逃げされることも減るんじゃないかな」
「その話、詳しく聞かせて……」
トイレのドアが静かに開き、中から仁美が顔を出しながら言う。
リビングでテーブルについて、ソフトドリンクを飲みながら仁美は莉々の話を聞いた。基本的な内容としてはトイレで聞いたものと大差ない。これまでは自分で客を取っていたのが店から派遣される形で客と会い、受け取った金の三割を店に払う代わりに、客とトラブルになった時には店が間に入ってくれるし、客も会員制にして身元の確かな者にだけ派遣するので安全だということだ。
自分で相手を見付けていた時には何だかんだと金をちゃんと払ってもらえなかったり、暴力を振るわれそうになったり、写真を撮ってそれを脅しに使おうとしたりする奴もいて、五人に一人くらいの割合でトラブルになっていたのだった。一度は、拉致されそうになったことさえある。その時は、相手の家族がたまたま自分のことを見付けて逃がしてくれて難を逃れた。逃がす際、『このことはお互いになかったことにして』と念を押されたが。
雇われてそういうトラブルを回避できるのであれば、悪い話ではないと思った。そして仁美は莉々に、
「分かった。その話、私も乗る……」
と応えていた。
それからは、とんとん拍子だった。形だけの面接も行い、地味なマンションの二室を用いて作られた事務所兼待機室は住み込みも可能ということで、仁美はそこに住むことになった。彼女は、家出中だったのだ。両親が不在気味の莉々の家に転がり込んでいただけで、いずれは金を貯めて自分で部屋を借りて住むつもりだったのである。その為に早く金を貯めたかったのだった。
仕事は、楽なものだった。自分で相手を探す必要がなくなって、派遣の依頼が入れば指定の場所まで自動車で送ってもらえて黙って客の言いなりになっていればいいのだから。しかも、会員制と言われていただけに客も身なりの良い割と丁寧な者が多く、無茶をされることはなかった。まあ、要望として、ランドセルを背負わされたり、ブルマーを穿かされたり、スクール水着を着させられた上でいささか変態チックなシチュエーションプレイを要求されたり、『お兄ちゃん』とか『先生』とか呼ばされたりということは往々にしてあったものの、それさえ我慢すれば概ね面倒なこともなかった。金も毎回ちゃんと支払ってもらえた。
なお、仁美はここでも<陽菜>と名乗って小学五年生として<活動>していた。陽菜は、三人いた小学生チームでは二番目に人気だった。三番目だった<莉愛>という少女は、小学生にしては背が高く胸もやけに大きく、一見しただけでは中学生にも見えるのがネックになっていたらしい。しかも、少々態度も悪かった。呼ばれても「あ?」と不遜な態度だし、とにかく可愛げがないのだ。だが一定のファンはいるらしく、莉愛の客はほぼ固定客だったようだ。
そして、小学生チームの一番人気は、<玲那>と呼ばれる、チームでも一番幼い少女だった。胸までのサラサラの髪に強く抱けば折れそうなほどの華奢な体。いつもおどおどとして上目遣いで、大人しくていかにも言いなりになってくれそうな、なるほどこれは幼い少女を求める人間から人気を集めるのは当然というタイプであった。
しかし玲那は、いつも暗い顔をしていた。予約が入った日は待機室の方に来て呼ばれるのを待っていたが、顔色は青褪めて泣いていることもよくあった。
「何だこいつ。いっつもいっつもめそめそしてよ。ウザいんだよ」
莉愛はわざと聞こえるようにそう独り言を漏らし、玲那を怯えさせた。だが、陽菜はそこまでのことはしなかった。
「大丈夫…? ジュース、飲む…?」
そんな風に声を掛けてソフトドリンクを差し出したりもした。
最初は怯えていた玲那も、陽菜がそういう風に接しているうちに懐いてきたのか、自分から彼女の隣に座るようにもなった。そんな玲那の頭を、陽菜は優しく撫でたりもした。
だからか、
「玲那、行くよ」
と事務所から声を掛けられればその顔はさらに血の気を失い、涙を滲ませて助けを求めるように陽菜を見ることもあった。
だが、陽菜も、助けるような立場ではない。ただの職場の同僚にすぎないし、助けを求められても困る。そんな時は決まって、目を逸らして黙るだけなのだった。一度、腕を掴まれて強引に部屋から連れ出されようとしていた際に玲那が、
「ひーちゃん……」
と、やっと絞り出したような小さな声で呼んだ時にはさすがに思わず視線を向けてしまったりもしたが、結局はただ黙って見送るしかできなかったのであった。
見たところ、玲那より一学年くらい上であろうかという程度の、やはり幼い少女だった。だがその様子は、玲那とはかなり違っているような印象も受ける。
決して楽しんだり喜んだりしているようには見えないものの。同時に玲那よりは落ち着いており、どこか手慣れた様子さえ見えた。
「陽菜ちゃん、良かったよ。また今度頼むね」
「まいどあり……」
受け答えも堂に入ったものだ。ささっとシャワーを浴びて身支度を整え、男と一緒にビジネスホテルを出る。さすがにラブホテルのようなところにはこの少女を連れては入れないということだったのだろう。ビジネスホテルなら、父娘のように堂々としていれば怪しまれることもないということかもしれない。
ホテルを出てすぐに男と別れた少女は、駐輪場に停めていた自転車にまたがり、夜の街を走り出した。
本当に堂々としていて、躊躇いやおどおどしたところが微塵もない。十分ほどそうして走ると、あるマンションの前で少女は自転車を降り、駐輪場へとそれを停めた。そしてそのままオートロックを開けてマンションに入っていく。彼女の自宅ということなのだろうか。
しかしある部屋の前に来るとインターホンを鳴らし、鍵を開けてもらって中へと入った。
「お帰り、仁美」
少女を出迎えたのも、やはり少女だった。ただし、こちらは中学生くらいだろうか。パーマのかかった髪を脱色しややスレたような印象もありながら、よく見れば顔立ちは幼かった。だが、男が<陽菜>と呼んだ少女のことを<仁美>と呼んだようだったが。
間違いではなかった。陽菜というのは男と会う時に使っている偽名だったのである。
「ただいま…」
仁美と呼ばれた少女は、短く答えて当たり前のように部屋に上がり、まずトイレへと入った。
「また中に出させたの? いくらまだだからってそろそろヤバいんじゃない?」
トイレの外から、中学生くらいの少女が声を掛ける。すると中から、
「金が要るから……」
と、やはり短く仁美が応えた。
「そりゃまあ、あんたは特にそうだろうけどさ」
「莉々には感謝してる。でも、これは私の問題……」
トイレでビデを使いながら、仁美は淡々とそう言った。
トイレの前で、莉々と呼ばれた中学生くらいの少女がやれやれと言いたげに首を振る。仁美が言いたいことは分かっている。余計な口出しは無用ということだ。さりとて、仮にとはいえ一緒に暮らしてるだけに、多少は情もあったのだった。口出しもしたくなるというものである。
だから莉々は仁美に言った。
「実はさ。私の客からうちで働かないかって誘われてるんだ。派遣の風俗だって。と言っても本番アリの裏だけどね。そうなると今までみたいに全部自分の金にはならないけど、客を紹介してもらえるし、しかも客とのトラブルとかも店の方で対処してくれるって。だから今までみたいにヤリ逃げされることも減るんじゃないかな」
「その話、詳しく聞かせて……」
トイレのドアが静かに開き、中から仁美が顔を出しながら言う。
リビングでテーブルについて、ソフトドリンクを飲みながら仁美は莉々の話を聞いた。基本的な内容としてはトイレで聞いたものと大差ない。これまでは自分で客を取っていたのが店から派遣される形で客と会い、受け取った金の三割を店に払う代わりに、客とトラブルになった時には店が間に入ってくれるし、客も会員制にして身元の確かな者にだけ派遣するので安全だということだ。
自分で相手を見付けていた時には何だかんだと金をちゃんと払ってもらえなかったり、暴力を振るわれそうになったり、写真を撮ってそれを脅しに使おうとしたりする奴もいて、五人に一人くらいの割合でトラブルになっていたのだった。一度は、拉致されそうになったことさえある。その時は、相手の家族がたまたま自分のことを見付けて逃がしてくれて難を逃れた。逃がす際、『このことはお互いになかったことにして』と念を押されたが。
雇われてそういうトラブルを回避できるのであれば、悪い話ではないと思った。そして仁美は莉々に、
「分かった。その話、私も乗る……」
と応えていた。
それからは、とんとん拍子だった。形だけの面接も行い、地味なマンションの二室を用いて作られた事務所兼待機室は住み込みも可能ということで、仁美はそこに住むことになった。彼女は、家出中だったのだ。両親が不在気味の莉々の家に転がり込んでいただけで、いずれは金を貯めて自分で部屋を借りて住むつもりだったのである。その為に早く金を貯めたかったのだった。
仕事は、楽なものだった。自分で相手を探す必要がなくなって、派遣の依頼が入れば指定の場所まで自動車で送ってもらえて黙って客の言いなりになっていればいいのだから。しかも、会員制と言われていただけに客も身なりの良い割と丁寧な者が多く、無茶をされることはなかった。まあ、要望として、ランドセルを背負わされたり、ブルマーを穿かされたり、スクール水着を着させられた上でいささか変態チックなシチュエーションプレイを要求されたり、『お兄ちゃん』とか『先生』とか呼ばされたりということは往々にしてあったものの、それさえ我慢すれば概ね面倒なこともなかった。金も毎回ちゃんと支払ってもらえた。
なお、仁美はここでも<陽菜>と名乗って小学五年生として<活動>していた。陽菜は、三人いた小学生チームでは二番目に人気だった。三番目だった<莉愛>という少女は、小学生にしては背が高く胸もやけに大きく、一見しただけでは中学生にも見えるのがネックになっていたらしい。しかも、少々態度も悪かった。呼ばれても「あ?」と不遜な態度だし、とにかく可愛げがないのだ。だが一定のファンはいるらしく、莉愛の客はほぼ固定客だったようだ。
そして、小学生チームの一番人気は、<玲那>と呼ばれる、チームでも一番幼い少女だった。胸までのサラサラの髪に強く抱けば折れそうなほどの華奢な体。いつもおどおどとして上目遣いで、大人しくていかにも言いなりになってくれそうな、なるほどこれは幼い少女を求める人間から人気を集めるのは当然というタイプであった。
しかし玲那は、いつも暗い顔をしていた。予約が入った日は待機室の方に来て呼ばれるのを待っていたが、顔色は青褪めて泣いていることもよくあった。
「何だこいつ。いっつもいっつもめそめそしてよ。ウザいんだよ」
莉愛はわざと聞こえるようにそう独り言を漏らし、玲那を怯えさせた。だが、陽菜はそこまでのことはしなかった。
「大丈夫…? ジュース、飲む…?」
そんな風に声を掛けてソフトドリンクを差し出したりもした。
最初は怯えていた玲那も、陽菜がそういう風に接しているうちに懐いてきたのか、自分から彼女の隣に座るようにもなった。そんな玲那の頭を、陽菜は優しく撫でたりもした。
だからか、
「玲那、行くよ」
と事務所から声を掛けられればその顔はさらに血の気を失い、涙を滲ませて助けを求めるように陽菜を見ることもあった。
だが、陽菜も、助けるような立場ではない。ただの職場の同僚にすぎないし、助けを求められても困る。そんな時は決まって、目を逸らして黙るだけなのだった。一度、腕を掴まれて強引に部屋から連れ出されようとしていた際に玲那が、
「ひーちゃん……」
と、やっと絞り出したような小さな声で呼んだ時にはさすがに思わず視線を向けてしまったりもしたが、結局はただ黙って見送るしかできなかったのであった。
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