254 / 398
日常の章
お前は上客だからな
しおりを挟む
それから数日後。また代書屋のエリクが村にやってきた。そこで俺はさっそく、銅貨数枚を渡しながら、
「<タート>って、綴りは<тато>でいいんだよな?」
と尋ねた。たった単語一つでも、エリクにとっては大事な商売道具だ。ただで寄越してもらおうとするのは道理に反する。
「ああ。そうだ。でもついでに言うと、ちゃんと大人が使うには、ここからちょっと西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>だな。まあ、この辺の村々で使う分にはだいたい<тато>でいけると思う。ただ、ちょっとした町に行けば、『ガキ臭い』『田舎臭い』って言われるかもしれねえ。だから、西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>と覚えておけばいい」
だと。
「随分と気前がいいじゃないか」
そうだ。俺は<тато>のことを聞きたかっただけだから銅貨数枚だけ払ったのにな。するとエリクは、
「お前は上客だからな。おまけだよ、おまけ」
『にひひ』って感じで笑った。
『まったく、物好きな奴だ』
とは思ったが、悪い気はしない。そこで俺は、
「じゃあまた、銀貨三百で絵本を見繕ってくれ。もちろん、<頭巾ちゃんとキ〇ガイ伯爵>以外でな」
と注文する。
「まいどあり。そしたらまた次までに何とか用意できるようにするぜ」
そう言ってくれた。ま、<上客>って言うよりは、はっきり言って<いいカモ>なんだろうが、カモならカモでもっとふっかけりゃいいものを律儀に<おまけ>なんかしてくれるあたり、こいつも<お人よし>の類なんだろうなとは思う。
でも、悪い気はしない。こうやってお互いにいい気持ちになれてるんなら、ちゃんと商売として成り立ってるじゃねえか。
<友達>って言える奴はあんまりいないが、エリクは友達って言ってもいい気はするな。もっとも、気を許し過ぎるとロクなことにならないってのは、この辺じゃ常識だが。
こうしてまた絵本を注文して、金の用意だけはしておく。
ちゃんと届くかどうかは<時の運>だな。代書屋は金を持ったまま移動することが多いから、盗賊や強盗にも狙われやすいらしいしな。
だから護衛を雇うこともある。そのためにも結局、金は要る。金を守るために金が要るっていう皮肉な話だ。
でもまあ、金と一緒に命まで取られるってこともあるから、それに比べりゃってこともあるんだろう。
ただし、『護衛と盗賊がグル』、なんてシャレになんねえ話もあるからその辺をどう考えるってのも大事かもな。自分の命ってもんをどう捉えるかって意味で。
「<タート>って、綴りは<тато>でいいんだよな?」
と尋ねた。たった単語一つでも、エリクにとっては大事な商売道具だ。ただで寄越してもらおうとするのは道理に反する。
「ああ。そうだ。でもついでに言うと、ちゃんと大人が使うには、ここからちょっと西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>だな。まあ、この辺の村々で使う分にはだいたい<тато>でいけると思う。ただ、ちょっとした町に行けば、『ガキ臭い』『田舎臭い』って言われるかもしれねえ。だから、西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>と覚えておけばいい」
だと。
「随分と気前がいいじゃないか」
そうだ。俺は<тато>のことを聞きたかっただけだから銅貨数枚だけ払ったのにな。するとエリクは、
「お前は上客だからな。おまけだよ、おまけ」
『にひひ』って感じで笑った。
『まったく、物好きな奴だ』
とは思ったが、悪い気はしない。そこで俺は、
「じゃあまた、銀貨三百で絵本を見繕ってくれ。もちろん、<頭巾ちゃんとキ〇ガイ伯爵>以外でな」
と注文する。
「まいどあり。そしたらまた次までに何とか用意できるようにするぜ」
そう言ってくれた。ま、<上客>って言うよりは、はっきり言って<いいカモ>なんだろうが、カモならカモでもっとふっかけりゃいいものを律儀に<おまけ>なんかしてくれるあたり、こいつも<お人よし>の類なんだろうなとは思う。
でも、悪い気はしない。こうやってお互いにいい気持ちになれてるんなら、ちゃんと商売として成り立ってるじゃねえか。
<友達>って言える奴はあんまりいないが、エリクは友達って言ってもいい気はするな。もっとも、気を許し過ぎるとロクなことにならないってのは、この辺じゃ常識だが。
こうしてまた絵本を注文して、金の用意だけはしておく。
ちゃんと届くかどうかは<時の運>だな。代書屋は金を持ったまま移動することが多いから、盗賊や強盗にも狙われやすいらしいしな。
だから護衛を雇うこともある。そのためにも結局、金は要る。金を守るために金が要るっていう皮肉な話だ。
でもまあ、金と一緒に命まで取られるってこともあるから、それに比べりゃってこともあるんだろう。
ただし、『護衛と盗賊がグル』、なんてシャレになんねえ話もあるからその辺をどう考えるってのも大事かもな。自分の命ってもんをどう捉えるかって意味で。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった
竹桜
ファンタジー
林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。
死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。
貧乏男爵四男に。
転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。
そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる