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レイラ
王家の人間が負うべき責務
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従来の大型弩砲を新型のそれに作り替える作業を途轍もない速度で行いつつ、レイラは思い出していた。
それは、屋敷での出来事だ。
レイラのために外套を作っていたシェイナとパティリエカが、些細なことで言い合いになってしまったことがあった。もっとも、賎民であるシェイナが王族であるパティリエカに意見できるわけではないので、彼女が何気なく口にしたことにパティリエカが噛み付いただけとも言えるが。
「シェイナ、あなたも随分と腕を上げましたわね。成長著しいとはこのことかしら」
彼女の運針を見て素直な感想を述べたパティリエカに、
「いえ、私なんてまだまだです……」
謙遜のつもりでそう応えると、
「シェイナ……あなたはそうやってすぐ自らを卑下するけれど、私はあなたのような者にお世辞を言うつもりはありませんわ。私がここで口にすることはすべて私の本心からのものです」
明らかに不愉快そうな表情になり、言葉にも鋭さが増した。それに対してシェイナが、
「卑下だなんて……私は賎しい身で、こうしてパティリエカ様の前にいられることが本当なら有り得ないことで……本来、デモニューマの盾になるような者ですから……」
と口走ってしまった。瞬間、パティリエカの顔がかあっと赤くなる。
「私は……そうです! あなたのおっしゃる通り、国民を守るためなら、あなたのことも見捨てます! それが私達、王家の人間が負うべき責務です!」
パティリエカは、真っ直ぐにシェイナを睨み付けながら、きっぱりとそう言った。それは、彼女の覚悟を示すものだった。
当然だ。彼女はこの<ベル・ルデニオーラ>の王族なのだから。その王族の自分と同じくレイラの傍にいるにも拘らずシェイナはなおも卑屈な態度をとる。実際に外套を仕立てる腕も確実に上がってきている。自分はそれを認めたからこそ『腕を上げましたわね』と事実を述べた。それなのにだ。せっかくの気遣いを蔑ろにするかのような態度が許せなかった。
けれどそんなパティリエカに、いかに彼女が腕を認めようとも、事実、賎民でしかないシェイナでは、慣れ合うことはできない。それは当然のことなのだ。
また、この時そばにいたニューティも、そして警護役のブルーディスも、ましてや部外者でしかない静香も、口出しできる立場にない。加えて静香の場合、言葉も十分に聞き取れないが何か緊迫した事態だと察するだけで精一杯だった。
すると、レイラが、パティリエカの前に膝をつき、頭を下げて、
「パティリエカ様のおっしゃることは、王家に連なる方であれば至極当然のことと私も理解しております。国を束ねる者としては、時に厳しい選択を迫られることもあるでしょう。その際には果断に沙汰を下さなければならない場合もあると思われます。
私は、パティリエカ様が背負うことになる責任の重さ大きさに想いを馳せればこそ、こうして頭を下げる他に敬意を払う術を知りません。
どうぞパティリエカ様は、決断をお示しください。そして私にお命じください。『国を守れ』と。さすれば私は、パティリエカ様のご決断が間違いではなかったことを証明してみせます」
レイラのその姿に、パティリエカはハッとなった。そうだ。自分はこうしてレイラにさえ頭を下げさせることができる立場なのだ。にも拘らず一緒に過ごすことでそれが曖昧になっていたのかもしれない。
シェイナが卑屈なのではない。逆に自分が必要以上に遜ってしまっているのだと。自らが勝手に遜っておきながら身の程をわきまえようとしている相手が自分に合わせようとしないと憤ってしまっていたのだと。
そのことに気付かされ、パティリエカはいたたまれなさに視線を逸らしてしまう。そんな彼女の姿に、
『本当なら、年上であるシェイナをむしろ敬うくらいが適切なのでしょう。けれど、<身分>というものがそう振る舞うことを許さない。残念な事実ではありますが、それがここの社会制度であるなら、その規範に外れた振る舞いはどちらにとっても不幸の素なのでしょうね……』
そう再確認させられたということがあったのだった。
それは、屋敷での出来事だ。
レイラのために外套を作っていたシェイナとパティリエカが、些細なことで言い合いになってしまったことがあった。もっとも、賎民であるシェイナが王族であるパティリエカに意見できるわけではないので、彼女が何気なく口にしたことにパティリエカが噛み付いただけとも言えるが。
「シェイナ、あなたも随分と腕を上げましたわね。成長著しいとはこのことかしら」
彼女の運針を見て素直な感想を述べたパティリエカに、
「いえ、私なんてまだまだです……」
謙遜のつもりでそう応えると、
「シェイナ……あなたはそうやってすぐ自らを卑下するけれど、私はあなたのような者にお世辞を言うつもりはありませんわ。私がここで口にすることはすべて私の本心からのものです」
明らかに不愉快そうな表情になり、言葉にも鋭さが増した。それに対してシェイナが、
「卑下だなんて……私は賎しい身で、こうしてパティリエカ様の前にいられることが本当なら有り得ないことで……本来、デモニューマの盾になるような者ですから……」
と口走ってしまった。瞬間、パティリエカの顔がかあっと赤くなる。
「私は……そうです! あなたのおっしゃる通り、国民を守るためなら、あなたのことも見捨てます! それが私達、王家の人間が負うべき責務です!」
パティリエカは、真っ直ぐにシェイナを睨み付けながら、きっぱりとそう言った。それは、彼女の覚悟を示すものだった。
当然だ。彼女はこの<ベル・ルデニオーラ>の王族なのだから。その王族の自分と同じくレイラの傍にいるにも拘らずシェイナはなおも卑屈な態度をとる。実際に外套を仕立てる腕も確実に上がってきている。自分はそれを認めたからこそ『腕を上げましたわね』と事実を述べた。それなのにだ。せっかくの気遣いを蔑ろにするかのような態度が許せなかった。
けれどそんなパティリエカに、いかに彼女が腕を認めようとも、事実、賎民でしかないシェイナでは、慣れ合うことはできない。それは当然のことなのだ。
また、この時そばにいたニューティも、そして警護役のブルーディスも、ましてや部外者でしかない静香も、口出しできる立場にない。加えて静香の場合、言葉も十分に聞き取れないが何か緊迫した事態だと察するだけで精一杯だった。
すると、レイラが、パティリエカの前に膝をつき、頭を下げて、
「パティリエカ様のおっしゃることは、王家に連なる方であれば至極当然のことと私も理解しております。国を束ねる者としては、時に厳しい選択を迫られることもあるでしょう。その際には果断に沙汰を下さなければならない場合もあると思われます。
私は、パティリエカ様が背負うことになる責任の重さ大きさに想いを馳せればこそ、こうして頭を下げる他に敬意を払う術を知りません。
どうぞパティリエカ様は、決断をお示しください。そして私にお命じください。『国を守れ』と。さすれば私は、パティリエカ様のご決断が間違いではなかったことを証明してみせます」
レイラのその姿に、パティリエカはハッとなった。そうだ。自分はこうしてレイラにさえ頭を下げさせることができる立場なのだ。にも拘らず一緒に過ごすことでそれが曖昧になっていたのかもしれない。
シェイナが卑屈なのではない。逆に自分が必要以上に遜ってしまっているのだと。自らが勝手に遜っておきながら身の程をわきまえようとしている相手が自分に合わせようとしないと憤ってしまっていたのだと。
そのことに気付かされ、パティリエカはいたたまれなさに視線を逸らしてしまう。そんな彼女の姿に、
『本当なら、年上であるシェイナをむしろ敬うくらいが適切なのでしょう。けれど、<身分>というものがそう振る舞うことを許さない。残念な事実ではありますが、それがここの社会制度であるなら、その規範に外れた振る舞いはどちらにとっても不幸の素なのでしょうね……』
そう再確認させられたということがあったのだった。
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