獣人のよろずやさん

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
363 / 404
第四部

その根性とやらで俺に勝ってみせろや

しおりを挟む
伍長も言います。

「は? <根性論>だ? そんなもんが役に立つなら、その根性とやらで俺に勝ってみせろや。腕相撲でも何でも構わねえ。真っ向体力勝負で根性が俺の身体能力を上回れるってんならやって見せろ。

根性論なんてもんはな、きちんと筋の通ったトレーニングをした上で、フィジカルに大きな差がない時に勝負を決める要素の一つでしかねえんだよ。まあ、ごくたまに相手の気迫に呑まれた奴が力を発揮できずに負けることもあるかもしれねえが、ショーとしちゃそっちの方が盛り上がるかもしれねえが、現実は甘くねえんっての。

久利生くりうが俺に勝てるのは、あいつの技量と戦術があってのことだ。根性で勝ってるわけじゃねえ」

そうです。少佐は、訓練としての組手の際に何度も伍長に勝っています。他の誰も伍長には勝てないのに、私も一度として勝てたことはないのに、少佐だけが伍長に勝つこともある。もちろん、伍長が勝つことの方が多いですけど、<技量>だけなら少佐の方が圧倒的に上なので、<戦術>が上手くハマれば勝てることもあるんです。

確かにその技量や戦術を支えているのは少佐の強固な精神力であり、それを<根性>と称するならなるほど根性も大事なんでしょうけど、でも、それは結局、少佐の技量と戦術があってのものだというのも事実のはずなんです。

だから根性は、土台となる身体能力や技能や戦術があってこそのもの。根性だけを前面に押し出しても勝てるようにはならないんです。そもそも根性では弾丸を跳ね返せないですしね。もちろんフィジカルでも弾丸は跳ね返せないのは事実でも、そこは戦術などでそもそも相手に銃を使わせない、狙いを付けさせないという形で対処するだけで、決して根性じゃないんです。

ごくまれに途轍もない奇跡染みた事象を引き起こしてみせる人物がいたりもしますけど、それも結局はフィジカルがあってのことなんです。そこに気力や気迫や不屈の精神力と呼ばれるものが加わってこそのもの。そもそもそんなのは例外的なそれですから、普遍的なものとして使えるわけないじゃないですか。

特に軍人に望まれるのは、確実に自身に与えられた役目をこなす能力なんです。決して<奇跡を起こす異能>ではありません。そんなものを計算に入れて作戦が立てられますか。絶望的な状況から生還する時には役に立つかもしれないですけど、大前提としてそのような状況にならないように作戦を立てて訓練を行って万全な準備を整えた上で実行するんです。最初から奇跡を期待して戦場に望むのはただの愚か者です。

ゆえに震電を育てる上でも必要なのは、実際に効果のある対応、工夫、知恵なんです。

伍長はちゃんとそれを理解しています。

なにより野生の動物は実にクレバーですしね。

しおりを挟む

処理中です...