獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第四部

仲間を信頼していくまでの展開

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『伍長が私に対して辛辣なのは本当は認めてくれてたからだったのだと私が知らなかったから伍長を信頼できていなかった』

こんな話、フィクションでは、

<仲間を信頼していくまでの展開>

としてはなるほどありふれてるでしょうけど、現実でそんなことをやってたら、時間と手間を無駄に浪費するだけですよね? 精神衛生上も好ましくない。しかも、結果として上手く誤解が解けて信頼関係が築ければいいですけど、上手くいかずに拗れたらそれこそ何をやってるのか分からないじゃないですか。

だから伍長も、実は自分のやり方を正しいとは本心では思ってないそうです。

「俺ぁこんな奴だってだけだ。それが自分に返ってくるなら仕方ねえ」

と考えてるだけ。その割にはずいぶんな言い方もしますけどね!

ただ、人を傷付けていいと思っていないことだけは確かです。そういう意味では本当に不器用な人でしょう。そして不器用でありながら、真剣に物事を考えてもいる。震電のことだってただの思い付きじゃない。

数日でハイハイを始めた震電は、まるで自分の手を触角のように使い、周囲の状況を確認しながらゆっくりと移動しました。元々そういう習性であったかのように、誰に教わるでもなく。

考えてみれば、人間以外の生き物は、人間ほどの知能がなくても普通に生きていますよね? それぞれの能力に応じた生き方をしていますよね? だから視力がない、光くらいしか認識できない震電が自身の能力に応じた振る舞いをするのは当たり前のことだったはずなんです。

「おう、震電。お前はそれでいい。そうやって自分にできることを探っていけばいいんだ」

伍長がそう声を掛けると、

「キャハハ♡」

彼の方を向いて彼女は嬉しそうに手をバタバタとさせて笑いました。ちゃんと褒められていることをもう察しているかのように。

「こいつが家から出たいならそうすればいいけどな、でも俺は、無理に他の奴らと同じようにさせようとは思ってねえ。こいつはこいつのやり方で生きていけばいいんだ。他の奴らと同じようにできなきゃ価値がねえわけじゃねえんだよ。もしそういうことなら、俺と同じことができねえ奴らには価値がねえのか? 握力六百キロの俺とよ。そうじゃねえだろ? 俺と同じことができねえ奴にだって価値はあんだろ? だったらこいつはこいつにできることをやっていけばいい。家から出なくたってやれることはある。当たり前じゃねえか」

伍長の言うことは全くその通りだと思いました。

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