獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第三部

有用な概念

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誇りプライド>というものは、時に厄介事を招き寄せる邪魔者であったりもしますが、猪人ししじんの、

『正々堂々と戦うことこそが命よりも大事』

というそれは、

『弱い相手に対して暴力を向けない』

という形では非常に高い効果をもたらしてくれますので、様々な種族と一緒に暮らす上ではすごく有用な概念なのかもしれません。地球人の場合、力を持つ者は何故か、

『弱い者を力でねじ伏せ支配していい』

などという発想に至りがちですが、少なくとも今の時点では猪人ししじん達の間にはそういう発想がないんです。力の強い者を尊敬はするものの、猪人ししじんの間では力の弱い者は雄雌関係なくあまり好まれない傾向にあるものの、それはあくまで猪人ししじん同士の相対的な強さの話でしかなく、他の獣人達との間ではまったく関係ないんです。

加えて、<弱い猪人ししじん>だっていつまでも弱いままではなく、経験を積むことで自身を鍛え、最強格までは至らなくても仲間の足を引っ張るようなことはなくなるんです。

となれば、何もわざわざその価値観を地球人の感覚で歪めてしまう必要もないですよね。それに猪人ししじんは、生まれた時から地球人とは比べ物にならないくらいに頑健で、かつ、<仲間>をすごく大事にする一面もあるので、子供も集落全体で育てるんです。親がもし亡くなっても、変わることなく大切に育ててもらえる。

むしろ地球人が見倣うべき点が多い気もします。

『正々堂々とは、自分より確実に弱い相手に対して尊大に横柄に振る舞うことではない』

という点などは特に。

子供に対する接し方も、乱暴で雑なように見えて、理不尽ではない。虐げてはいない。それが、他の獣人達への接し方にも、当てはまっている。

かつては鼠人そじん兎人とじんを捕食していた歴史もあるらしいですけど、今ではまったくそんな目で見ない。

<話が通じる、しかも自分達よりもずっと弱い者>

という認識なんです。

それが、『正々堂々とは、自分より確実に弱い相手に対して尊大に横柄に振る舞うことではない』という価値観とも相まって、いい具合になってるんです。

となれば、こういう風に猪人ししじん同士で力比べをしている程度のことは、きっと見守るだけで済ませるべきことなんでしょう。

……なんでしょう……

私がそれを理解できないというのは、あくまで私の感覚でしかない。私個人の<理解できないという感覚>こそが正しいというわけじゃない。この世界は私を基準に存在しているわけじゃない。だから、様々な価値観と折り合うためには、<我慢しなければならない部分>も出てくるんです。

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