獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第三部

美味しいものを食べると

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「オイシイ!」

「うん、美味しいね♡」

ボゼルスが作った<トイラの蒸し焼き>は本当に美味しかった。以前に彼が作ったものを私達もよろずやで再現。商品化に向けて鋭意努力中です。ただ、ボゼルスのようには、完璧なタイミングが計れない。彼は、地球人が失ってしまった鋭い感覚を備えているのか、美味しくなるトイラを嗅ぎ分け、かつ、トイラが最も美味しくなる焼き上がりのタイミングを確実に捉えることができるらしくて。

単純に焼き時間や焼き加減ではない、それぞれのトイラの微妙な差異が、美味しくなるタイミングを少しずつ変えてしまっているんでしょうね。ボゼルスはその変化を感じ取れるけど、彼以外の者は、たとえレギラでさえ掴み切れないようです。だからレギラは敢えて別の料理を作ることでボゼルスに対抗してる。

私達も、常に一定の味を確保することができなくて、商品化には踏み切れていません。<石焼き芋>のように、熱した石の上でそのまま保存することもできなくて。焼き過ぎると水分と共に旨味も飛んでしまうと推測しています。かと言って焼きが足りないと旨味が十分に出ない。

それを的確に見極めるのですから、まさに<職人の職人たるゆえん>ということでしょうか。ボゼルスをよろずやで雇えればとも思いますけど、彼は今、レギラと共に、山羊人やぎじんの集落でおさのお付きの料理人を務めているから、無理なんです。

つまり、頻繁に山羊人やぎじんの集落に顔を出して<折衝という名の宴>に参加している少佐は、たびたびこの絶品料理を味わっているということですね。羨ましい。

まあそれはさておき、美味しいものを食べるとそれだけで幸福感を味わえます。すごく大事なことだと思います。とは言え、美味しいものを食べるだけで幸せが続くわけじゃありません。辛いこと悲しいことが身の回りにあったら、美味しいものを食べて幸福感を得ても、それは痛み止めを飲んで一時的に痛みを抑えているようなものでしかなく、根本的な解決にはならないんです。一時的でも辛いこと悲しいことを和らげることは大事ですけど、根本的な対処を忘れてはいけない。

ボゼルスの<トイラの蒸し焼き>を堪能した後、レギラの<温野菜の盛り合わせ>をいただき、これまた絶品で、

「ア~ッ♡」

「んん~っ♡」

ラレアトも私も、何ともな声が漏れてしまいました。

そんな私達を、レギラとボゼルスが穏やかな表情で見守ってくれていました。私とラレアトが沈んだ様子だったことで、自分達の特技を活かして励まそうとしてくれたんでしょう。

素晴らしいことです。

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