獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第三部

私達自身の<益>

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一般的なフィクションでは、ここで彼女が奮起して夜勤を完遂してみせる。というのが望まれる展開かもしれません。でも、それはあくまでそういう趣旨で描かれるフィクションの中だけの話。いつでもどこでもそんな都合よくことは動かないんです。

結局、メイミィは一度も、朝まで起きていることができませんでした。

「うーっ! うーっ!」

十日間の試用期間を終え、十一日目の朝を迎え、彼女は悔しそうに自分の頭を何度も拳で叩いていました。不甲斐ない自分が許せないんでしょう。

けれど、この世は、努力や根性や気合だけで何とかなることばかりじゃないんです。どれほど頑張ってもできないことはできない。努力は尊いけれど、決して万能じゃない。その現実を受け止められない者は、おそらく、何者にもなれないでしょう。自分の努力が届かないことを何かの所為にして自分を慰めるか、逆に自身の能力のなさに絶望し自暴自棄になるか。

そのどちらも、自分や周りの人間を不幸にするだけでしょうね。

だから、少佐の決定は、

「メイミィの熱意はしっかりと伝わった。けれど、君には夜勤は勤まらないのは厳然たる事実。だから私達としては、君に、昼間の店番をお願いしたいと思う」

というものでした。当然の判断です。

「でも、それじゃ……!」

自分が日勤をするということはクレアが代わりに夜勤に入ることだと理解している彼女は、不服そうでした。自分の所為でクレアに迷惑を掛けてしまう。

そんな彼女に、少佐は言います。

「クレアに迷惑が掛かると思っているのなら、それは違うよ。彼女は元々、どちらに入っても良かったんだ。そして僕達は、君によろずやを手伝ってもらいたいと思った。君は、夜勤は確かに果たせなかったかもしれないが、能力自体は十分だし、何より熱意もある。『夜勤ができない』というだけで君を手放すというのは、僕達にとっても損失なんだよ。これは、クレアも賛成してくれている。誰も、この決定に異を唱えていないんだ」

「う……ううーっ……!」

少佐に諭され、メイミィは自分の耳を掴んで顔を隠し、蹲ってしまいました。

彼女にとっては納得のいかない結果かもしれない。彼女としては夜勤を完遂して胸を張ってよろずやの一員として迎え入れられたかったのかもしれない。

だけど、この世というものは何でも自分の思い通りになるわけじゃないんです。その一方で、彼女の力は私達にとっても有益なものです。だとすれば、それを活かせる方法で彼女を迎え入れるのは、私達自身の<益>になるんです。

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