獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

猫と触れ合っている時には

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また、父は父で、典型的な、

『家のことは女がするものだ』

という考えの人間でした。これといって<名家>というわけでもない家柄でしたが、二千年前は地球の<貴族>だったというのが父の密かな自慢で、ゆえにその<伝統>を守っていかなければならない的な考え方をしていたそうです。

とは言え、二千年も遡ればそれこそほとんどの人間が何らかの<名家>と繋がりが出てきてしまうと言われてましたから、実質的には妄想の類だったんでしょうね。

でも、父にとってはそれが心の支えだったそうで。

その一方で、本人は猫には目がなく、母も猫は好きで、二人とも、猫と触れ合っている時にはとても穏やかな表情をしていました。そして優しかった。

だから私の<猫好き>は、『ただ猫が可愛いから好き』というのではなく、

<家庭円満の象徴>

だったんです。

本当に、猫と戯れている時だけが幸せだったと言ってもいいくらいに。

つくづく、子供にそんな風に思わせる親というのは、人としてどうなんでしょうね。

幼い頃の私は、少しでも両親に優しくなってほしくて両親の前で猫と戯れて気を引こうとしていたように思います。母が陰口を延々と私に吹き込んでいたことで父のことは尊敬なんてしてませんでしたが、それでも家庭が壊れるのは子供心に望んでなかった。それで、こうして猫と戯れていればきっと父と母が仲良くしてくれると思っていた。

それが功を奏したのかどうかは分かりませんけど、一応、私がチーム・コーネリアスに参加して惑星探査の任務に出た時点ではまだ夫婦としての体裁は保っていましたね。

私自身は、両親の顔色を窺うことばかりに腐心していたからか、引っ込み思案で積極的に前に出られないタイプになってしまって、看護師として社会に出てもそれは直らなくて、だから思い切って軍に志願して自分を鍛え直そうと決意した時も惑星探査隊に志願した時も揃って両親は反対していましたが、実はそれも自分達の体裁のためだというのは私も知っていました。

『こういう時は親は心配して反対するもの』

というポーズだったんです。

私が、両親の本音を知りたくてわざと実家に置いてきた携帯端末に、

「まったく…! 手間ばかり掛けさせやがって。誰に似たんだ」

「育ててやった恩も忘れて……結局、ロボットが一番確実ってことかしらね。あ~、手続き始めなきゃ」

と、忌々しげに呟く父や母の独り言がしっかり捉えられていました。

期待はしてなかったですけど、正直、ショックでしたね。

ちなみに母が口にした<手続き>は、離婚手続きでしょう。別の日には、

「ビアンカも自立しましたから。私達もそろそろ別の人生を選びましょう」

って、父に話しかけていましたし。

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