獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

自分の味方として洗脳しようと

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人間の子供はどうやって言葉を覚えますか? 今では<幼児教育>も盛んではありますが。そのような概念さえなかった頃でも、子供は成長と共に言葉を話すようになるますよね? それはなぜですか? 結局、親をはじめとした周囲の人間達が言葉を使うのに触れることで学習するのではないですか?

では、その際に学習するのは、<言葉>だけでしょうか?

自分以外の人間との接し方も、同時に学ぶんじゃないですか?

これも、もうすでに児童心理学などの分野では分かっていることだそうです。なにしろ、各家庭に導入されたメイトギアなどのロボットが、間近で、人間のように先入観を抱くことなく、客観的に、そして無数の事例を継続的に詳細に観察してきたことで蓄積されたデータなんです。

『人間の子供は、言葉と同時に、他人との接し方も、親をはじめとした周囲の人間達から学び取る』

ことが分かっているんです。

そして親は、えてして、他人には見せない姿を自分の子供の前では見せてしまう。他人にはいかにも<人格者>のように振る舞っていながらも、自分の子供の前では<暴君>のように振る舞うことがある。

これが結局、

『人格者と周囲からは思われている両親の子供が問題行動を起こすことがある』

という事例の一番の原因であることも判明しています。

『子は親の鏡』の言葉の通り、子は親の<素顔>を見て育つ。<社会的な外見>ではない、素の部分をです。

人間は誰しも、他人の前では<仮面>を被っていることが多い。けれど、自分の家族、特に<我が子>の前ではついその仮面が外れてしまうことがある。子供は、それをよく見ているそうです。

当然と言えば当然でしょうね。自身についての<生殺与奪の権>を握っている存在なんですから、嫌でも注視することになるわけで。

私の両親も<外面そとづら>と<内面>とがかなり乖離している人達でした。決して<悪人>ではなかったはずですが、とにかく二面性が酷かった。他人がいるところではいかにも<いい人>そうに笑顔を振りまいていましたけど、家族しかいないところでは悪態の限りを尽くすといった感じで。

つまり、陰口悪口が酷い人だったんです。特に母が。

母は、他人の前では<良妻賢母>を演じつつ、周りに私しかいなかったりすると豹変し、父に対する悪口雑言を並べ立てていました。

なので幼い頃から私は、父のことをまったく尊敬していなかったんです。何しろ母が父のダメな部分を延々と私に語って聞かせたりするんですから、それでどうやって<父のいいところ>を知れるでしょう。

父は父で、私のことは母に任せきりでしたから。私は父がどういう人間かを、母を通じてしか知ることができなかったんです。

それをいいことに、母は、私を、『自分の味方として洗脳しようとしていた』節がありましたね。

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