獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

今のままでいてほしい

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ここには、元々、<科学技術を基にした便利な道具>などはありません。自動車も飛行機も、銃さえない。

ナイフすら、砂鉄を溶かして得た鉄を石で研いで<ナイフのようなもの>にしてあるに過ぎないんです。<焼入れ>すら満足にできない有様。私達が軍で使っていたものはおろか、家庭用の<カッターナイフ>にさえ劣るものでしかないのが現実。

私達はそれでも<軍人>でありサバイバル技術も心得ていることで、

『ないものをねだっても問題は解決しない』

のも承知していますからまだ抑えることができるとしても、便利な生活に慣れてしまった人には辛いでしょうね。何しろ<清潔な水洗トイレ>さえない。

そう言えば、<文明や科学技術を否定した者達のコミュニティ>でさえ、トイレは、

<浄化槽式水洗トイレ>

だったりするところが多いとか。

<不便>は我慢できても、<不潔>は我慢できないということでしょうか。

そういう人達では、

『動物の皮で作った袋に溜めた排泄物を、交代で担いで運搬し、例の<透明で不定形な謎の存在>に処分させる』

なんてこともとてもできないかもしれませんね。

もちろん、中にはそこまでできる人もいるでしょう。しかし、全員が全員、できるわけじゃない。できる人だけでコミュニティを作ろうとすれば、そうじゃない人を排除しなければいけない。コミュニティの参加者を募集する段階であれば条件を設けて餞別することもできるでしょう。ですが、コミュニティが形成されてから新たに生まれてくる者達が、全員、同じ考えを何世代にも亘って持ち続けることができないのは、無数の先例が照明している。

それを、洗脳、あるいはそれこそ<殺処分>という形で対処するような社会のどこが、

<人間らしい社会>

なんですか? おかしいですよね?

それを肯定するのなら、

<自分の都合の悪い存在は抹殺する醜悪さこそが人間らしさ>

ということになってしまわないですか?

私としてはそんな風には思いたくないんですが。

けれど、ここの獣人達にとっては<今の状態>こそが当たり前なんです。だからあまり多くを望まない。

いずれ彼らも<便利で快適な生活>というものを手に入れるかもしれない。彼らに対して、

『今のままでいてほしい』

と願うのは<無責任なエゴ>でしょう。彼ら自身が自ら便利さ快適さを求めて技術を高めていくのを止める権利は私にはないし、他の誰にもない。

その上でなお、彼らの幸せを願いたい。

どうすることが彼らの幸せに繋がるのかを、私も考えたいんです。

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