獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

私の方が救われて

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『この世界に生きるみなが幸せになれる社会であってほしい』

それがいかに困難な願いであるかを、私は知っています。

地球人の社会でも誰もがそれを願いつつも、現実にはテロなども今なおなくなっていない。

思い出します。まだ、十五歳にもならない少年が爆弾を体に括りつけ、自動小銃を乱射しながら私に向かって猛然と走ってきた光景を。

それを制圧するために、私達の部隊が随伴させていたメイトギアが少年に向けて動いた瞬間に爆発。少年の体が爆発四散するのを、私の目は捉えていました。

いえ、実際には人間の感覚では捉えられるはずのない一瞬のことだったので、それはおそらく、私の脳が勝手にそう解釈してしまっただけだというのも分かっているんです。でも、私の脳にはその光景が焼きついてしまっているのも事実。その<テロリストの少年>だって、幸せになるために、自分の大切な誰かを幸せにするために、それを行ったんでしょう。

だけど、その結果、誰も幸せにはならなかった。

なにしろ少年が幸せを願ったであろう唯一の肉親であった<妹>もまたテロリストとなり、数年後、自爆したのですから。

そんな情報が、まるでゴシップ記事のように、毎日、私達には届いてくる。

どうしてですか? なぜ、こんなことになるんですか?

私が死なせたテロリスト達もそんな死に方をするために生まれてきたわけではなかったはずです。

なのにどうして……

私は軍人です。そういう<死>を前にしても、冷静さを失わないように心構えは作ってきています。

だから、そんなことで心が壊れてしまったりはしない……

しないけれど、でも、平気なわけないです……

少佐がいらっしゃらなかったら、私は、正気を保っていられた自信がない。

その上、<透明な体>を持ってこんな世界に生れ落ちるとか、何の冗談ですか……?

だからこそ。だからこそなんです。たとえそんな意味不明でとんでもない状況にあっても、私達は自分を見失いたくない。幸せになるための努力を諦めたくない。そこで諦めてしまったら、投げ出してしまったら、私達はそれこそ何のために生まれてきたのか、生きているのか、分からなくなってしまう……

そんなのは嫌です。あのテロリストの少年のように、自分の体に爆弾を括りつけて爆散するような最後を迎えたくない。

そのためにも、今のこの命を楽しまなければ。今の地球人よりももっとずっと死と隣り合わせに生きている獣人達が、この、<ゴヘノヘ御輿の建造>を楽しんでいるように。

結局、そうなんですよね。彼らの濃密な生き様に私の方が救われているんです。

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