獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

任務を外されたりしたことも

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この事件は、まさに、

『命は、命でのみ贖われる』

という考え方の根本的な欠陥をまざまざと突き付けているのでしょう。

アンドロイドを乗っ取って復讐を実行した加害者の親族を自殺に追い込んだ人達の中には、普段から、『命は、命でのみ贖われる』的な発言をしていた者が多数いたそうです。

なのに、自分は、人を一人、死に追いやっておきながら、自身の命で贖おうとはしなかったそうです。誰一人として。

一方、<アンドロイドを乗っ取って復讐を実行した加害者>の方も、実際に<ネットリンチ>に参加した人物じゃない人が巻き込まれても、

『正義の執行のためには必要な犠牲だ!!』

と言い張り、反省しようともしなかった。

この事件が起こった当時はまだ死刑制度が残っていたために、<アンドロイドを乗っ取って復讐を実行した加害者>に死刑判決が出るかどうかが注目されましたが、被害者の多くが<ネットリンチの加害者>だったということもあり、世論は荒れに荒れたそうです。

『<ネットリンチ>で先に加害者の親族を殺した奴らが悪い! これは正当な復讐だ!』

『<ネットリンチ>くらいで殺されるとかおかしい! 加害者が百パーセント悪い!!』

『ネットで叩かれる原因を作るのが悪い!! 加害者の動機はただの逆恨みだ!!』

『どっちもクズなんだからどっちも死刑でいいだろ』

『三千人も死刑にするのか!? どうやって!?』

『加害者も<ネットリンチ参加者>も、まとめてロケットに詰めて宇宙で自爆させろよ。そうすりゃ手っ取り早い』

等々。

冷静で客観的な意見はほぼなく、ただただ罵り合うだけの、<意見>とも言えない<暴言><暴論>が渦巻くだけだったと。

しかも、センセーショナルな事件だけに、加害者の<弁護団>も、<無罪請負人>や<人権派弁護士>と呼ばれる錚々たるメンバーが揃い、検察側と徹底的に戦う姿勢を見せたこともあり、結果として死刑判決は出たものの、裁判のやり直しを何度も申請したりという手法でなおも争って、結果、死刑が執行されるまでに十年の年月を要したそうです。

正直、私自身は、死刑制度の是非そのものについては、私自身が軍人であり、命令とあらば、相手が死ぬと分かっていても、相手がたとえ子供であっても、躊躇なく引き金を引く立場だからこそ、語りたくないというのが正直なところです。

被害者や遺族が、

『加害者を殺してやりたい!!』

と願うのは当然のことだと思いますし、私自身、軍に入ってまだ日が浅かった頃、悲惨なテロ現場を見てテロリストへの憤りを抑えられなくなり、任務を外されたりしたこともありました。殺意の下に引き金を引けば、それは重大な軍規違反になりますので。

感情だけで見るなら死刑制度は必要な気はします。でも、今回語ったような事例が示す通り、感情だけで論じれば、収拾がつかなくなるというのも事実なのでしょう。

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