獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第二部

もはやそれ自体が<利敵行為>

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などと、ルンガが新しく戦士のリーダーになれたのはいいのですが、私にとっては少佐の体調の方が心配です。

「どうぞ休んでいてください…!」

私の言葉に、少佐も、

「ああ、そうさせてもらうよ」

と素直に応じてくれました。ここで、

『このくらい大丈夫だ!』

などと言って自身の<強さ>をアピールする人もいるらしいですが、私はそういうのは<強い>と言うとは思いません。ただの<蛮勇>や<過信>だとしか思わないのです。

その点、少佐は、『休める時は休む』を徹底していますので、無理はしません。なぜなら、彼自身が、

<責任ある立場>

だからです。その彼が範を示さなくてどうして信頼が得られますか? そして、無理をして肝心な時に万全でいられなかったとしたら、それで十全な働きができなかったら、もはやそれ自体が<利敵行為>ではありませんか?

ゆえに彼は、迅速に体調の回復を図るのです。

<無理>をするとしても、それは今ではありません。命が掛かっている時、命を賭けなければいけない時にこそするべきなんです。

それに比べて、伍長は、

「んっだ! ゴラァ!!」

森の中から届く声。ああ、また、ブオゴと勝負しているんですね。

「ユキ…!」

伍長の怒声を耳にしたクレアが不安げに名前を口にします。

まったく……! 彼女を心配させてどうすんですか…!

そう憤りながらも、

「大丈夫だよ。ユキは怒ってるんじゃないから」

クレアを諭します。知能や精神年齢は十歳くらいと見られている彼女は、暴力に対しては子供のように怯えるんです。

そんな彼女を不安にさせるとか、言語道断です。

とは言え、伍長がいまさら態度を改めるはずもなく、やむなく私達がクレアの心のケアをすることに。

そっと抱き締めて、頭を撫でて。

すると彼女も私に縋りついてきて甘えます。

これは、本来なら伍長がやるべきことなんですよ? クレアは伍長を好きなんですから。

それも、子供が親に向ける親愛の情じゃなくて、あくまで異性に対するものです。

地球人としてみれば十歳程度というのは、到底、<男女の関係>というものを当てはめることはできませんが、いわば<猿人>と言える形質を得た彼女の場合は、もうすでにこれで<成体おとな>と言えるでしょう。肉体的にはもちろん、精神的にも。

実際、他の獣人達と比べても知能も精神も<成体の標準>に十分達しています。

それでも、地球人の感覚からすれば<幼い>といって差し支えないのも事実ですから、必要なケアは、子供に対するそれと同じです。

不安が大きくなると情緒不安定になることもあります。

だからケアを疎かにはできないんです。

加えて彼女には、<同族>もいません。あくまで私達の<家族>ですから。

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