獣人のよろずやさん

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
121 / 404
第二部

見ていて安心できますね

しおりを挟む
「それでは僕と一緒に店番しようか」

申し訳なさそうに佇むフロイに、少佐はどこまでも鷹揚でした。横柄に振る舞うことも、必要以上に気遣って下手したてに出ることもありません。ただただ必要なことを必要なとおりにこなすだけです。

それは、相手を萎縮させないように穏やかな態度で接することも含まれます。

なにしろ相手は、<敵前逃亡>したことを悔やみ恥じ入っている者。高圧的に出ればなるほど意のままに操れるかもしれませんが、それで得られるのは指導側の自己満足のみです。操られた側には精神的な苦痛のみが募り、安定を失うことが多いのですから、後々それがトラブルの原因となることがあるのも自明の理というものです。

実際、そういうトラブルは枚挙に暇もなかったはずです。指導側の個人的な自己満足のために問題の種を蒔くことは社会的損失そのものではないですか。

余計なトラブルの対応に時間や人員を割かれるのは愚かしいことです。しかも、その原因を自ら作るなど。

ゆえに少佐は、淡々とフロイに必要なことを伝えるだけ。見ていて安心できますね。

フロイの方も、丁寧に説明してもらえるので、精神的に落ち着いているのが分かります。

見ていて、必ずしも物覚えがいい印象があるわけではないものの、本質的に真面目であることは伝わってきます。

そう。真面目であることと恐怖を制御できることとは必ずしも一致しないのです、

敵前逃亡したからと言って、彼に『価値がない』わけではありません。

<適材適所>

それが大事ということでしょう。

<ゴヘノヘ戦>に向けて人員を集めた時も、彼は足が速く飛ぶことも上手いということで推薦されただけで、自ら進んで名乗り出たわけではなかったそうです。

『ゴヘノヘを撃退する』

という、種族を挙げての悲願のためならと、引き受けざるを得ない空気が醸成されていたようですね。

彼には実に申し訳ないことをしてしまいました。

となればなおのこと、彼に責任を押し付けるのは筋違いのはず。

もし彼が、こちらが下手に出ると付け上がるようなタイプであったとしても、こちらに責任のないようなことまで強要してくるようであれば、今度は逆に、梟人きょうじん達との関係を良好に保つ努力もしていますから、それがまた活きてきます。

彼は<敵前逃亡>したことで村での自分への風当たりも気にしていたのでしょう。であれば、村との関係が良好で信頼も勝ち得ている私達には強く出られないでしょうから。

結局、普段からの地道な積み重ねが、こういう時に効いてくるんでしょうね。

しおりを挟む

処理中です...