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結びの章

感動的な家族の和解

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「フィクションでなら、ここら辺りで<感動的な家族の和解>って話に行くところんだろうけどね……」

仕事復帰を明日に控えて、恵莉花えりか秋生あきおを連れて挨拶に訪れたさくらと一緒にテレビの画面を見詰めていたアオが悲し気に呟いた。

その画面には、アオの兄の勤める会社が、パワハラを理由に複数の元従業員から刑事告発されたことを告げるニュースが流れていた。これは実質的にはアオの兄が訴えられたのと同義だろう。

しかも、従業員を恫喝する音声データまで公開されて。

「ほんっとうに頭ついてんのかお前!? お前のその頭ん中にはゾウリムシでもつまってんのか!? あ!? お前に比べたらミドリムシの方が役に立つんじゃないのか!? ええ!?」

などと、聞くに堪えない罵詈雑言の数々がレコーダーから流される。

それは確かに兄の声だった。アオ自身、これほどではなかったが、

「お前は犬よりも馬鹿だな。お前なんかに個室は要らないだろ。庭に犬小屋でも建ててそこに住んどけよ」

程度のことは日常的に言われてきた。声を荒げて罵っている分、当時よりもさらに悪化しているとさえ思った。

実はそれは、アオの父親が勤め先でしていたこととほとんど変わらないものだった。本当にそっくりな父子だったのだ。

恵莉花と秋生が生まれて、さあ皆で明るい未来を作っていこうという矢先のそれに、アオの目に涙がにじむ。

「本当に面目ない……とんでもない復帰祝いになってしまったな……」

アオがさくらに向けて頭を下げる。その腕には、恵莉花が抱かれていた。

「何を言ってるんですか、先生。それは先生のせいじゃないでしょう?」

さくらは柔らかく微笑んでくれる。本当にそれに救われる思いだった。

おそらくこうして訴えられたところで反省もしないし、訴えた側を、

『自分の権利ばかり主張するクズ』

と罵っているであろうことは分かり過ぎるくらい分かるので、おそらくこれで何かが大きく変わることもないし、きっとパワハラをやめるのではなく、どうすればより表に出にくくなるかという方向にのみ知恵を絞るであろうことは容易に想像できた。

『それがあなたの求める<幸せ>なんですか? 兄さん……』

本人がそれでいいと言うのならたとえ肉親であっても口出しするようなことじゃないだろうし、そもそも言ったところで逆に、

『負け犬の遠吠えだな』

と嘲られるのは分かっている。いくら収入の面で負けてなくても、兄や両親にとっては<小説家>という仕事は、

『何の価値もない卑しい職業だ』

という認識だった。

『そうやって、一生、他人を見下して嘲って生きていくの……?』

自分が得た幸せとはあまりに違うそれに、アオは涙が込み上げてくるのだった。

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