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結びの章

望むところだよ

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「僕達吸血鬼は、ダンピールに恨まれても仕方ないと思ってる。僕達の祖先は、ううん、実はたくさんの人間の命を奪った吸血鬼の一部は今も生きていて、かつてそれだけのことをしてきたんだから。

だけど人間の場合、吸血鬼やダンピールと血みどろの戦いを繰り広げたり、実際に迫害していた者達は、今はもう誰も生きていない。今、生きている人達のほとんどはかつての因縁とは関係ないんだ。だから、かつての憎しみを今の人間達に向けるのは違うと僕は思ってる。

そしてエンディミオンは、さくらのおかげでその恨みの連鎖を断つことができる可能性を得た。僕はそれを確かなものにしたいと思うんだ……」

ミハエルのその言葉は、アオにとっても大きな望みだった。それまではただの想像の中だけの存在だと思っていた吸血鬼の存在を知り、それが人間との共生を望んでいると知って、アオ自身の願いにもなった。困難な願いであっても、努力する価値はあると思った。

今のエンディミオンの姿を見ればなおさらだ。

だから彼には、かつての自分を否定してもらわなくちゃいけない。憎しみに囚われて命を命とも思わなかった彼自身を。

自分が信じてきたことを、自分の根幹をなしていたものを否定するのがどれだけ大変か、人間を見ているだけでも分かる。他人に批判されるだけで、自分の価値観や考え方を否定されるだけで人間がどれだけ反発するか、ネットを見ているだけでも分かる。猛烈に反発する人間の多さを見ているだけでもそれがどれだけ困難なことか分かってしまう。

だけどエンディミオンはそれを受け入れてくれた。

さくらや子供達のために。

だとすれば、彼が失ってしまうものを、これまで彼が自身の根幹としてきたものに代わるものを、彼の新しい根幹となるものを、提供しなければと思わずにはいられない。

それこそが、さくらやその子供達との時間だと思う。

それを守るために、アオもできる限りのことをしたい。

憎しみは消えなくても、恨みはなくならなくても、だからといって新しい<想い>を抱くことができないわけじゃない。憎しみや恨みのその上に、新しい想いを重ねていくこともできるはずだ。

「さくらや子供達を守ることが、人間にとっても大きな<益>になると私も思う。エンディミオンを止めることができるのは、さくらと子供達だけだ。

でもそのさくらと子供達を守るのは、私にもできるはずなんだ。

ミハエル、そのために力を貸して」

真っ直ぐに彼を見詰めながらそう言うアオに、ミハエルも満面の笑みで、

「望むところだよ」

と応えたのだった。

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