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命の章

待機

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「はい、それでは子宮口が全開するまでこちらで待機していただきます」

看護師にそう言われ、さくらは分娩室の隣にある待機室でその時を待つことになった。この時点で陣痛の間隔は十分を切り、結果としてエンディミオンの判断はおおむね間違ってはなかったと言える。

「ねえ、見た? あの産婦さんのご家族の男の子…!」

「見た見た。愛想はよくないけどすっごい美形だよね」

「でも、お兄さんの方も弟君の方も、産婦さんとは実の家族じゃないよね、あれ」

「ワケアリってことなんだろうねえ。弟君の方なんてアジア系の血も入ってるかもだけど間違いなく白人だもん」

待機室から少し離れたところの看護師詰所で看護師達がそんな話をしていることに憮然としながら、エンディミオンはさくらに付き添っていた。その横では、あきらが心配そうにそわそわしている。

気配を消した状態で付き添ってもよかったけれど、事態が事態なだけにうっかり消し忘れることもあり得るので、それならばいっそと姿を晒していたのである。

さすがに看護師だといろいろな人を間近で見るからか、エンディミオンが人間離れした美しさを持っていても比較的冷静なようだ。まあ、ミハエルのような穏やかで柔らかい物腰と違い険しい表情をしているのも、近寄りがたいオーラになっているのだろう。なのでその点ではホッとしていた。

一方、洸の方は、高校生ぐらいの外見ながら実年齢は一歳ということもあり、辛そうなさくらの様子に落ち着いてはいられない。

「さくら、だいじょうぶ…? だいじょうぶ…?」

何度もそう訊くのを、

「心配要らん。人間の場合はこれが普通だ」

エンディミオンがそう言ってなだめる。

その様子に、さくらは脂汗を流しながらも微笑んでいた。本当にエンディミオンがこうやって他者を気遣ってくれるなんて。出逢ったばかりの頃では想像もできなかった。それが、さくらだけでなく洸のことも気遣ってくれている。

心強い。

とは言え、陣痛の辛さは厳しかった。

「お姉さんが痛がっている時は背中をさすってあげてくださいね」

看護師からそう言われた洸が背中を撫でてくれるもののどうにも微妙にポイントを外していてついイラッとしてしまい、

「ありがとう、でも大丈夫。そっとしておいてくれたらいいから」

そんな言い方ではあったものの、断ってしまったくらいだ。

それでも、実際に傍で付き添えた二人は良かったのかもしれない。自宅で連絡を待つだけのアオに至っては、気になってまったく仕事が手につかなかった。

また、さくらの代理で担当についた人物は、仕事はできるのかもしれないが冷淡で必要なことしか言わずどうにも仕事に対するモチベーションが上がらない。

『さくら……』

さくらのことを思い浮かべながら、悶々とするしかできなかったのだった。

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