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はぐくみの章

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さくらはただ、戦争を賛美しないというだけで、それ以外に取れる方法がなくなってしまったのであれば<戦う>という手段を選択すること自体は<最後の切り札>としてアリだとは思っていた。

けれど、それを回避する努力を怠っておいて『戦うしかない』というのが嫌なだけなのだ。口先ばかり勇ましいことを言って、自分では何の責任も負わない人間は信頼も尊敬もできないと思っているだけだった。

ましてや、戦争に負けたら負けたで言い訳ばかり並べて責任逃れしようとするのが現にいる以上、そんな無責任な人間の口車に乗って戦ったり自分の家族を戦わせたりするのは真っ平御免と思っているだけだ。

他人に『戦え』と言うのなら負ければ自分も腹を切るぐらいの覚悟も見せないような人間の命令など聞きたくもない。

それだけの話である。

そして、今、エンディミオンには、人間を殺さないといけない理由も、吸血鬼を殺さなければいけない理由も、ない。

彼自身には吸血鬼に対する憎しみはあるとしても、それは、彼を苦しめることになった吸血鬼との問題であって、ミハエルを見ていても分かる通り、今の多くの吸血鬼は彼を苦しめることになった吸血鬼とは違う。<吸血鬼>を一括りにして憎まなければいけない理由はないはずだ。

実際、エンディミオン自身が抑えられているのだから、その状態をこれからも維持することを心掛けたいだけだった。

加えて、あきらも、人間と敵対しなければいけない理由がない。

何十年も昔にも、エリカと秋生が人間のために戦争に参加する決心をするほどに、もう上手くやれていたのだから。

それで今、上手くやれない理由もない。

要は、洸の方から人間に対して攻撃的にならなければいいだけだ。だからその必要が無いように、自分が洸の気持ちを受け止めてあげたい。

たとえ人間との間で何か嫌なことがあったとしても、そんなのは無責任な他人のしたことなんだから気にしなくていいと、悔しかったから自分の胸で泣いたらいいし、苛々してるならそれが収まるまで抱き締めてあげると思った。

もし、自分がこの世に送り出した自らの子供に対してそれだけの努力も惜しんだことで子供が他人に対して攻撃的な人間になってしまったのを子供自身の所為にしている親がいるなら、それはとても残念なことだと思った。

「洸…何があっても私は洸の味方だから……あなたがこの世に生まれてきてくれたことを、他の誰が否定しても私は肯定するから……

愛してる。洸……」

そう言ってさくらは、洸を抱き締めた。すると洸も、

「ママ~、ぎゅーっ♡」

と言って抱き締めてくれた。

そしてこれは、エンディミオンに対してのものでもあった。素直に抱き締められてくれない彼への、さくらなりの意思表示なのだった。

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