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家憑き童子の章

挨拶

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防空壕のような地下室のようなそこにあったのが人形だったことで、強い<恨みの念>がないと実感できたのをミハエルは安心したのだ。アオに悪い影響が出ないだろうと確認できて。

同時に、かつてここにあった家の住人の<想い>も察せられる。

この人形のモデルとなったであろうウェアウルフの少女をとても愛していたのだろう。

少女の姿を、本人の髪を使って人形という形で残そうとするなど、そういう意味では偏執的な印象がないとは言えないものの、しかしその種の<念>も感じ取れなかった。

さくらとあきらが待つマンションへと帰ると、カメラに収めてきた地下室の様子を、パソコンの画面に表示させながら、

「とまあ、こんな感じだ。ミハエルの見解では、これはかつてそこにあった家に住んでいたウェアウルフの女の子の姿を再現した<立体的な遺影>ということだろうなって話だな」

と説明する。

それにさくらもホッとした様子で言った。

「遺体とかがあることも覚悟してましたけど、なくて正直ホッとしました。でもやっぱりウェアウルフが住んでたんですね」

すると、さくらの胸に抱かれてた洸が、人形が映し出されたパソコンの画面に手を伸ばし、

「あきゃ、きゃはっ。きゃっ、きゃっ♡」

と笑った。

「やっぱり、何か悪いものじゃないんですね」

嬉しそうな洸の様子に、さくらもアオも安堵を浮かべた。

「なんにせよ、これで安心して工事を進められるということだな。問題は、この部屋と人形をどうするかということだが……」



そうして数ヶ月が経ち、新しい家が完成した。

引っ越し作業も終わり、さくらとエンディミオンと、そして見た目にはすでに五歳くらいの幼児になっていた洸が自分達の家に腰を落ち着ける。

とは言え、荷物の多くはまだ封も解かれていないので、これからが大変なのだが。

「取り敢えず私の思うように作ってもらったが、実際に住んでみてここはこうした方がいいとか思うことがあったらそれは好きにしてもらって構わない。改修だろうと改装だろうとな」

アオはそう言っていたが、その辺りはこれからだろう。

その前に……

「じゃあ、挨拶に行こうか」

一息ついてからそう言って改めて席を立ったさくらに、

「ああ」

とエンディミオンが応え、

「うん!」

と洸もはっきりとした口調で返事をして、後に続く。

そしてさくらが廊下に出てその突き当りのドアを開けると、そこには階下へと延びる階段があった。

三人は躊躇うことなく階段を下りる。

「こんにちは、改めてご挨拶に来ました」

穏やかに笑みを浮かべたさくらの視線の先には、椅子に座ったあの少女人形の姿があったのだった。

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